未来異世界の七剣星
夏風陽向
序章「転移と転職」
第1話「満月の下で」
一番最初に何があったのかを語るのであれば、まずはここからなんだと俺は思う。
そう。あれは確か、高校を卒業して就職をし、入ってから半年も経たないうちに職場の異動を命じられた夜だった。
季節は夏。太陽が元気に光を照らしている昼間は言わずもがな、何故か太陽が沈んで入れ替わるように月が出る夜でさえ、最近は暑い。
残業のせいで時間は遅く、都会ではないこの地を走る電車の車内は、人口密度の低さから冷房がよく効いていた。
自宅の最寄りの駅で降りた俺は、外の暑さに心の中で嘆きながらも、一刻も早く家に帰ることができるよう、早歩きで歩く。
そこでふと、俺は優しく光を照らす満月を見上げ、大きな溜息を吐いた。
せっかく仕事に慣れてきたというのに、急に移動を命ぜられたことによる「やり切れない感」も理由の1つとして挙げられるが、俺の溜息にはもっと別の理由が大きく関わっている。
……と言っても、実際は病んでただけなのかもしれない。
俺はこうして辛い現実を目の当たりにすると、いつも考えることがある。
嫁や子供はもちろん、彼女すらもいない俺は「一体、俺は何の為に……誰の為に頑張ればいいのだろう」と。
ああ、いけない。下を向いて歩いているから、こんなマイナス思考に陥ってしまうのだ。
軽く左右に首を振ってから空を見上げると、夜の闇で黒くなった雲が月から離れ、いつもより大きく見える満月が姿を現した。
大きく、綺麗な満月に向かって、気付けば俺はボソッと独り言を呟いていた。
「何も特別な技能を持たない、無力な俺が頑張らなきゃいけない理由があるのなら、教えてくれよ……」
そして気付く、そんなことを言ったところで誰が答えてくれるものかと。
そんなものは所詮、自分で見つけていかなければならない。
そう結論付け、諦めかけた時だった。
「それじゃあ、教えてやるよ」
「え?」
突然、後ろから声をかけられたので振り向こうとすると……。
後ろにいた男は俺の背中に突進し、突き飛ばしてから離れた。
俺は正面から倒れ、地面に激突した顔の痛みを認識すると、続いて背中から激痛が走った。
「うっ……あはっう! はぁはぁ……」
呼吸もいつも通りに出来ず、声を上げることすら出来ない。
そしてようやく理解した。俺は後ろから来た男に刺されたのだ。
男は逃げる素振りも見せずに再び俺に寄り、見下しながら言った。
「こっから先。あんたは人から……いや、世界から期待される存在となる。世界の為か、そこに住む人々の為か、もしくは自分の為か。誰の為に何の為に頑張るかはあんた次第だが、まあ、俺もあんたに期待してるぜ。……せいぜい、頑張れよ」
男の言葉をどうにか聞き取った俺は、徐々に薄れゆく意識の中、満月の光を見ながら思った。
俺は誰かに必要とされたいのだ、と。
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