その8~現実~

 昼休みを知らせるチャイムが鳴った。

 ファーストフード店で話をした翌日から、渡瀬は望の隣の席にやってきて、一緒に昼食を摂るようになった。渡瀬はいつも母親が作った弁当を持ってきている。望は、休み時間に売店で買ったパンや弁当だった。

「少しは慣れてきた?」

 渡瀬が望に尋ねた。

「ああ、やっと。最初よりは大分疲れなくなってきた」

「そっか。よかった」

「渡瀬って、現実でも夢の中でも勉強ばっかで大変だな。疲れない?」

「まあね。もうすぐ定期試験だしね。勉強してる?」

「全然」

「それはやばいね。放課後、一緒に勉強しようか? 部活も休みだし」

 渡瀬はアーチェリー部に所属していた。試験前一週間になると、試合や発表が近い部以外は大体の部活が休みになる。一人ではやる気が起きないが、誰かと一緒なら勉強もはかどるかもしれないと望は思った。

「そうだな……」

「それじゃ、今日から一緒に図書室で勉強しよう」

「ああ」

 望はテスト期間中だけならと、その日の放課後から渡瀬と共に勉強をすることにした。

 望と渡瀬が図書室に向かって廊下を歩いていると、斉木先生とすれ違った。

「なんか珍しい二人がいるな。これから勉強か?」

 斉木先生が二人に笑いかけた。

「はい。テストが近いので」

「そっか。がんばれよ」

 斉木先生は二人に手を上げて去って行った。

「斉木先生、一年の時も担任だったんだ」

 渡瀬が言ったので、望は「へえ。二年連続か」と斉木先生の後姿を見送りながら言った。

「高宮くんは一年の時誰先生?」

「俺は川本先生」

「現国(現代国語)だよね。どんな感じだった?」

「別に、普通かな。斉木先生はちょっと変わってるよな?」

「そう?」

「あんま勉強しろって言わなくない?」

「それは、そうかもね」

「あ、渡瀬は元々言われなくても勉強するから言われないか」

 二人が再び歩き出すと、渡瀬がすれ違った生徒に軽く頭を下げた。そして、望に「あれは部活が一緒の先輩」と説明した。その後も、渡瀬は何人かの知り合いと行き違って挨拶をした。その度に「あの人は一年の時同じクラスで……」とか「中学が一緒の……」などと望に説明してきた。

 歩きながら渡瀬が、

「高宮くんってさ、他の人と全然しゃべんないよね?」と言った。

「そうだな」

「なんか、話しかけるなっていう雰囲気を感じるっていうか」

「そう?」

「うん。そんな事ない?」

「確かに、あまりしゃべらないようにしてるよ」

「どうして?」

「なんとなく、他の人から馬鹿だと思われてる気がして」

「え?」

 渡瀬は驚いたような表情を浮かべて、望の顔を見た。

「一年の時、夏休み前の期末で赤点ギリギリだったんだ。補習は受けずに済んだけど。でも、たまたま補習を受けてる人たちがいる教室の前を通った時、女子が『ああ、この人たちが馬鹿なんだなって思っちゃうよね』って話してるのが聞こえて。俺もその教室にいてもおかしくない点数だったからさ。他の人から俺は馬鹿だと思われてるんだろうなって思っちゃって」

 今まで望が誰にもしたことのない話だった。すると、望の話を聞いた渡瀬が首を振った。

「そんな風に思う必要ないよ」

「でも、実際そうだろ」

「他の人がどう思うかを気にしすぎるのは良くないよ。引け目みたいなのを感じる必要ない」

「渡瀬は成績良いから分からないんだよ」

「この学校にいるってだけで十分、世の中から見たらすごい事だろ? 自分からそんな風に思ったら、もったいないじゃないか。他の生徒だって、別にそんな大したもんじゃないよ」

 これまで望は、こんな話をしたら「それなら馬鹿にされないように頑張ればいいじゃないか」と言われるのではないかと思っていた。だから誰にも話そうとは思わなかった。しかし、渡瀬はこんな自分を励まそうとしてくれている。望は心に光が差したような気がした。

「そうだな……。ありがとう」

「僕はそんな風に全然思わないし、高宮くんと話せるようになって良かったって思ってる」

「そっか」

「あのさ、テスト終わったら何か食べに行かない?」

「え? ああ、うん」

「高宮くんは何が好き?」

「肉……かな」

「じゃあ、焼肉食べ放題行こう」

「いいな」

「よし! なんかこれでテスト頑張れる気がする」

 渡瀬が明るく言うので、望も自然と笑みがこぼれた。

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