その3~夢~
テンダール王国の首都フィノイは石造りの家が建ち並ぶ美しい街だ。その中央に、城壁に囲まれた巨大な城が建っている。
リーンハルトに連れられて、ユリウスとイーヴォは城の門を潜った。リーンハルトに向かって、城中の人々が頭を下げて畏まる。ユリウスは《本当に王子様なんだな》と思った。
城壁の中は石が敷き詰められ、城に向かって石畳の道が延びていた。道の先には階段があり、階段を上ったところに鉄でできた両開きの大きな扉がある。ユリウスたちが階段を上ると、扉の両脇にいた兵士が扉を開けた。扉の先は広い空間で、天井が吹き抜けになっている。その空間の左右に廊下が続いていて、正面には階段があった。階段の手すりには繊細な彫刻が施され、至る所に彫像や絵画が飾られており、絢爛豪華な内装だった。
「すご……」
ユリウスはただただ口を開けて周りを見渡した。イーヴォも物珍しそうに辺りを見回している。
ユリウスとイーヴォはリーンハルトに案内されて、一室に通された。
「少しここで待ってて」
リーンハルトはそう言って部屋を出て行った。
部屋には赤いベルベットの生地のソファーと美しく磨き上げられた木製のテーブルが置かれていた。
「城ってすごいな」
イーヴォが感心したように言って、ソファーに座った。
「なんか、俺は落ち着かないよ」
ユリウスが窓の外に目をやると、色とりどりの花が植えられた中庭が見えた。部屋にはドアがあり、庭に出られるようだ。
ユリウスはドアを開けて中庭に顔を出してみた。庭は草一つなく手入れされていて、樹木がきれいに剪定されている。
「すごいな……」
そうつぶやいた時、少し離れた場所に同じく庭を眺めている人がいることに気付いた。二十歳代ぐらいの青年で、身なりが良いのでおそらく位の高い人物だと思われる。服の感じはリーンハルトと似ているが、リーンハルトが暖色系の明るい色を着ていたのに対し、青年は寒色系の落ち着いた色味の服を着ていた。青年もユリウスに気付いたので、ユリウスは青年に向かって一礼した。距離があるので、会話まではできない。青年は何も反応せずに去っていった。
《やっぱ偉い人は俺みたいな庶民が挨拶しても無視なんだな。仕方ないけど。そう考えると、リーンハルト様は随分気さくだよな》
ユリウスはそんな事を思いつつ、ドアを閉めた。
イーヴォはソファーに全身を預けるようにして座っている。ユリウスはイーヴォの隣に座った。
「イーヴォって、最近あの山に来たんだろ?それまではどこにいたんだ?」
「色々なところを転々としていた」
「どうして?」
「行くところ行くところに、兵士とか竜使いとかが来てウザかったから」
「そっか。俺もウザい竜使いの一人だな」
ユリウスが笑うとイーヴォが首を振った。
「ユリウスは来てくれて良かった」
「どうして?」
「俺と友だちになろうって言ってくれた。そういうのは初めてだった」
「だからイーヴォは俺に従ってくれたのか?」
「ああ。ユリウスみたいに若くてかわいい竜使いが来たのは初めてだったし、そんなコが友だちになろうって言ってくれてうれしかったから」
「男に『かわいい』はよせよ。……つまり、俺の竜使いとしての実力じゃないってことだよな」
ユリウスが少し落胆して言うと、イーヴォが首を振った。
「俺がユリウスに従ったのは完全に俺の好みだけど、ユリウスの竜使いとしての腕は結構なものだと思うぜ。竜笛の音色も良かったし、目力もあるし、多分俺以外の竜でもユリウスにならホイホイついて行くんじゃないかな」
「ほんとか?」
「うん」
竜からのお墨付きがもらえて、ユリウスは素直にうれしかった。
「あ、でも俺以外の竜をあまりたぶらかすなよ」
「たぶらかすって……」
ユリウスはイーヴォのおかしな物言いに苦笑いした。
「ユリウスの家は先祖代々竜使いか?」
「そうだよ。父さんも、爺さんもみんな竜使いだった」
「へえ。そうなのか」
「そういえば、イーヴォには親とかいるのか?」
「もう記憶にない」
「忘れたのか?」
ユリウスは驚いて尋ねた。
「だって、もう百年ぐらいは生きているからさ。昔過ぎて忘れた」
「ええ? そんなに? イーヴォっておじいちゃんじゃん」
ユリウスが驚くと、イーヴォが不機嫌そうな表情をした。
「おいおい、失礼なこと言うなよ。竜の寿命は長いんだ。人間年齢で言ったらこの見た目通り。まだまだ若いだろ?」
「ハハ。そうだな」
そんな話をしていると、リーンハルトが部屋に戻って来た。
「待たせてごめん。父上に説明してきたから。大広間に来てくれないか?」
「はい」
ユリウスとイーヴォは立ち上がった。
大広間は、両開きの大きな扉の先にあった。広さも天井の高さも、ちょうど学校の体育館ぐらいのサイズの部屋だ。太い柱が均等な間隔で何本も立ち、部屋の壁際には兵士が等間隔で並んでいる。部屋の先には少し高くなった壇があり、その上に豪華な椅子が置かれ、王と王妃が並んで座っていた。
王の前でユリウスは跪いた。イーヴォが立ったままだったので、ユリウスが慌てて服の裾を引っ張ると、イーヴォもユリウスの真似をして床に跪いた。
リーンハルトが王に一礼し、
「こちらの者が先ほどお話した竜使いのユリウスと竜のイーヴォです」と紹介した。
「面をあげよ」
王が命じたので、ユリウスは顔を上げた。
「若いな。リーンハルトと同じぐらいではないか? いくつだ?」
ユリウスは「十七です」と答えた。
「やはり。リーンハルトも今年十七だから同じ歳か。その歳で竜を従えるとは大したものだ」
「もったいないお言葉です」
ユリウスは頭を下げた。
「そこにいるのが竜なのだろう? 普通の人間に見える。とても信じられないな」
王が言うと、リーンハルトが「そこにいるのは間違いなく竜です。私も確かに見ました」と言った。
王がイーヴォに「竜の姿をここで見せられるか?」と尋ねた。
イーヴォは辺りを見渡し「ここは広いから問題ない」と答えた。そして、急に服を脱ぎ始めたので、その場にいた全員が慌てた。しかし、服を脱ぎ終えたイーヴォの体が光り、みるみる膨らんで竜の姿になると、全員が言葉を失った。壁際にいた兵士たちが一斉に緊張し、槍を構える。
「これは、すごい……!」
王は口を開けたままイーヴォを見上げた。
イーヴォはすぐに人の姿に戻ると、服を着て元のように跪いた。
王が拍手をして「すばらしい!」と言った。そして、ユリウスに目をやると「この竜を従え、リーンハルトを助けてくれたそうだな。感謝する」と言ったので、ユリウスは恐縮した。
王が従者に合図をすると、従者が小さな箱を持ってユリウスの前に進み出た。
「褒美を与える。受け取るがよい」
王が言ったので、ユリウスは従者が差し出した箱を受け取り「ありがとうございます」と礼を述べて頭を下げた。
「これからも、リーンハルトを助けてやって欲しい」
「もったいないお言葉です」
ユリウスは、さらに深く頭を下げた。
ユリウスとイーヴォが城を出ると、外は既に夕暮れだった。
道すがら、ユリウスはもらった箱を少し開けて中を覗いてみた。中には金貨が入っていた。
「すごっ!」
ユリウスはすぐに蓋を閉じた。
「中、何だった?」
イーヴォが興味深そうにユリウスに尋ねた。
「金貨」
「へえ。すごいじゃん。俺が姿見せるだけで金貨がもらえるなら、いくらでもやってやるよ」
「ハハ。それはいいよ」
イーヴォはユリウスの家までそのままついてきた。ユリウスはふと「イーヴォは帰らないのか? 夕飯食べて帰る?」と尋ねた。
すると、イーヴォが意外そうに
「え? 今日から一緒に暮らすんじゃないのか?」と言ってきたので、ユリウスは驚いた。
「うち、狭いから寝るとこないよ」
「ユリウスと一緒に寝る」
「いや、ベッド小さいから無理だ」
「ええ? 俺にあの山に一人で帰れっていうの?」
「ごめん。でも、床に寝るにしてもスペースないし、固くて痛いだろうし」
「そっか……」
イーヴォが明らかに落ち込んだ様子だったので、ユリウスは心が痛んだ。家に余裕があれば一緒に住まわせてやりたいが、現実的に難しい。すると、イーヴォが急に顔を上げて笑った。
「いや、いい。一緒に住むのはさすがに無理だと思ってた。ダメ元で言ってみただけ。その代わり……」
イーヴォが両腕を大きく広げた。
「抱きしめて」
「は?」
ユリウスは思わず大きな声で訊き返した。
「いいじゃんか。おやすみのハグだよ」
「…………」
「早く」
ユリウスは戸惑いつつも、別にいいかと思い、イーヴォの背中に軽く両手を添える形で体を寄せた。すると、イーヴォが両腕でユリウスを力強く抱きしめてきた。
「ユリウス、今日はありがとう。俺、ユリウスに会えて良かった」
「俺もイーヴォに会えて良かったよ。家、余裕ができたら増築して一緒に住めるようにするから」
「え? 何? 今のプロポーズ?」
イーヴォが言ったので、ユリウスは体を離してイーヴォの胸を軽く叩いた。
「バカ。何言ってんだよ」
「ちょっと言ってみただけだよ。それじゃ、俺帰るわ」
イーヴォはそう言うと、ユリウスに手を振りながら去って行った。
今日は色々な事が起きた一日だった。初めて従えることができた竜は人間になれるすごい竜だったし、偶然にも王子様と出会う事ができた。自分が城に入れる事があるなんて思っても見なかったし、王様に謁見できるなど一生ないことだと思っていた。
《今日は良い一日だったな……》
ユリウスはそう思いつつ、眠りに就いた。
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