その7~夢~
その翌日。
城の控室に使用人がやって来て、ライムント王子が呼んでいるとユリウスに伝えた。ユリウスとイーヴォは、使用人に連れられて城の一室に案内された。ユリウスが部屋のドアをノックすると、中から「入れ」という声が聞こえた。ユリウスはドアを開け、そして、ドアの先の光景に驚いた。
その部屋は天井が高くかなり広い部屋だった。高い位置に窓がたくさんあるため明るい。部屋の壁際には、大小様々な絵画が立てかけられていた。描かれているのは人だったり風景だったり様々で、どれも美術館で見るような美しい油絵だった。
「すごい……」
ユリウスは口を開けたまま、部屋を見渡した。
部屋の奥に机と椅子が置かれ、そこにライムントが座っていた。
「あの、これもしかして、全部ライムント様が描かれたんですか?」
ユリウスがライムントに歩み寄りながら尋ねると、ライムントが「そうだ」と答えた。
「すごいですね。画家が描いたようです」
「そうか」
ライムントは喜ぶでもなんでもなく、ユリウスに文字が書かれた紙を差し出した。
「契約書を作った。内容を確認して、問題ないようならサインしろ」
ユリウスは契約書を受け取って読み始めた。
《ライムント(以下「依頼者」という。)及びユリウス(以下「請負人」という。)は、依頼者が依頼する役務(以下「本件役務」という。)を請負人が行うことに関し、以下のとおり合意した。第一条、本契約の契約期間は本契約締結日から一年間とする。但し、依頼者又は請負人のいずれかが、期間満了日の一か月前までに解約の意思を示さない場合は、同じ条件でさらに一年間延長されるものとし、以降同様とする。第二条……》
ユリウスは辟易した。とても全部読む気になれない文章だ。ユリウスは、契約書を適当にめくると「もう、いいです。サインします」と言って、机の上のペンを取ろうとした。
すると、ライムントが、
「契約書はちゃんと読んだ方がいい」と言ってユリウスを止めた。
ユリウスは、
「俺たち二人だけが見る契約書なんですから、もっと簡単に書いて下さいよ」と訴えた。
「契約書とはこういうものだろう」
「だいたい、契約書なんてなくてもいいじゃないですか」
すると、ライムントは首を振った。
「契約書は必要だ。それがなければ、おまえが私の依頼を受ける根拠がなくなる」
「はあ……」
ユリウスは正直、めんどくさい人だ、と思った。だが一方で、ライムントの考え方には尊敬できる部分もあった。ライムントは王子なのだから、契約などしなくても、ユリウスに命令できる立場だ。しかし、そうはしないということは、自分のような庶民とも対等であろうとしてくれているような気がした。
結局、ユリウスは契約書の中身をほとんど読まないままサインをした。契約書は同じものが二部あって、ライムントとユリウスが一部をずつ持つこととなった。
「では、早速、おまえに依頼したい事がある」
ライムントが言った。
「何でしょうか?」
「絵のモデルになってもらいたい」
「え?」
ユリウスは、予想外の申し出に驚いて目を見開いた。
「そこにいるのは竜なのだろう? 竜はまだ描いたことがない」
「なるほど、イーヴォを描きたいんですね」
ユリウスは合点がいってうなずいた。本物の竜をモデルにして絵を描く機会など、そうそうあるものではない。ライムントが竜を描きたいというのは、至極もっともだった。
イーヴォが、
「え? 俺を描いてくれるのか?」とうれしそうに言った。
「そうだ。竜と竜使いを描く」
ライムントが立ち上がり、部屋の中央辺りに移動した。そして「おまえたちはこの辺りに立て」と指示した。
「今から描くんですか?」
ユリウスが驚いて尋ねると、ライムントは「そうだ」と答えた。
ユリウスとイーヴォは言われた通り、部屋の中央辺りに立った。イーヴォはそこで竜の姿に戻った。
ライムントはイーヴォを見上げて「大きいな」と感心した様子でつぶやいた。
ライムントはユリウスとイーヴォに「もう少し右に」、「ユリウスは少しだけイーヴォの方に体を向けろ」などと、細かく位置や体勢を指示した。そして、位置が決まると、二人の正面にキャンバスを置き、真剣な表情で絵を描き始めた。
ユリウスは絵のモデルになったのは初めてだったが、同じ体勢で長時間じっとしているのは思いのほか疲れることだった。一時間ほど経って、ライムントが「今日はここまでにしよう」と言った時、ユリウスはほっとして、両膝に両手をついて体を屈めた。
「疲れただろう」
「はい」
イーヴォも人間の姿に戻ると、「疲れたー」と言って脱力した。
ユリウスとイーヴォはライムントの方に歩み寄り、キャンバスを覗き込んだ。そこには木炭でデッサンが描かれており、既に絵の全体像が出来上がっていた。
「すごい……」
「かっこいいな」
ユリウスとイーヴォは思わずつぶやいた。
「これから少しずつ描くから、また頼む」
ライムントの言葉にユリウスは「はい」と答えてうなずいた。
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