その22~夢~

 ユリウスが身支度を整え、イーヴォを呼んで城に行こうと思っていた時、家のドアがノックされた。ユリウスがドアを開けると、そこにリーンハルトが立っていた。

「リーンハルト……様!」

 また王子が庶民の家に一人でやってきた。ユリウスは呆れてため息をついた。しかし、リーンハルトはお構いなしといった様子だ。

「ユリウス、今日はちょっと付き合ってくれないか?」

「何ですか?」

 リーンハルトの手には手綱が握られていて、後ろに馬が控えていた。

「今日は馬で少し遠くまで行ってみようと思って。ユリウスも一緒に行かないか?」

「馬で……ですか」

 ユリウスはこれまで馬に乗ったことはなかった。一度乗ってみたいという気持ちもある。これからちょうど城に行こうとしていたところだったし、リーンハルトの誘いを断る理由はないと思った。

 ユリウスは「分かりました」とうなずいた。

「じゃあ、行こう」

 リーンハルトは馬に乗った。そして、ユリウスに手を伸ばし、「乗って」と言った。ユリウスはリーンハルトの手を取った。リーンハルトがユリウスの手を引き、ユリウスが馬に乗るのを手助けした。ユリウスは何とか馬の上に乗ると、思いのほか高さがある事に気づき少し怖くなった。

 リーンハルトがユリウスを振り返り、

「しっかり僕に掴まって」と言った。

 ユリウスは言われたとおり、リーンハルトの腰に両腕を回した。

 リーンハルトが馬を歩かせ始めた。街の中ではゆっくりとしたペースだったが、街を出た途端に、リーンハルトが馬を走らせ始めた。風を切る爽快感はあるものの、振動とスピードへの恐怖感を拭えず、ユリウスはリーンハルトにしがみついた。

 途中、休憩を挟みつつ、リーンハルトは馬を走らせ続けた。いつまで経っても目的地に着かないので、ユリウスは段々不安になってきた。

「あのさ、あまり遠くに行くと帰って来られなくなるんじゃないか?」

「大丈夫だよ」

 リーンハルトはそう言ってどんどん馬を走らせた。

 やがて、ある屋敷の前に辿り着くと、やっとリーンハルトが馬を止めた。その頃には日が落ちかけていた。屋敷は二階建てで、こじんまりした造りだった。

 リーンハルトは馬小屋に馬をつなぎ、「行こう」と言ってユリウスを屋敷の中へ促した。

「ここは?」

 ユリウスが尋ねると、リーンハルトが「ここは王家の別荘だよ」と答えた。

 城に比べると質素な造りではあったが、王族の物だからきちんと管理されているのだろう、中は清掃がいき届いていて清潔感があった。入口を入った先は吹き抜けになっていて、すぐ目の前に階段がある。右側のドアを開けるとそこが居間になっていた。

「疲れたね」

 リーンハルトがそう言って、居間のソファーに座った。ユリウスもリーンハルトの隣に座った。

「なんでここに来たんだ?」

「ここ、好きなんだ。城より落ち着かない?」

「まあ、そうかもしれないけど。ちょっと遠いだろ。もう帰らないと、真夜中になっちゃうよ」

 すると、リーンハルトが笑った。

「今日は帰らないよ」

「え?」

 ユリウスは驚いてリーンハルトを見た。

「今日はここに泊まる」

「ええ⁈ 大丈夫なのか? 王様にはちゃんと言ってきた?」

「さあ」

「さあって……。まずいだろ。王子が消えたら」

「大丈夫だって」

 部屋の中が少し暗くなってきた。リーンハルトが立ち上がり、ランプに火を灯してテーブルの上に置いた。そして、

「現実世界だったら映画とか観れるけどね。チェスでもしようか?」と言った。

「チェス? 俺やったことないけど」

「教えるよ」

 リーンハルトが部屋のチェストの上からチェスボードと駒を取るとテーブルの上に置いた。そして、駒の役割やルールの概略をユリウスに説明した。

 二人はしばらくの間チェスに没頭し、合間にリーンハルトが持ってきたサンドウィッチで夕飯を済ませた。そして気付けば、すっかり夜が更けていた。

「そろそろ寝ようか」

 リーンハルトがそう言って、ランプを持って立ち上がった。ユリウスはリーンハルトについて行った。階段を上ると、リーンハルトが居間のちょうど上にある部屋のドアを開けた。そこが寝室のようで、中には大き目のベッドとチェストが置かれていた。

「部屋はここだけ?」

 ユリウスが尋ねると、リーンハルトが「うん」と答えた。

「じゃあ、俺は下で寝るよ」

 ユリウスが居間に戻ろうとすると、リーンハルトがユリウスの腕を掴んだ。

「ベッド大きいから、二人でも寝れるだろ?」

 確かに、置かれているベッドはシングルサイズのベットを二つ並べたぐらいのサイズがある。二人で寝ても十分余裕のある大きさだ。リーンハルトも当然のように言うし、ユリウスもそうだなと思い直した。

 リーンハルトがチェストから夜着を取り出してユリウスに渡した。

「これ着て」

「ありがとう」

 ユリウスとリーンハルトは夜着に着替えてベッドに横になった。リーンハルトが言ったとおり、二人で寝ても十分な間隔があり、全く窮屈な感じはしなかった。

「おやすみ」

「おやすみ」

 二人は挨拶を交わして眠りに就いた。

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