その11~夢~
ユリウスは、城の控室で竜笛を作っていた。イーヴォが隣で興味深そうにその様子を見つめている。今日の材料は紫檀の木だ。木を小さな彫刻刀で少しずつ丁寧に削っていく。木くずを散らかさないよう、テーブルの上に布を広げ、その上で作業をしていた。竜笛の基本的な型は決まっていて、代々竜使いの家に伝承されている。
「竜笛っていい音だよな」
イーヴォがユリウスの手元を見つめながら言った。
「竜はこの音が好きなのか?」
「ああ。なんか、惹きつけられるんだ」
「そうなんだ」
竜使いといえども、竜の感想を聞いたことがある者などいないだろう。ユリウスは、イーヴォのおかげで貴重な意見が聞くことができたと思った。
イーヴォが「でも、今のご時世、竜を従えても別に意味ないだろ?」とユリウスに尋ねた。
「まあ、確かに。だから今は竜使いが減ってるんだよ」
昔、隣国との戦争があった時代は、竜を戦闘に参加させる事が竜使いの仕事であり、竜を従えさせる目的だった。今は平和な時代が続いているから、竜使いにそんな仕事の機会はない。戦いに出れば褒美がもらえるが、それがないのだから竜使いになったとしても生計が成り立たない。今では一部の竜使いが狩りの際に貴族に呼ばれて日銭を稼ぎ、何とか食いつないでいる状態だった。
「もし今戦争が起きたら、俺はユリウスのために戦ってやるけどな」
力強く言うイーヴォに、ユリウスは首を振った。
「俺はイーヴォを戦わせるつもりはないよ」
「何言ってるんだよ? 俺が戦わなかったら、ユリウスが罰せられるだろ?」
「それは、そうかもしれないけど……」
「俺はユリウスのために戦う」
「ありがとう。でも、一番いいのはこの平和な世の中が続くことだけどな」
「まあ、そうだな。俺もこうして毎日ユリウスと一緒にいられた方がうれしいし」
イーヴォがユリウスに身を寄せてきた。イーヴォは大体いつもユリウスとの距離が近い。近いどころか、どこかしらユリウスの体に触れている気がする。人目もはばからず抱きついてきたり手をつないできたりする。城の人たちは、既にイーヴォが竜だと知っているからそんな二人の姿を見ても特に反応しないが、外の人たちは自分たちのことを何か誤解しているかもしれないとユリウスは思った。
「なあ、ユリウス。俺の竜笛聞かせてくれよ」
「いいけど。城の中だから少しだけだぞ」
ユリウスは、胸元から竜笛を取り出すと、イーヴォに吹いて聞かせた。イーヴォがうっとりした様子でユリウスの肩に頭を乗せて甘えてきた。
「ユリウス好きだ」
「はいはい」
ユリウスは適当に答えながら竜笛を胸元にしまった。
その時、リーンハルトが部屋に入って来た。ユリウスにべったりなイーヴォの姿を見て、少しだけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になって歩み寄って来た。
「竜笛作ってたんだね」
「うん。これが本業だから」
ユリウスはそういいながら竜笛を片付け始めた。
「いいよ。そのまま作ってて」
「いや、ただの時間つぶしだったし」
「本業が時間つぶし?」
リーンハルトが笑ったので、ユリウスも「確かに」と言って笑った。
「それじゃ、今日はこれから街に行かない?」
「街に? また勝手に城を出るつもり?」
「僕は不良王子なんだよ」
リーンハルトがいたずらっぽく笑いながら言うので、ユリウスは、
「これぐらいで『不良』とまでは言えないだろ。リーンハルトはまだまだまじめな優等生だよ」と言った。
「そっか。じゃあ、もっとはめを外しても大丈夫だね」
「いや、やめてくれよ。もし一緒にいてリーンハルトに何かあったら、俺極刑だぞ?」
するとイーヴォが「その時は俺がユリウスを守ってやる」と言った。
リーンハルトも、
「ユリウスにとばっちりが行かないよう、僕も気を付けるよ」と言った。
三人が出掛けようとしていると、部屋に使用人がやってきた。そして、リーンハルトに王様が呼んでいると伝えた。
リーンハルトはため息をついた。
「せっかくユリウスと出掛けられると思ったのに」
「残念だな」
「ごめん、ユリウス」
「いいよ」
リーンハルトは本当に残念そうに部屋を出ていった。それを見送ると、ユリウスはイーヴォを振り返った。
「今日はライムント様とも約束してないし、帰ろうか」
すると、イーヴォが「せっかくだから二人で出掛けない?」と言った。
ユリウスはそれもいいかもと思い、「ああ、そうだな」とうなずいた。
「どこか遠くに行ってみようよ。俺が乗せてやるからさ」
「本当に? そういえば、俺まだイーヴォに乗った事なかったよな」
「うん。だからさ、行こう」
「うん」
イーヴォとユリウスは城を出た。
イーヴォは竜の姿に戻り、ユリウスを背中に乗せた。
「オチナイヨウニ、チャント ツカマッテロヨ」
「うん」
ユリウスはイーヴォの服を落とさないよう自分の腰に括り付けると、イーヴォの背中にしがみついた。
イーヴォは空に舞い上がった。
あっという間に地面が遠のく。
「うわっ! ちょっと怖いかも」
ユリウスは下を見て、足がすくんだ。
「シタヲ ミナイデ、トオクヲ ミタホウガイイゾ」
「うん」
ユリウスは言われたとおり、視線を遠くへ移した。すると、怖さは薄れ、景色の美しさと風を切る爽快感の方が上回るようになった。
「ドウダ?」
「気持ちいいな」
「ダロ?」
イーヴォは街を飛び越え、どんどん飛んでいき、やがて、山の上に降り立った。
ユリウスは、イーヴォの背中から降りた。
「すごいな。普通に登ったら大変な山なのに、あっという間に頂上まで来ちゃった」
二人の眼下にはすばらしい景色が広がっていた。街は遠くにかすみ、空と稜線が三百六十度続いている。
「イイ ケシキ ダロ?」
「うん。いい景色だ」
「ココハ イイナ。ケシキハ イイシ、リュウノ スガタノ ママデ イラレルシ」
「イーヴォは竜の姿の方が好きなのか?」
ユリウスが尋ねると、イーヴォが答えた。
「スキッテイウカ、ニンゲンノ スガタデ イルノッテ、ケッコウ ツカレルンダヨ」
「そうだったんだ。じゃあ、無理しなきゃいいのに」
「ダッテ、ニンゲンノ スガタデ イナイト、ユリウスト イッショニ イラレナイ ダロ? ソレニ……」
イーヴォの体が光り、人間の姿になった。そして、ユリウスの腕を掴んで引き寄せると、ユリウスを抱きしめた。
「人間の姿なら、こういう風にユリウスに触れることができるしさ。手も繋げるし」
「ちょっと、やめろよ」
ユリウスが離れようとすると、イーヴォが笑った。
「なんだよ。さっきまで俺に抱きついてただろ?」
確かにそうなのだが、人の姿と竜の姿では全然違う。裸の男に抱きつかれているのは、落ち着かなかった。
すると、イーヴォが「じゃあ、これでいいか?」と言って、再び竜の姿に戻った。
「そんなコロコロ変わって大丈夫か?」
ユリウスが心配して尋ねると、イーヴォが「スゴク ツカレル」と答えた。
「じゃあ、やらなきゃいいのに」
ユリウスは笑った。
「ユリウスハ、リュウト ニンゲン、ドッチノホウガ スキ?」
「え? うーん。竜の姿はかっこいいし、空も飛べるけど、人間の姿は話しやすいし、どっちも良いところあると思うよ」
「ソッカ。ユリウスガ ドッチカガ イイッテ イウナラ、ズット ソッチノ スガタデ イテモイイッテ オモッタンダケドナ」
「いいよ。イーヴォがいたい姿でいてくれれば。それに、ずっと人間の姿でいたら疲れるんだろ?」
「ユリウスノ タメナラ ガマンデキル」
「うれしいけど、俺はイーヴォに大変な思いをさせたくはないよ」
ユリウスは、竜使いに従えられた竜はこんなにも忠誠を尽くすものなのだろうか、と思った。
「ツギハ、ウミニイコウカ」
イーヴォが言ったので、ユリウスは「うん」と言ってうなずいた。
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