その6~夢~

 翌日、ユリウスは約束通り城を訪れた。イーヴォも一緒だ。リーンハルトは講義を受けている最中だということで、以前と同じ部屋に通され、待つように指示された。

《王子様って結構忙しいんだな……》

 ユリウスはそんな風に思った。

 今日はテーブルの上に大量のお菓子とお茶が用意されていた。イーヴォが早速ソファーに座り、パイを手に取ると一口ほおばった。

「うわ。これめちゃくちゃうまい。なんだろう?」

 イーヴォがパイの中身を見つめている。そしてユリウスに手招きし、「ユリウスも食ってみろよ」と言った。しかし、ユリウスはあまり腹が減っていなかったので「俺はいいよ」と言って窓の外を見た。今日も相変わらずきれいな庭だ。

「俺、ちょっと庭見てくる」

「ああ」

 イーヴォはすっかりお菓子に夢中だ。どうやら花より団子タイプらしい。

 ユリウスは、中庭に面したドアから庭に出た。普段は特に草木に興味があるわけではない。しかし、これほどまでに美しく、人工的に手入れされた庭を見るのは初めてだったので、新鮮さと感動を覚えた。

 ユリウスは庭を歩き出した。庭には通路が設けられており、幾何学模様を描くように配置されている。植木や花が幾何学模様を埋めるように植えられていて、ずっと先まで続いていた。庭の中央には噴水も見える。

「すごいな……」

 ユリウスは感心して辺りを見渡した。

 通路を少し歩くと、紫色の珍しい形をした花が目に入った。ユリウスはかがんで、その花に触れてみた。

 その時。

「その花には触れない方がいい」

 背後から急に声を掛けられ、ユリウスは思わずビクリとして振り返った。ユリウスの後ろに、一昨日もこの庭で見かけた青年が立っていた。

 ユリウスは慌てて立ち上がった。青年が「もう触ってしまったか?」と尋ねてきたので、ユリウスは「はい」と言って頷いた。

「こっちへ来い」

 青年がユリウスに付いて来るよう促すので、ユリウスは素直について行った。青年は噴水の前まで来ると「手を洗え」と言った。ユリウスは言われた通り、噴水の水で手を洗った。

 青年はその様子を見届けると、

「あの花は美しいが、触れると肌がかぶれることがある」と言った。

 それで、ユリウスもようやく合点がいった。

「そうなんですね。教えて頂いてありがとうございます」

 ユリウスは青年に頭を下げた。

「おまえがリーンハルトに仕えることになったという竜使いか?」

 青年がユリウスに尋ねて来た。

「はい。俺はユリウスと言います。あの、あなたは……?」

「私はライムント。オスヴァルト王の第一王子だ」

「え? じゃあ、リーンハルト様のお兄様ですか?」

「そうだ」

 ユリウスは驚いた。何となく身分の高い人なのだろうとは思っていたが、まさかリーンハルトの兄だとは思っても見なかった。二人は全く似ていない。顔もそうだが、雰囲気が全く違っている。リーンハルトが快活で人懐っこい印象なのに対し、ライムントはどこか影があり、近寄りがたい雰囲気を持っていた。

「ここで何をしていた?」

 ライムントがユリウスに尋ねてきた。

「リーンハルト様が講義中なので待っているところです。庭があまりにもきれいだったから眺めていました」

「そうか……。おまえは、リーンハルトと専属契約を結んでいるのか?」

「え?」

 ユリウスは、変な質問だ、と思った。そして、自分は果たしてリーンハルトと専属契約を結んでいるのだろうかと考えたが、そうではない気がして「違います」と答えた。

「そうか。では、私と契約してくれないか?」

「え?」

 ユリウスはライムントの真意がつかめずに戸惑った。

「リーンハルトに仕えるのを止めろというわけではない。重ねて私とも契約をして欲しいということだ」

「はあ」

 そもそも、自分がリーンハルトに仕えているというのは建前であって、自分を城に招き入れるためにリーンハルトが作った口実にすぎない。ライムントは「重ねて」というが、別にリーンハルトと契約を交わしているわけでもない。だから、ライムントの申し出を断る理由はないように思えた。

「無理か?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。では契約書を作っておく。できたら声を掛けるから、後で来い」

 ライムントはそう言い残し、ユリウスの前から去っていった。

 ユリウスが部屋に戻ると、イーヴォはテーブルの上のお菓子をすべて平らげていた。

「全部食べたのか?」

 ユリウスは驚いてイーヴォを見つめた。

「おいしかったからつい……」

「太るぞ」

「竜に太るという概念はない」

「そうか。なら、いいけど……」

 ユリウスは内心、糖尿病とかもないのかな、と思ったが、口にするのは止めた。

 しばらくして、リーンハルトが部屋に入って来た。

「ごめん。待たせて」

「いえ、大丈夫です」

 テーブルの上を見たリーンハルトが驚いた様子で「全部食べたの?」と言った。

「すごくうまかった。特に最初に食べた四角いやつ。あれは何だ?」

「最初の?」

 イーヴォが何を指しているのかが分からず首を傾げるリーンハルトに、ユリウスが「パイです」と、説明を加えた。

「ああ、あれはバナナパイだよ」

「へえ、バナナパイ」

「イーヴォはあれが好きなのか?」

「ああ。好きだ」

「じゃあ、明日からはもっとたくさん用意しておくよ」

 リーンハルトの言葉に、イーヴォがうれしそうに目を輝かせた。

「本当か?」

「ああ」

 リーンハルトがうなずいた。それから、ユリウスを見た。

「この部屋はユリウスの控室にしたから。これから僕がいない時は、ここを自由に使って大丈夫だよ」

「ありがとうございます」

「それから、僕とイーヴォしかいない時は敬語じゃなくていいから」

「え、あ、うん」

 ユリウスはうなずいた。この世界にいると、記憶はあるもののリーンハルトが渡瀬だということを忘れてしまう。王子に向かってため口で話すのは、なんだか不思議な気がした。

 するとイーヴォが、

「おまえって王子のくせに馴れ馴れしいよな。偉そうじゃないのはいいと思うけど」と言った。

「そう? ありがとう」

 イーヴォは別に褒めた訳ではなさそうだったが、リーンハルトは礼を言うとソファーに歩み寄った。そして、イーヴォとは反対側のユリウスの隣に座った。

「これ、見て」

 リーンハルトが首に下げたネックレスのチェーンを服の中から引き出してユリウスに見せた。チェーンの先には、昨日ユリウスがあげた竜笛が付いていた。

「それ、付けたんだ」

「うん。ユリウスのマネしてみた」

 とはいえ、ユリウスはただの革紐で首から下げているのに対し、リーンハルトの使っているチェーンはおそらく金か銀なのか、光を受けて輝いていた。さすが王子だ、とユリウスは思った。

「いいなあ。それ、ユリウスからもらったのか? 俺も欲しいな」

 イーヴォが言うので、

「どこの世界に竜笛を持ってる竜がいるんだよ」とユリウスはつっこんだ。

「確かに」

 三人は声を上げて笑った。

「それにしても、王子って結構忙しいんだな」

 ユリウスがリーンハルトに言った。

「そうだね。午前中は大体会議とか勉強とかがあって。午後は午後で、色々、習わなきゃならないことがいっぱいあって……。剣術とか弓術とか乗馬とか、色々」

「へえ。大変だな」

「まあね」

「でも、兄さんがいるなら、王様の跡を継ぐってわけじゃないんだろ?」

 ユリウスが言うと、リーンハルトが目を見開いた。

「兄上に会ったの?」

「うん。さっき」

「そっか……」

 リーンハルトが視線を落とし「ちょっと複雑で……」と言った。

「複雑って?」

「僕は王妃様の子で、兄上は妾の子なんだ」

「そう、なんだ」

 ユリウスは、かなりセンシティブな事を訊いてしまったと後悔した。もしかしたら、弟ではあるものの、王妃の子であるリーンハルトが跡継ぎの第一候補なのかもしれない。

「兄上と何か話した?」

「いや、そんな深い話は……。あ、でも、ライムント様と契約して欲しいって頼まれたんだけど……」

「契約?」

「うん。リーンハルトだけじゃなくて、自分にも仕えて欲しいって……。契約しても大丈夫かな?」

 リーンハルトは少し考えていたが「うん。大丈夫。問題ないよ」と答えた。

「そっか。よかった」

「ユリウスの事は城の中では有名なんだ。なにせ、城の中に竜を出現させたからね。だから、そういう竜使いを仕えさせるっていうのは、すごく意味のあることなんだよ」

「そうなんだ。だったら、本当にいいのか?俺がライムント様に仕えて」

「別に、僕は兄上と何かを競おうとは思ってないから。周りはそうさせるけど」

「そっか……」

 地位がある人間というのは普通の人より余計な気苦労が多くて大変そうだ、とユリウスは思った。

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