その10~現実~
目の前の焼き網の上で肉が焼かれ、白い煙が立ち上っている。向かい合わせで座っている渡瀬は率先して肉を焼き、どんどん望に進めて来た。ここは、駅の近くにあるチェーン店の焼肉屋だ。定期テストが終わり、約束通り望と渡瀬は焼肉食べ放題にやって来ていた。
「次どれおかわりしようか? カルビもおいしかったけど、ロースもいいよな」
「渡瀬も焼いてばっかじゃなくて食えよ」
望は、網の上の肉を渡瀬の取り皿に乗せた。
「あ、ありがとう」
その時、店員がテーブルの横を通りがかったので、渡瀬が「すみません」と呼び止め、カルビとロースを注文した。
「明日から部活?」
望が尋ねると渡瀬は「うん」と答えた。
「アーチェリーもやっぱうまいのか?」
望が尋ねると、渡瀬は意外にも首を振った。
「僕も、できるかと思って、調子にのって高校から始めてみたんだけど、弓の感じが全然違くてさ。なまじっか動きは似てるもんだから、余計に混乱してうまくいかないんだよね」
「へえ。そんなもんなんだ」
望は、弓なんてどれも一緒だと思っていたから意外だった。
「高宮くんは部活、何で入らなかったの?」
「なんか、特にやりたいことがなくて」
「そうなんだ。中学の時は何かやってた?」
「中学も特に。渡瀬は中学でも部活入ってた?」
「中学の時は軟式テニス部だったよ」
「そうなんだ。渡瀬はすごいよな。部活もやってるのに勉強もちゃんとできて」
「意外と忙しい時の方が勉強がはかどるんだよ。時間作らなきゃって焦るからかな」
「まあ、それはあるかもな。俺は時間あるくせにやる気が起きないから。あ、でも、今回は渡瀬が一緒に勉強してくれたから、いつもよりはかどった気がするよ」
望が言うと、渡瀬がうれしそうな表情を浮かべた。
「ほんとに? じゃあ、これからテスト前は毎回一緒に勉強しようよ」
「うん。そうだな」
今回、初めてテスト前にまじめに勉強してみて、いつもよりテストの出来に手ごたえがあった。これまでは、高校に入ってすぐに感じた劣等感から、自分なんてどうせ勉強しても周りには追い付けないと諦めていた。しかし、やれば自分にもできるかもしれないと、今回初めて思うことができた。そう思うことができたのは、渡瀬のおかげだ。
店を出ると、外はすっかり暗くなっていた。渡瀬と二人で駅前を歩いていると、老夫婦とすれ違った。男性の方は杖をついていて、女性が連れ添っている。渡瀬がその老夫婦に目をやった。そして、急に追いかけて行ったから、望は何事かとびっくりした。渡瀬は老夫婦に「あの、そっちは階段しかないんで、あっちに戻ってエレベーターに乗った方がいいですよ」と声を掛けた。老夫婦は「ありがとう」と渡瀬に礼を言って、元来た方向へ戻っていった。
その様子を見て、望は、渡瀬は本当に優等生なのだなと思った。自分は、思ってはいても行動に起こすことができない。そんな自分を望は恥ずかしいと思うと同時に、やっぱり渡瀬は自分よりも高い場所にいる人なのだと改めて思った。
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