第2話「《アリオト》の病室」

 どんな時でも、眠って目覚めるまでは一瞬だ。


 普段眠る時、夢を見ていても、夢の内容に関する記憶は徐々に薄れていき、見ていたはずの夢……物語でさえ一瞬の出来事となってしまう。


 激痛の中意識が薄れていった後、俺は確かに、他界したはずの父の声を聞いた気がした。

 それとは別に、俺を刺した男の言葉もちゃんと聞いていたはずだが、男の言葉も父の言葉も何も思い出せない。


 ただただ、自分の目から涙が溢れたことだけを認識することができ、俺はゆっくりと瞼を開けた。



「ん……?」



 明るい光の眩しさは感じるのに、天井が見えない。……というより、大きな白い膨らみ、山が2つ見えた。

 俺は無意識に、その白き2つの山へ手を伸ばす。


 が、俺の手が届くよりも速く、2つの山は俺の視点から外れ、代わりに美人な女性の顔が映った。



「あっ! お目覚めですか?」


「…………」



 山に触れることが出来なかったことを悔やみつつ、俺はゆったり上体を起こそうと力を入れた。

 体が石のように重い、とはまさにこのことか。起き上がることがいつになく苦に感じたが、どうにか起き上がることが叶った。


 起き上がった時、すぐ目に入った看護師さんを俺はまじまじと見つめた。


 茶髪の髪を後ろにまとめていて清潔感があり、ナイスバディでよく似合っているナース服の姿は、清らかなほどよいエロさを醸し出している。



「っと、ここは……?」



 俺はどうにか煩悩を頭から追い出して質問すると、看護師さんは少し困った顔で答えた。


 これは、ナイスバディに見惚れたのがバレたか!?



「やはり、先生の仰った通りに記憶障害が見られますね……。ここは病院です。あなたは、新兵器の適合試験を行っていたんですよ?」



 そうでも無かったようだ。しかし……。



「新兵器の……適合試験……?」



 いや待て待て! なんの話だ!?


 俺は確かに刺されて、それで……。


 それで、どうなったんだ?



 自分の置かれた状況に混乱していると、看護師さんは困った顔のままで「先生を呼んできますね」と部屋を出ていった。


 俺に残された最後の記憶を辿っていると、看護師さんが出ていった時の違和感に気付いた。


 扉が自動だったのだ。そして、自動で開く扉の動きは素早く滑らかで、扉の重さを感じさせない。

 しかし、見た目からはなかなかの防御力が備わっているように見える。


 次から次へと疑問は湧き上がる一方だが、そんな疑問に押し潰される前に、担当の主治医らしき中年男性が入ってきた。


 どうやら外から入ってくるにはロックを解除しなければならないようで、関係者だと扉に認識されると「ピピッ」と電子音が鳴ってから開くようだ。


 担当の主治医らしき中年男性は、髭をしっかりと剃っており、髪をオールバックにした清潔感と格好良さを兼ね備えた、白衣の似合う先生だった。


 この病院は能力だけでなく、外見も求められるのだろうか……?



「すまないが、先程の看護師には席を外してもらった。君に関して言えば、秘密にしなければならないことが多いからね」


「えっ、ああ……。というか、新兵器の適合試験って何です? 俺は確か、仕事から帰る途中で後ろから男に……」



 俺が一生懸命質問しようとすると、主治医らしき先生は右手を上げて「まあ、待て」と制した。



「自己紹介をまずさせてくれ。僕は峰田みねた。一応、君の主治医となっている。主治医……といっても、君は病気じゃないからせいぜい担当医ってところだろうがね」


「は、はぁ。俺は藤堂とうどうです」


「うん、よろしく。詳しい説明は《マスター》から聞いてほしいんだけど、僕から1つ言わせてもらうと、今後の自己紹介は今回みたいに苗字だけにしておくといい」


「……? それはどういう意味です? フルネームを知られれば殺されてしまうとか?」


「あっはは! いや、そんなことはないよ! だけど、君の記憶・魂は君のものだけど、その身体は君のではないからね。君の身体を知っている人に混乱させてしまう」


「は? いや待ってください? これは俺の身体ではない? 既に俺が混乱してるんですけど」


「ふむ、そうだね。ではこれを見てくれ」



 担当医・峰田がベッドの横にあった数多いボタンの1つを押すと、天井が開いて、アームが降りてきた。そのアームのハンドには鏡が付いている。


 恐れることなく鏡を覗き込むと、俺は驚いた。


 確かに俺の顔ではあるが、髪と目の色が違う。

 純粋な日本人の姿ではなかった。



「こっ、これは一体……!?」


「その身体は、この世界に存在している藤堂君のものだ。魂の藤堂君と身体の藤堂君にどんな関係性があるのかは《マスター》にしかわからないことなんだけれど」


「……さっきから《マスター》って誰のことなんです? ここは日本の病院じゃないんですか?」


「ああ、魂の藤堂君はニッポンって場所の人なんだね。ここは世界に浮かぶ、7つある拠点の1つ……第5の拠点で正式名は《アリオト》。そして、この拠点を陰から管理しているのが《マスター》さ。君には、これからその《マスター》に会ってもらう」


「えっ……と? ここは日本じゃない? 世界に浮かぶ7つの拠点? 意味がわからないんですが」


「それらも含めて《マスター》から説明を受けるといい。さあ、僕はこれから《マスター》に報告するから、着替えてすぐに出られるよう準備をしてくれ」


「わ、わかりました」



 俺は峰田が出て行くのを見届けてから、近くに置いてあった着替えに手を伸ばす。


 ポーチ付きの黒いズボンに、白いワイシャツと黒いジャケット。ジャケットに刺繍されたε《イプシロン》のエンブレムを見る限り、私服というよりかは何かの制服のように感じる。


 外見より通気性の良い黒いブーツを履くと、窓の外に広がるビル群とその奥に見える、果てしなく広がった海を見て「ここは本当に、俺の知らない地なんだな……」と感じながら、峰田が戻ってくるのを待った。

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