蒼褪めて震えて



怖い。


アルフとノートンはお互いの震えを止めるように抱き合った。後に腐りかけのメイドや淑女達にキャーキャー言われることすら憚らない。

それにアルフ達のみならず他の観戦者達も同様に震え上がっている。普段偉そぶるおっさん同士ですら需要を無視して抱き合って震えた。

それほど目の前で起きている凄惨な現場に戦々恐々としていた。



一定の拍子で聴こえてくる殴打音。


最初こそ殴打される者も抵抗するように足掻いたり怒鳴ったりしていたのに、今は懺悔のように謝罪を唱えている。

けれど、もう頬が膨れ上がっているのか謝罪の言葉もただの豚の鳴き声のように聞こえてしまう。



そんなになっている相手に対して未だに拳を止めない我らが聖女様。殺す気で剣を振るってきた相手だから当然といえば当然。むしろ、聖女様は素手で対処しておそらく殺す気も無いはず。殺さないよな?


なんだかんだでアイツいや聖女様は戦いが好きでも殺しまで及ばない。頭ではそう理解してても喜々として殴り続ける姿を見ていると不安にはなる。



そして、何よりも怖いのは手拍子で応援している私の妹。

聖女と勇者が対峙する中、ドワノフ卿が兵を率いてきた。それに対して誰よりも早く殴り込みに行った妹。

もう皆お忘れかもしれないけどまだ歳は一桁台の幼子だぞ。


そんなまだまだ愛くるしいはずの妹。

武器を構えた大の男達に対して一切物怖じせずむしろニコニコ笑いながら突っ込んで行った。そして顔面を殴り飛ばして倒れた男のアレを愉快そうに踏み潰していた。ドワノフ卿に対しては老人だからと配慮したのか鼻に膝蹴りだけで済ませていた。


会場中の男性陣が思わず鼻と共に時を過ごした相棒をおさえたね。


その後はこの通り。


「キャーお姉様ぁ素敵です!カッコ良すぎです!!ほら、もーう1回、もーう1回あっそれもーう1回!!」


怖い、怖すぎる。

この空間で最年少の二人組が一番の恐怖対象。

誰も動けない。もし動いてアイツらと同じ目に遭うかもと思えばとても動く気にはなれない。



いつの間にやらあれ程強気に暴言を吐いていた勇者は膨れた瞼から可哀想なくらい涙を流し殴られるがままと化した。


ねぇ、もう止めよう、止めてあげようよ。


そう言いたいけど誰も言えない、私も無理。



そんな私の背後に回るノートンとシーナ、嫌な予感しかしない。ガシッとそれぞれ両肩と背中に手を添えた。


「な、なんのつもりだお前ら。」


「アルフ様、彼女達を止めれるのは我らが偉大なるアルフ殿下様しかおられません…………たぶん。」


「そうでございます、兄であり聖女様と同格の我らが偉大なるアルフ殿下様なら大丈夫でございます………たぶん。」


「な、何の根拠も無いじゃないかぁ!い、嫌だ嫌だぞ、私はまだ死にたくない!」


「いえいえ死にませんってたぶん。止めるだけですからたぶん。」


「そうですそうです。大丈夫大丈夫です………たぶん。」


こ、こいつら仕える主に死ねと宣告してやがる。

く、くそぅ…でもいつまでもこれだと収拾がつかない。覚悟を決めろ、俺は王子だやるっきゃない!


「ノートン、私は無事王国に帰れたらしばらく国内旅行するんだぁ………………ふ、行ってくる。」


「「ア、アルフ様ぁ……。」」



この時の彼の後ろ姿はとても勇敢で敵わないと分かっていても戦地へと向かう正に英雄、そう思うに相応しい出で立ちであった。



ノートンとシーナさんはその背中に涙を流しながら敬礼をするのでした。



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