その4~現実~

 目覚まし時計がけたたましく鳴った。望は手を伸ばしてスイッチを押し、音を止めた。頭も体もだるく、寝たはずなのにものすごく疲れている。

《夢、リアルすぎだろ》

 目が覚めてもしばらく起き上がることができずにベッドの中でゴロゴロしていた。朝なのに、すでに一日を過ごしたような気持ちだ。望はギリギリまでベッドの中にいると、朝食も食べずに学校へ向かった。

《今日一日、もつかな……》

 通学中も生あくびが止まらなかった。

 教室に入ると、窓際の席に座る渡瀬の姿が目に入った。望は昨日のカードの事を思い出し、ポケットからカードを取り出して渡瀬の席に近づいた。

「おはよう」

 望が声を掛けると渡瀬が驚いた様子で望を見た。これまでほとんど話したことがなかったのだから当然だ。

「おはよう」

 渡瀬も挨拶を返してきた。

 望は、カードを渡瀬に見せながら「これ、渡瀬の?」と尋ねた。すると、渡瀬は増々驚いた顔をした。

「どうして、それを?」

「昨日、面談の後、数学室の前に落ちてたのを拾ったんだ」

「ありがとう。僕のだよ」

 渡瀬は望からカードを受け取った。

「そっか、よかった」

 望が立ち去ろうとすると、渡瀬が「あの……」と何かを言いかけたが、その時ちょうど始業のチャイムが鳴った。

「何?」

「今日放課後時間ある?」

「え? ああ、大丈夫だけど」

「じゃあ、放課後、ちょっと時間くれる?」

「ああ、いいよ」

 望は渡瀬が自分に何の用だろうと思いつつ、席に戻った。

 その日一日は全く授業に身が入らなかった。うとうとして意識が朦朧とし、先生にばれないように、たまに居眠りしながら何とかやりすごした。

 四時間目の数学の授業の後、斉木先生が望の席にやってきた。

「高宮、今日具合でも悪いのか?」

「あ、いえ……」望は首を振った。

「ならいいけど。具合悪いなら無理せず帰れよ」

「はい。ありがとうございます」

 今日の自分は相当ダメなようだ、と望は思った。

 放課後、渡瀬が帰り支度を整え、望の席にやってきた。

「行こうか」

「ああ」

 二人は一緒に学校を出ると、駅の近くのファーストフード店に入った。渡瀬はアイスコーヒー、望はコーラを注文し、二階のテーブル席に向かい合わせで座った。平日の夕方だけあって、他の客も学生が多い。

「それで、何か俺に話?」

 望はコーラの容器にストローを挿しながら、渡瀬に尋ねた。

「すごく変な事訊くかもしれないけど、昨日の夜見た夢、覚えてる?」

「え?」

 望は驚いた。ひょっとして、渡瀬はあの夢の事を何か知っているのだろうか。そしてふと、もしやあのカードが何か関係しているのではと思った。

「覚えてるけど」

「どんな夢?」

「ざっくり言うと、ヨーロッパみたいな国に自分がいて、自分は竜使いで、王子様を助けて、王様から褒美をもらった……っていう、RPGみたいな話」

「まさか……」

 渡瀬がかなり驚いた様子で望を見つめた。

「何?」

「もしかして、ユリウス……?」

 渡瀬の言葉に、今度は望が驚いた。

「なんで?」

「高宮くんがユリウスなのか?」

 望は戸惑いつつも「夢ではユリウスって呼ばれてたけど」と答えた。

 すると、渡瀬が、

「僕はリーンハルトだ」

と言ったので、望は思わず「ええ!」と大声を上げてしまった。近くにいた客が一斉に望に注目したので、望ははっとして顔を伏せた。

「何? どういうこと? 俺と渡瀬は同じ夢を見てたってこと?」

「そうだよ。正確に言えば、多分僕たちだけじゃなくて、みんなが同じ夢を見ている」

「どういうこと?」

「たぶん、テンダール王国の人たちはみんな、現実世界にも存在してるんだ。現実世界の人が夢の中でそれぞれ別の人間の人生を生きてる。これまでは僕の仮説だったけど、高宮くんの話で確信が持てたよ」

「え? じゃあ、みんなあの国のことを知ってるってこと?」

「そうだね。でも、みんな目が覚めると忘れてしまうんだ」

「俺たちが覚えてるのは、もしかしてあのカードのせいか?」

「うん。そうだよ。あのカードは僕が自己暗示を掛けるために作ったんだ」

「自己暗示?」

「うん。たまたまだけど、僕のテンダール王国の名前と現実の名前って似てるんだ。靖人とリーンハルト。それで、夢の中で名前を呼ばれた時に現実世界の記憶が頭をよぎった瞬間があったんだ。もしかしたらと思って、自己暗示を掛けてみることにした。あのカードに描かれている模様と同じ模様を夢の中でも描いて、それを見たらそれぞれの世界を思い出すように暗示を掛けたんだ。そしたら思った通り、夢の中でも現実の記憶があるし、夢から覚めても夢の記憶が消えないようになった」

 渡瀬の話に望は内心やっぱ、頭いいやつって考えることすごいなと思った。

 渡瀬が話を続けた。

「でも、これは自己暗示だから、カードを持ってるだけでまさか他の人にも効果があるとは思ってもみなかったよ。高宮くんは夢の世界であの模様を見ていないし。もしかしたら、僕がこのカードを使ったことで、カード自体に特別な力が付いたのかもしれない」

「そんな事ってあるのか……」

「僕も驚いてる」

「でも、それなら、カードを持ってなかったら、もう夢の記憶はなくなるよな?」

 望が尋ねると、渡瀬が首を振った。

「昨日、カードを持っていない状態でも僕は夢の中で現実の記憶があったし、今も夢の中の出来事は鮮明に覚えてる。多分、一度記憶がつながってしまうと、毎日どちらの記憶も残るようになるのだと思う」

「マジで? もう俺嫌なんだけど。昨日すごく疲れて、今朝起きるの辛かったし、今日一日眠かったし」

「それは、そのうち慣れるよ」

「なんでそんなややこしいカード学校に持ってきて、しかも落としたんだよ」

「それは、ごめん……。申し訳なかった。普段は学校に持ってきたりしないんだけど、たまたま持ってて……」

 渡瀬が申し訳なさそうに頭を下げた。

「渡瀬はこういう生活、もうどれぐらい続けてるんだ?」

「二年ぐらいかな」

「疲れない?」

「初めは疲れたけど、もう慣れたよ」

「ほんとに今日も覚えてるかな……」

「たぶん覚えてるよ」

 望はため息をついた。

 その夜、渡瀬の言っていた通り、望は再びテンダール王国の夢を見ることとなった。

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