その5~夢~

 ユリウスは目覚めると、体を起こして大きな伸びをした。案の定、高宮望としての記憶がしっかりある。

《やっぱ、一回記憶がつながるとずっとなんだな……》

 ただ、こちらは夢の世界だけあって、現実世界で目覚めた時のような倦怠感はなかった。

 ユリウスとヨーゼフが朝食を摂り終えた頃、ドアをノックする音がした。

「こんな朝早くに誰だ?」

 ユリウスは立ち上がってドアを開け、そして驚いた。目の前に立っているのはリーンハルトだった。

「ちょっ! なんで!」

 リーンハルトはユリウスに「覚えてるよね?」と尋ねた。

「ああ、うん。覚えてるよ」

 すると、リーンハルトがうれしそうにほほ笑んだ。

「やっぱり。もう、いてもたってもいられなくて、予習もそこそこに来ちゃったよ」

 この世界で「予習」という言葉を聞くのは変な感じで、ユリウスは思わず吹き出した。

「リーンハルト様?」

 ヨーゼフが、客人がリーンハルトだと気づき驚いて席を立った。

「あ、気にしなくていいよ」

 リーンハルトは言うが、一国の王子が従者も連れず、こんな庶民の家にやってきて気にするなという方がおかしい。

「とにかく、中に入って下さい」

 ユリウスはリーンハルトを家の中へ促した。居間に入ったリーンハルトは部屋を見渡して「ここがユリウスの家なんだね」と言った。

「狭い所で申し訳ない。よかったらお掛け下さい」

 ヨーゼフがリーンハルトに椅子をすすめた。

「ありがとう」

 リーンハルトが椅子に座った。

「こんな朝早くにこんなところまで一体どうされたのですか?」

 ヨーゼフが尋ねると、リーンハルトは「ユリウスがどんなところに住んでいるのか見てみたくて」と答えた。

「昨日もそうでしたが、王子様がお一人で歩き回られては危険ではありませんか?」

「まあ、ね。でも、従者がいると自由が利かないんだ」

 リーンハルトがユリウスに「ユリウス、実はお願いがあるんだけど」と言った。

「何ですか?」

「これから毎日城に来てくれない?」

「え?」

 ユリウスは驚いた。リーンハルト、つまり渡瀬は、ユリウスが望だと分かったから、こんな事を言っているのだろうか。

 ユリウスは「それは、いいけど……」と思わず敬語を忘れて言ってしまい、慌てて「分かりました」と言い直した。

「ありがとう。実は、もう昨日の内に王様にお願いして城に入るための許可証を出してもらったんだ。これを門番に見せればいつでも城に入れるから」

 リーンハルトがテーブルの上に紙を広げた。そこには、ユリウスが城に入ることを許可する旨の文章が書かれており、王様のものと思われる印が捺されていた。昨日の内にもらっていたという事は、リーンハルトはユリウスが望でなくても、城に呼ぶつもりだったようだ。

「分かりました。ありがとうございます」

 ユリウスは許可証を受け取った。

「あ、あと、十日後に宴があるんだけど、来られる?」

「え? 宴に、俺がですか?」

「うん。是非招待したいんだ」

「ありがとうございます。でも、俺みたいな庶民が行って大丈夫でしょうか?」

「それは全然、問題ないよ」

「そうですか。それなら是非伺わせて頂きます」

「イーヴォも連れて来られるかな?」

「はい。大丈夫です。イーヴォを呼ぶ事ができるので」

 ユリウスは首に掛けていた竜笛を服の胸元から引き出してリーンハルトに見せた。

「それは、竜笛だよね?」

「はい。この竜笛を吹けばイーヴォを呼ぶ事ができます」

「へえ。すごいね。イーヴォ以外にも呼べたりするの?」

「竜笛は竜一体に対して一つ必要です。この笛はイーヴォを従えた笛なので、呼ぶ事ができるのはイーヴォだけです。もっとも俺は、これまでに従えた竜はイーヴォだけなんですけど」

 するとヨーゼフが、

「竜自体がそんなにいるものではありませんし、従えさせるのも実はかなり難しいのです。竜を従えさせて初めて竜使いになれますが、竜使いを目指しながらも一体も従えさせることができずに断念する者もいます」と言った。

「そうなんだ……」

「竜使いを目指す者は、日々竜を従えさせるための研究をしています。ユリウス、おまえの竜笛を見せて差し上げたらどうだ?」

「うん」

 ユリウスは立ち上がって、棚の上に置かれた木箱を取り出した。箱の中には様々な素材で作られた竜笛がたくさん入っていた。

「こんなに?」

 驚くリーンハルトにユリウスが、

「これでも少ない方です。この笛の出来が竜使いの成功を左右するので、色々な素材や形を日々試しているんです」と説明した。

「へえ。知らなかった」

「イーヴォに使った竜笛は、今まで作った中で一番出来が良かったんです。だから従えることができたのかもしれません」

 ユリウスはそう言いつつ、昨日イーヴォが自分のことが好みだから従ったと言っていたことを思い出した。本当の事はとても言えない。

「これ、一つくれない?」

 リーンハルトが言うのでユリウスは、

「まさか、竜を従えるつもりですか?」と尋ねた。

 すると、リーンハルトが首を振って笑った。

「ハハ。違うよ。なんかきれいだから、欲しいと思っただけ」

「そうですか。いいですよ。好きなものをお取り下さい」

 ユリウスが箱を差し出すと、リーンハルトは真剣な目で箱の中の竜笛を物色し、一つを手に取って「これにする」と言った。

「どうぞ」

「ありがとう」

 リーンハルトがうれしそうに、笛を回しながら見つめている。王子なのだから他にもっと良いものをいくらでも持っているだろうにと、ユリウスはその無邪気さに思わず笑みをもらした。

 その時、家のドアが急に開いた。

 一同は驚いてドアの方に目をやった。そこにいたのはイーヴォで、イーヴォはここがまるで自分の家かのように中に入って来た。

「おはよう。ユリウス」

「びっくりした。急に入ってくるなよ。ノックぐらいしろよ」

 ユリウスが注意すると、イーヴォはお構いなしという感じで笑った。

「別にいいだろ? 昨日、一緒に住めるようにするって言ってたじゃんか」

「それはそうだけど、まだ一緒に住んでるわけじゃないんだから、急に入ってきたらびっくりするだろ」

「それはそうだな。ごめん」

「大体、俺、おまえのこと呼んでないけど?」

 ユリウスが言うと、イーヴォがユリウスに歩み寄った。

「ユリウスが呼んでくれたらすぐ駆け付けるけど、俺は呼ばれてなくても来たい時に来るんだよ」

 どうやらイーヴォは、他の竜のように竜使いに呼ばれた時にのみ来るのではなく、自分の意思でユリウスの元に来たいようだ。特にそれを断る理由もなかったから、ユリウスはイーヴォのしたいようにさせようと思った。

 イーヴォがリーンハルトに目をやって「それより……。なんでこいつがいるんだ?」と言った。

「イーヴォ。リーンハルト様に『こいつ』とか言うな」

 ユリウスがたしなめると、イーヴォがおもしろくなさそうな顔をした。するとリーンハルトが笑った。

「別に『こいつ』でも何でもいいよ。昨日、イーヴォに剣を向けたことは本当に悪かったと思ってる。でも、信じて欲しいんだけど、僕は身分とか種族とかそういうの関係なしに、ユリウスやイーヴォと仲良くなりたいと思ってるんだ」

「ほんとかよ」

「本当だよ」

「……分かったよ。おまえのことは好きじゃないけど、とりあえずここにいることは許してやる」

「なんか、イーヴォってユリウスのマネージャーみたいだな」

 リーンハルトがおかしそうに言った。

「マネージャーってなんだ?」

「ああ、なんでもないよ」

 リーンハルトが笑いながら立ち上がった。そしてユリウスに、

「今日は予定が立て込んでて、そろそろ帰らないと。明日は少し余裕があるから、都合の良い時に城に来て」と言った。

「分かりました」

 ユリウスはうなずいた。

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