その2~夢~
望が目を覚ますと、木の天井が見えた。先ほどまでいた自分の部屋の天井とは違う。しかし、この天井も見慣れた天井である。望は体を起こした。辺りを見渡すと、そこは望の部屋ではない。かなり狭い部屋で、自分が寝ているベッドだけが置かれた部屋だ。
《ここは俺の部屋だ》
望はベッドから出ると服に着替えて部屋を出た。
ドアの先の部屋もそれほど広くはない。向かって左手に暖炉があり、正面の壁には棚が設置されている。棚には木箱や書物が置かれていた。部屋の中央には質素な造りの木製テーブルと椅子があり、ひげを生やした西洋人の中年男性が椅子に座っていた。
男性が望を見て、
「おはよう、ユリウス」と言った。
「おはよう、父さん」
望、いやユリウスは、そう父親に答えた。
《どうして俺は、今までここを忘れていたんだろう?》
ユリウスは茫然とした。自分は確かに先ほどまで日本の高校生「高宮望」だった。だけど、この世界での自分は「ユリウス」だ。そして今は、この世界での生活をすべて覚えている。ユリウスはこの世界で確かに十七年間生きてきた。ただ、高宮望の時はそれをすっかり忘れていたのだ。そして、ユリウスである時は、自分が高宮望であるということを思い出したことはなかった。
《これはどういうこと? この世界は夢だったのか?》
黙って立っているユリウスを見て、父が不思議そうな顔をした。
「どうした? ユリウス」
「いや……。なんでもない」
「しっかりしろよ。今日は例の山に行くからな」
「うん。分かってる」
ユリウスの家は代々竜使いだった。今日は竜がいるという山に、父であるヨーゼフと共に行くことになっている。ここはテンダール王国という国で、この世界は、竜が存在する世界だった。
ユリウスは、窓ガラスに映る自分の姿を見た。白い肌に青く大きな目、通った鼻筋に厚い唇。髪は金色で日の光に透けている。
《俺、すっげえ美形じゃん》
ユリウスはそんなことを思った。見慣れた自分の顔のはずなのに、他人の顔を見ているような気持ちだ。それはやはり、高宮望としての記憶があるからに他ならない。
その日、ユリウスはヨーゼフと共に竜がいるという山に向かった。山はテンダール王国の中心部から徒歩で一時間ほどの距離にあった。数か月前から、この山で竜の目撃情報があると聞きつけ、二人はここに来てみることにしたのだ。山は岩が多く、登るのは一苦労だった。息を切らしながら山を登っていくと、微かに剣が空を切るような音、そして人の声が聞こえて来た。ユリウスはヨーゼフと顔を見合わせると、その音がする方に近づいて行った。
山の少し開けた場所に、大きな竜が立っていた。例えるなら、図鑑に載っているティラノサウルスに羽を生やしたような姿だ。その竜に、少年が剣を持って対峙している。少年は良い身なりをしているから、身分の高い家柄の子なのだろう。目に力のあるりりしい顔立ちをした栗毛の少年だった。
少年が竜に切り掛かったが、竜が腕を振り、少年の体を横に払った。
「うわっ!」
少年が声を上げて倒れた。
「何をしている! 危ない!」
ヨーゼフがそう言って、竜の前に立った。そして竜の瞳を見つめ、竜笛を吹き始めた。竜使いは竜笛を使って竜を従える。しばらくの間、ヨーゼフと竜は睨み合ったが、竜がけたたましい鳴き声を上げて、ヨーゼフに向かって手を振り上げて来た。ヨーゼフは寸でのところでそれをかわした。
「この竜はだめだ。逃げよう」
ヨーゼフが言ったが、ユリウスは首に下げていた竜笛を取り出し、一歩前に踏み出した。
「ユリウス、おまえもやってみるのか?」
「うん。やってみる」
ユリウスは竜の前に立つと、その目を見つめて笛を吹き始めた。心で竜に語り掛ける。
《驚かせてごめん。俺たちは君を殺しにきたわけじゃない》
《ウソダ》
ユリウスには竜の声が聞こえた気がした。
《嘘じゃない。なんなら、俺と友だちにならないか?》
《トモダチ?》
《うん。他愛もない話をしたり、一緒にどこかに出掛けたり、そういう友だちがいてもいいだろ?》
《オマエ、イッショニデカケテクレルノカ?》
《うん。俺を乗せてどこか連れて行ってくれよ》
《ホントニホントカ?》
《本当に本当だよ》
《ワカッタ。ゼッタイダカラナ》
竜が腕を下ろし、その目から攻撃的な色が消えた。
ユリウスは竜に歩み寄ると「俺はユリウス」と自己紹介をして手を差し出した。すると、竜がユリウスの手に顔を摺り寄せて来た。
「なんと……」
ヨーゼフが目を丸くしてその様子を見つめた。少年も先ほど竜に払われたわき腹を押さえながら、その様子を茫然と見つめていた。
少しして、急に竜の体が光り始めた。
「何?」
ユリウスが驚いて目を細めると、竜の体が急激にしぼみ、人間の形となった。そして目の前に全裸の若い男が現れた。歳は二十歳ぐらい、背が高く筋肉質な体をしている。顔立ちは堀が深く、精悍な印象だ。若者がユリウスに「俺はイーヴォだ」と言った。
「おまえ、人の姿になれるのか?」
ユリウスが尋ねると、イーヴォがうなずいた。
「この姿の方が一緒に出掛けやすいだろ?」
「おまえ、すごいな!」
ユリウスが感嘆の声を上げると、イーヴォが得意そうに笑った。
「だろ? すごいだろ? おまえ、やっぱいいやつだな!」
イーヴォがユリウスに抱きついてきたので、ユリウスは「裸で抱きつくなよ!」と慌ててイーヴォを押し退けた。
一部始終を見ていた少年が立ちあがり、ユリウスに歩み寄った。
「君、すごいね」
「あの、あなたは?」
「僕はオスヴァルト王の第二王子でリーンハルトだ」
「王子様?」
ユリウスとヨーゼフは慌てて跪いた。しかし、リーンハルトは首を振った。
「そういうのは止めてくれ」
「でも……」
「本当に、気を遣わなくていいから。せっかく君とは友だちになりたいと思っているのに」
その言葉に、イーヴォがむっとした様子で「ユリウスは俺の友だちだ」と言った。
リーンハルトが、
「ああ、ごめん。分かってる。でも、僕も仲間に入れてくれよ」と言った。
しかし、イーヴォは納得がいかない様子だ。
ユリウスは、
「あの、王子様がなぜこんな所へ?」と尋ねた。すると、リーンハルトは、
「竜を倒したら、父上に認めてもらえると思って」と答えた。
イーヴォがリーンハルトを指さして、
「こいつ、俺を殺そうとしてたぞ」とユリウスに訴えた。
「悪かった。ごめん」
リーンハルトがイーヴォに頭を下げた。そして、「その代わりと言っては何だけど、城に来ないか?」と言った。
「お城へ?」
リーンハルトの唐突な申し出に、ユリウスは驚いた。
「ユリウスは僕を助けてくれたから、お礼をしたいんだ。あ、あと……」
リーンハルトがイーヴォを見て「君にも悪いことをしたから、よかったら一緒に来ないか?」と言った。
ユリウスは父の意見を窺おうとヨーゼフを見た。ヨーゼフは「お言葉に甘えて伺ったらいい。私は先に帰って留守番をしているよ」と言った。
リーンハルトがうれしそうにほほ笑んだ。
「それじゃ、決まりだな。あ、でも……」
リーンハルトはイーヴォに目をやった。そして「裸はまずいな」と言った。
「服ならある」
イーヴォはそう言うと、どこかに姿を消し、しばらくして服を着て戻って来た。
「なんで服なんか持ってるんだ?」
ユリウスが尋ねると、
「たまに人間に化けて街に行っていた」とイーヴォが答えた。
四人は連れ立って山を下り、街へ戻った。
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