憎悪と狂気は腹違い
ここは良い子の集まらない一室。
多くの人達が寝静まる時間帯で似つかわしなく響くけたたましい破壊音。
生前45歳の椅子がお亡くなりになり木くずへと転生させられた。
「くそっ、くそっ、くそぅ…。」
行き場の無い怒りを理不尽にぶつける憐れなご老人。枢機卿と崇め恐れられた彼は今やその威厳を勢いよく失速させている。侍従達や一部貴族更には聖女達の間で勇者との間柄で嘘偽りだらけの噂が広まり始めていた。
誰しもがあれは不慮の事故だと理解していても偉い立場の人間の珍事。根も葉もない尾ひれだらけで塗り固めて盛り上がるものである。
そうこうしているうちにまた新たに転生椅子が。彼はまだ17というのに目の前で散った父親の後を追うこととなってしまった。
「ドワノフ殿、落ち着き下さいませ。家具が無くなってしまいますぞ。」
「これが落ち着いていられるか!そもそも貴公の国の小娘が仕出かしたことであろうが!!」
人目を気にせずひたすら怒りに身を任せ喚き散らす。
「大体なんだあの馬鹿げた動きは!なぜ勇者と互角に小娘が渡り合える?そんなの聞いたことがないふざけるなぁっ!!」
折角メイドが用意したワインも派手に散っていく。
そんな老人の琴線に触れぬようそっと男は語りかける。
「我が国でもあの女の行動にはほとほと迷惑しております。平民のくせに王族や貴族に対しての礼儀が全くなっておりません。いくら聖女の座から降りよと説得しても全く聞く耳を持たなく困っていますよ。」
説得という名の殺しを正当化する悪い大人達。彼らの頭のネジは一体いつから外れてしまったのだろうか。
「忌々しい女だ…。くそっ、勇者があの時ちゃんと仕留めておれば…。」
「そういえば勇者様はご無事なのですか?随分と派手に飛んでおりましたが。」
「ふん、意識はとうに戻っておる。馬鹿みたいに部屋の中で癇癪を起こしとるわ。」
勇者もまた愚かな大人の仲間入り。あれだけ何も出来ずに負けたくせに卑怯だズルをしたと自分の弱さを認めない。
「勇者様もあの女の餌食ですか…お可哀そうに。…………………どうでしょう、一つご提案がございます。」
「提案だと?」
「はい。実は私が贔屓しております商人があの女の起こす問題に随分と憂いており色々と支援をして下さっております。例えばこちらの瓶、この中には大量の魔物を誘い出す香水が入ってます。続いてこちらです。……」
次々と男はあらゆる色の瓶を置いていく。どれも危険な雰囲気を漂わせている。
並び終えた男はまた怪しく笑う。
「もう我が国ではあの女の暴走を止めるのは困難でございます。是非ドワノフ殿も共にご協力してあの女から聖女の証を奪還致しましょう。」
散々家具達を転生させまくった枢機卿は最後に残った椅子にドカリと座る。
そして、笑う男に微笑みを返す。
「良かろう、協力しようではないか。あの小娘へあるかぎりの絶望の末に死を与えようじゃないか。」
奥底まで震え上がらす笑い声が部屋の中で響き続けた。
いたいけな少女を襲う魔の手は未だに懲りることを覚えない。
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