その12~夢~
翌日はライムントに呼び出され、ユリウスとイーヴォはアトリエにいた。ライムントのキャンバスを覗き込むと、絵に大分色が付いてきている。既に構図は定まっているから、最初のように長時間動かずにじっとしている必要は無くなった。色味や影の出方を確認するために、指示を受けてたまに立って見せる。
絵具が乾くのを待ってから塗り重ねるから、毎回少しずつ色が増えていく。その過程を眺めて、ユリウスとイーヴォは感心した。
「なんか、毎回変わっていくから面白いな」
「こういう風に描いてるって知らなかった……」
ライムントがユリウスを振り返り、
「ユリウスも描いてみるか?」と言ってきた。
「え? 俺がですか?」
「デッサンぐらいできるだろう」
ユリウスは絵など描いたことがない。望は美術の授業でたまに描いているが、正直絵心はまったくなかった。
「ユリウス、俺のこと描いて」
イーヴォがユリウスに頼んで来た。ユリウスは夢の世界であるここでだったら、ひょっとしてうまくいくだろうかと思い、描いてみることにした。
ライムントが小さなキャンバスをイーゼルに掛けて用意してくれた。
イーヴォが竜の姿に戻ってユリウスの前に立つ。ユリウスは木炭で真剣にイーヴォの姿を描き始めた。
しかし、描き始めて少しすると、段々分からなくなってきた。
《あれ? なんか思ってるのと違うな……。ん? ここちょっと大きく描き過ぎたかな? 収まりきらないかも……》
ライムントは自分の絵の彩色をしているから、ユリウスのことは放置だった。ユリウスは首を傾げつつ、デッサンを進めた。
「うわ……。全然ダメかも……」
ユリウスは思わずつぶやいた。
「どうした? 描けたのか?」
ライムントが手を止めてユリウスに歩み寄り、ユリウスのキャンバスを覗き込んだ。そして、手を口に当て、明らかに笑いを堪えている様子を見せた。
「ひどい、ですよね……」
ユリウスは苦笑いした。自分でもひどい出来なのは分かっている。
「すまない」
ライムントは思わず笑いそうになってしまった事をユリウスに謝ってきた。
イーヴォが人間の姿になって、
「描けたのか?」
と、キャンバスを覗き込んだ。そして、その絵を見て「おい! ユリウス。ユリウスには俺がこういう風に見えてるのか? 俺はもっとかっこいいぞ!」と言った。
ユリウスが描いたイーヴォは、体に対して明らかに顔が大きく、体も丸く太り、足が描ききれずに途中で切れていた。顔も歪んでいてどこか滑稽な印象になっている。
「俺、やっぱ絵ヘタだ」
ユリウスはへこんだ。
すると、ライムントが、
「確かにデッサンは大幅に狂っている。だが、よく分からないが見ていると和む絵ではある。絵には描き手の個性が現れるからな」と言った。無理やりフォローしようとしてくれているのが痛い程伝わってくる。
ライムントはイーヴォに目をやり、「もう一度そこに立ってくれ」と言った。
イーヴォは竜の姿に再び戻って先ほどと同じ位置に立った。
ライムントは新しいキャンバスをイーゼルに掛けた。
「どこか一部分だけを見てそこを描き出すのではなく、まず全体を見て、大枠を描き始めるんだ。描いてみろ」
ユリウスはキャンバスに描こうとしたが、どうすればいいのか分からない。すると、ライムントが後ろから木炭を持つユリウスの右手に手を添え、キャンバスに薄く円を描き始めた。
「これが体、顔はこの辺り、腕がここ」
ただ円や線を描いているだけなのに、すでにざっくりとイーヴォの体の全体が描かれてきている。
「すごい。もうなんとなく絵になってきてますね!」
ユリウスはライムントを振り返って、感嘆の声を上げた。
「こうして、大体の場所を掴んでから、次に少し細かく描いて、本当に細かく描き出すのはその後だ。後は自分でやってみろ」
「はい」
ライムントはユリウスから離れて、自分のキャンバスの前に戻った。
ライムントの指示通りに描いたデッサンは最初よりも大分マシになった。
ユリウスは、キャンバスを持ってライムントの方へ行き、キャンバスをライムントの方へ向けた。
「ライムント様、さっきよりは大分良くなりましたよね?」
ライムントがユリウスの絵を見てうなずいた。
「ああ。さっきよりは随分良くなった」
イーヴォが人間の姿になって「どれどれ」とユリウスのキャンバスを覗き込んだ。そして、「うん。さっきよりは良くなったな」とうなずいた。
「やった」
ユリウスはキャンバスを満足げに見つめた。
その日の作業が終わり、アトリエを出たユリウスとイーヴォが廊下を歩いていると、使用人がユリウスに声を掛けてきた。
「ユリウス、お呼びが掛かっている。こちらに来い」
「はい」
ユリウスと共にイーヴォも付いて行こうとすると、使用人が「おまえは待っていろ」と言った。ユリウスはイーヴォに「先に帰っていいよ」と言った。
ユリウスは使用人に連れられ、城の一室に案内された。その部屋の奥の椅子に王妃が座っていたから、ユリウスは驚き、慌てて跪いた。
「王妃様」
「畏まらなくてもよい。もう少し近くに参れ」
「はい」
ユリウスは、王妃の前に進むと、再び跪いた。
「おまえはだいぶリーンハルトに気に入られているようだな」
「はい。リーンハルト様にはいつもご高配に預かっています」
「そうか。それは良かった。では、ライムントはどうだ?」
「え?」
「ライムントにも仕えているのだろう? よくライムントの所に出入りしていると聞くが?」
「はい。ライムント様が描いてらっしゃる絵のモデルを頼まれているので……」
「絵のモデルか」
「はい」
「ライムントは、王様や私やリーンハルトの事を何かおまえに話しているか?」
「いえ、全く……」
「では、リーンハルトの事をおまえに訊く事はあるか?」
「いえ、それもありません」
「そうか」
王妃は少し考え込むそぶりを見せてから、「……ユリウス」と呼び掛けた。
「はい」
「おまえはリーンハルトに仕える身だ。あくまでも主はリーンハルトであるという事を忘れてはならぬ」
王妃には強い威圧感がある。ユリウスは緊張した。ユリウスが黙っていると、王妃が続けた。
「もし、ライムントに変わった言動があったら、すぐに私に報告するのだ。よいな?」
ユリウスは嫌だと思ったが、この状況では「はい」と答えざるを得なかった。
「それが分かればもう良い。下がれ」
「はい」
部屋を出たユリウスは、緊張から解き放たれて大きなため息をついた。
《もう王妃様には呼ばれたくないな……》
そう思いながら、城を後にした。
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