その13~夢~
その翌々日、アトリエに呼ばれたユリウスは、王妃の言葉が頭をよぎり、上の空だった。
ライムントがそれに気づいて、ユリウスに「どうした?」と尋ねた。
ユリウスは迷ったが、
「おととい、王妃様に呼ばれて……」と答えた。それでライムントは察した様子だった。
「そうか……。私のところへ行くなと言われたのか?」
「いえ、そうではないのですが」
「では、私を偵察するようにと言われたのか?」
ユリウスは答える事ができなかった。
ライムントは「そうか……」と目を伏せた。そして、
「王妃様は不安なのだ」と言った。
「不安……ですか?」
「ああ」
ライムントは筆を置いて語りだした。
「王妃様にはなかなかお子が生まれなかった。そのうちに、妾だった私の母が先に私を生んだ。私は、リーンハルトが生まれるまで、次期王としての教育を受けた。王様も、私を跡継ぎにするつもりでいた。しかし、私が八つの時にリーンハルトが生まれ、状況は一変した。これまで私が受けていた教育は、すべてリーンハルトが受ける事になった。私に付き従っていた者たちも、みなリーンハルトの方へ移って行った。私は用なしになったのだ」
ユリウスは、幼かったライムントは寂しい思いをしたのではないかと思い、胸が痛んだ。
ライムントが話を続けた。
「私から見れば、リーンハルトはすべてを持っている。すべて満たされている王子だ。王妃様が不安がる必要など全くない。しかし、王妃様は、ご自身に子が生まれなくて、不安だった日々を忘れられないのだ。そして、途中まで後継者として育てられていた私が、いつかリーンハルトと王妃様の地位を脅かすのではないかと怖れている」
「そんな……。でも、ライムント様にはそんな気持ちありませんよね?」
除け者のような扱いをされた挙句、それでもなお、いわれのない嫌疑を掛けられているライムントが気の毒に思えた。
「ああ。全くない。なぜ、私ごときにそんなに警戒するのか分からない」
「『私ごとき』……」
ユリウスは思わずライムントの言葉を繰り返した。王太子の地位は実質上リーンハルトに移り、立場的にはライムントは確かに弱いと言えるだろう。しかし、資質という点ではどうだろうか。ライムントが頭脳明晰なのは明らかだし、以前弓術を披露してくれたが、おそらく武芸にも優れているのだろう。そして、絵の才能まである。ライムントは自分を卑下するが、王妃が心配をするのも無理はないように思えた。
「ライムント様は違うと思われるかもしれませんが、ライムント様に王様になるだけの資質が備わっているから、王妃様は心配されているんじゃないでしょうか?」
ユリウスが言うと、ライムントが笑った。
「随分と買いかぶるのだな。私にはそんな力はない。それに、私はいつも目立たないようにしてきた」
そこまで言って、ライムントは「ただ……」とユリウスを見た。そして、「ユリウスの事に関しては、少し目立ってしまったな」と言った。
ユリウスは、宴の日の事を思い出した。
「どうして宴の時、あんな風に王様と王妃様におっしゃったのですか?」
ライムントが「それは……」と言いかけた時、アトリエのドアがノックされた。
使用人が「王様がお呼びです」とライムントに呼掛けた。
ライムントは立ち上がり、ユリウスとイーヴォに「少し待っていてくれ」と言い残して、アトリエを出て行った。
「ナンカ、オウゾクッテ イロイロ メンドクサインダナ」
イーヴォが、ライムントが出て行ったドアを見つめたまま言った。
「そうだな……」
イーヴォは大きなあくびをした。
「オレ、チョットネルワ」
イーヴォは竜の姿のまま床に横になると、昼寝を始めた。ユリウスも床に座り、イーヴォの体にもたれ掛かるような体勢で目を閉じた。ここで昼寝をしたら、その瞬間だけ現実世界に戻るんだろうか? そんなことを思った。
しばらくして、アトリエのドアが開く音がした。きっとライムントが戻ってきたのだろうが、もう少し休んでいたいような気がして、目を閉じたままじっとしていた。
足音がユリウスに近づいてきて、布が擦れるような音が間近で聞こえた。ライムントが自分の前にしゃがみこんだようだ。そして、ライムントの手がユリウスの髪に優しく触れた。ユリウスは狸寝入りを続けていることができなくなり、思わず目を開けた。自分のすぐ目の前にライムントの顔がある。
ライムントが「起こしてしまったか」と静かに言った。
ユリウスは鼓動が速まるのを感じた。何か言わなければと思ったが言葉が出てこない。
ライムントは至近距離でユリウスを見つめている。憂いを帯びたような瞳に幅が狭く通った鼻筋、薄い唇。男性に対してこんな事を思うのはおかしいが、ライムントはどこか艶っぽかった。ユリウスは、今自分の顔は絶対に赤くなっていると感じた。そして、恥ずかしさのあまり、思わずライムントから目をそらした。
するとライムントが、
「ユリウス、私はおまえが好きだ」と言った。
「え?」
ユリウスはライムントに目を向けた。ライムントはユリウスをまっすぐに見つめている。ユリウスの鼓動は増々速くなった。少しの沈黙が、とてつもなく長い時間のように感じる。
「好きだ」
もう一度、ライムントが言った。
その時、もたれかかっていたイーヴォの体が動き、光を放って人間の姿になった。そして、急にユリウスを後ろから抱きしめてきた。
「え? 何?」
ユリウスは戸惑った。
イーヴォがユリウスを抱いたまま、ライムントに、
「ユリウスは渡さない」と言った。
イーヴォは後ろにいるから表情は全く見えない。でも声は、いつものおどけたような口調とは違う、真剣な声だった。
「決めるのはユリウスだ」
目の前にいるライムントも真剣な表情だ。
ユリウスは混乱した。全く状況が呑み込めない。
「おまえ、本当にユリウスが好きなのか?」
イーヴォの問いにライムントがうなずいた。
「ああ。本気だ。ユリウスの事は誰にも譲れない。おまえにも、リーンハルトにもだ」
「俺だって、ユリウスの事は譲れない」
イーヴォが負けじと言い返した。
その場に、何とも言えないピリピリした空気が流れた。
「ユリウスを離せ」
「いやだ」
イーヴォはそう言うと、益々ユリウスを強く抱きしめて、ユリウスの顔に顔を寄せてきた。
「やめろ」
ライムントがイーヴォの腕を掴んでユリウスから引き離そうとした。
このままでは喧嘩になってしまう。ユリウスは、両手でイーヴォの腕を掴み、
「イーヴォ、離してくれ」と言った。
イーヴォは渋々といった様子で、ユリウスを離した。
ライムントがユリウスに、
「私は本気だ。今すぐにとは言わない。考えて欲しい」と言った。
「は、はい……」
ユリウスは思わずうなずいてしまったが、「考える」とは一体どういうことだろうと思った。
ライムントは、
「今日はもう帰れ。筆を狂わせてしまいそうだ」と言った。
ユリウスとイーヴォは言われたとおりアトリエを後にし、城を出た。
道の途中で、イーヴォがユリウスの腕を掴んで歩みを止めた。
「俺は、本気でユリウスが好きなんだ」
「イーヴォ……」
「ユリウスは? ユリウスは俺の事どう思ってる?」
ユリウスは胸が痛んだ。
「俺は……。イーヴォの事は好きだけど、それは友だちとしての好きだよ」
「そっか……」
イーヴォが寂しそうな、落ち込んだような表情を浮かべた。イーヴォが顔を上げて「じゃあ、ライムントの事は?」と尋ねてきた。
「それは……」
なぜか即答できなかった。イーヴォやリーンハルトは友だちだと間違いなく言える。しかし、ライムントとは友だちと言える関係ではない。では、主従関係なのかと言うとそうでもないような気がする。
「分からない」ユリウスは正直にそう答えた。
「なんだ。あいつの方がまだ望みがありそうだな」
「え?」
「だって、そうだろ? まだ『友だち確定』してないし」
「それは……」
「俺は全然望みなし?」
「ごめん……」
すると、イーヴォが分かり易くうなだれた。そして、
「俺、今日はこのまま帰る」と言うと、竜の姿に戻って飛んで行ってしまった。
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