その21~現実~
月曜日の昼休み、望の隣の席にはいつも通り渡瀬がいた。
「斉木先生とはどんな感じ?」
渡瀬が弁当を食べながら望に尋ねた。
「結局、夢の話は全然してないよ。実は土曜日に会ったんだけど、全然そういう話にならなくて」
渡瀬が箸を止めた。
「へえ……。土曜日に会ったんだ。どこで?」
「斉木先生の車で出掛けて、一日ぶらぶらしてた」
「ふうん。早速デートか」
渡瀬の言葉に、望はカフェオレを喉に詰まらせてむせた。
「デート?」
「デート以外の何物でもないだろ? 逆に何だと思って一日一緒に過ごしたんだよ」
渡瀬が呆れ顔で言った。
「あれ、デートだったのか……」
「そういうとこだよ。高宮くんの超絶鈍感なところ」
「俺、鈍感か?」
「ただの鈍感じゃない。超絶鈍感」
「そうだったのか……。そっか……」
望は土曜日の事を思い返してつぶやいた。
「にしても、斉木先生、結構大胆だな。コンプライアンス的にどうかと思うけど……」
あれがデートだとしたら、渡瀬に話したのはまずかったと望は思った。渡瀬は平静を装っているが、明らかに不愉快さをにじませている。
「そういえば、渡瀬は夏休みどっか行くのか?」
望は慌てて話題を変えた。
「夏期講習と、お盆に祖父母の所に行くぐらいかな。高宮くんは?」
「俺は特に何も」
「斉木先生と約束した?」
「いや……」
望は言葉を濁した。
「じゃあ、一緒にどこか行こうよ」
「え?」
「どこか行きたいとこある?」
「いや、特に……」
「じゃあ、どこか考えといてよ。僕も考えとくから」
「ああ、うん」
望は思わずうなずいてしまった。さっきのロジックからすると、ひょっとしてこれもデートになるのだろうか? と思ったが、怖くて確認する気になれなかった。
放課後、望は数学教員室に向かった。
夏休み前最後の週だから、担任との期末面談が設定されていた。
望は前の生徒が出て来るのを廊下で待った。前回の面談とは心持ちが全然違う。斉木先生に会えると思うとうれしかった。
前の生徒が出て来たので、望は替わりに数学教員室に入った。
「失礼します」
部屋の中には、斉木先生が前回の面談の時と同じように座っていた。望は斉木先生の机の横に置かれた椅子に座った。
「一学期終わるけど、どうだ?」
斉木先生はいつもと全く変わらない様子で望に尋ねた。
「特に変わりはないです」
「期末試験の出来は前より良かったな」
「はい。前よりは。テスト前に図書室に行って勉強するようになったので……」
「渡瀬と一緒にか?」
「はい。誰かと一緒に勉強すると気が散らなくてはかどりますね」
「そうだな。効率が上がるならそれに越したことはないな」
「はい」
斉木先生がいつも通りだったから、望もいつも通りに応対した。
「高宮は、志望する大学はあるのか?」
「東京に出たいとか特に思わないので、地元の国立大に入れたらいいかなと思っています」
「そうなのか」
斉木先生が少し意外そうな顔をした。
「東京の私立目指すかと思ってた」
「そうですか?」
「国立目指すならもっと勉強しなきゃな。今のままの成績だと正直厳しいラインだ」
「そうですよね」
望は少し落ち込んだ。分かってはいたが、改めて言われると現実が心にのしかかってくる。
「でも、まだ二年なんだし、これから勉強すれば全然余裕、それどころか、もっと上も目指せるぞ」
「はい」
「そっか。地元の国立ね……」
斉木先生がつぶやいた。そして、手元の紙にペンでメモをしながら「高宮」と望に呼びかけた。
「はい」
「地元の国立なら、遠距離にならずに済むな」
面談モードからのあまりにも極端な話題の切り替えしに、望は頭が整理できずに混乱した。
「遠距離って……」
「あ、別に高宮の進路を強制しようってわけじゃないからな」
「いや、あの、その前に一応確認なんですけど……」
「なんだ?」
「俺たちって、どういう関係なんですかね?」
望の問いに、斉木先生が少しの間きょとんとした表情を浮かべた。それから急に笑い出した。
「そうか。そういえば、まだ『高宮』にはちゃんと話してなかったな。夢の記憶と混乱していた」
斉木先生はそう言うと、ペンを机に置いてまっすぐに望を見た。そして、
「俺は高宮が好きだ」と言った。
望の鼓動は一気に速まり、顔が熱くなった。
斉木先生が言葉を続けた。
「高宮が卒業するまでは、ちゃんと先生としての節度を守るつもりだ。だから、卒業したら、俺と正式に付き合って欲しい」
「斉木先生はどうして、いつから俺のことを……?」
斉木先生が少し照れたような表情を浮かべた。そして、「一目惚れだ」と言ったから、望は「ええ⁈」と声を上げてしまった。
「城に来た時、庭に顔を出していただろう? 花々越しに見た姿が美しくて、この光景をそのまま絵に描きたいと思った。こんなに強烈に描きたいと思う画材に出会ったのは初めてだった」
斉木先生の言葉に、望は慌てた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。つまりそれって、ユリウスの見た目が好きって事ですか?」
望はかなりショックだった。それを察してか、斉木先生が「最後まで聞け」と言って続けた。
「ユリウスと会っているうちに、素直だけど、少し繊細なところもあると思った。話をしていると、共感できる部分が多くて、会えば会う程に惹かれていった。見た目ももちろん好きだが、それ以上に中身が好きになった。夢ではユリウス。現実では高宮望。だけど、同じ人だろう? だから、どちらかだけを好きだなんてあり得ない。俺は、外見は高宮でもユリウスでもどっちでもいい。とにかく、おまえが好きなんだ」
「先生……」
斉木先生は、取り繕わない正直な人なのだと望は思った。そして、斉木先生の口から本心が聞けてほっとしたし、うれしかった。
斉木先生が望に「高宮は? 高宮は俺をどう思ってる?」と尋ねてきた。
望は居住まいを正して、真っすぐに斉木先生を見つめると、
「俺も斉木先生が好きです」と答えた。
すると、斉木先生が立ち上がり、椅子に座ったままの望を抱きしめてきた。
「ちょっと! 先生、『節度』は?」
望が慌てて言うと、斉木先生が望から離れた。
「すまない、つい……」
斉木先生が椅子に戻った。
「それじゃ、夏休みは毎日勉強で決まりだな」
「え?」
「遊んでいる暇はない。毎日図書館で待ち合わせだ」
「土曜日に、次は俺の行きたいところへ行くって言ってませんでした? それに、前の面談の時、他にやりたいことがあれば勉強はいいって言ってましたよね?」
「事情が変わった。高宮には絶対に国立大に受かってもらう」
「勝手だな……」
望は苦笑した。
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