聖女の敗北



勇者は飛んだ。

それはもう見事に飛んだ。

観た者が惚れ惚れするような綺麗な飛び姿。

誰もが優雅に飛行する勇者様に視線を注ぐ。

その飛び姿に惚れたのか審判の爺さんが激しく抱き止める。爺さんの想いは勇者様に通じたようで一緒になって飛んで行く。仲良しって素晴らしい。

試合の場を囲う壁へと吸い込まれるように衝突した。

仲良し二人組の情事を隠すように土煙が舞い上がる。


「ぐへぃ!?」

「びぃふん!?」


仲のいい二人の豚を殴り潰したような鳴き声が会場中に響き渡る。


進行中の事態へ追いつかない観客からは悲鳴も歓声も何もない。いえ訂正、スゥ様御一行から凍りつく雰囲気を無視した大歓声が起きている。

どんな状況でも彼女達は信者。


「キャーお姉様かっこいい!抱いてー抱いてーもう無茶苦茶に私を抱いてー!!!そして、耳元で愛を囁いて!!」


「あぁ、我らが女神様よ…なんと眩き正拳突きか…。どうかこの忠実なる下僕めにもその素晴らしき慈悲をご下賜下さいませ。」


やべぇ奴らの火が付いた。あ、頭が痛くなる。

深刻な信者の隣で絶賛他人のフリをするアルフ達に目で訴える。


アイツらどうにかして。


無理、無理無理。


アルフ達は事前に打ち合わせしていたかのように首を横に振って視線を明後日の方向に向けた。

おい、そんな椅子の傷を見てないで隣の病人達をどうにかしろよ。



訴え虚しくも我関せずの体制に入られやがった。

信者の暴走の止め方誰か知りませんか?

俺も半ば諦めているので仕方無く放置して審判の所へ向かう。



ゆっくりと近付くうちに舞っていた土煙が晴れていき、審判と対戦相手の姿が露わになる。


俺は目の前の光景に優しく微笑む。


仲の良い二人だとは薄々感じていた。態々審判を名乗り出るくらい好いているんだとも。

でも、確信した。


この二人は友情以上の間柄なのだと。愛の前では性別なんて関係ないのだと。



仲良く抱き合う二人の熱い口づけ。目を閉じて眠るように口と口が触れ合っている。見てるこっちが恥ずかしくなる。


やれやれどうやら俺はただのお膳立てに使われたってことかな。


観客達に見せびらかすように地面で横たわり愛を語らう二人。観客の中にはどちらかに恋焦がれていた人も居たのかもしれない、うぇぇと小さな悲鳴がポツポツと何処からともなく漏れ出ていた。


まだ二人は動かない。


もうこの大きな愛の前では俺の出る幕は無い。全くとんだ茶番だ、お邪魔虫はさっさとお家へ帰ろう。


寒いくらい生暖かい視線の雨の中、俺は会場を後にする。

でも、出る間際に一度だけ振り向く。



「お幸せに。」


勝負には勝っても試合には負けた、そんな気分。

愛には勝てないよ。



今後あの二人の前にはいくつもの困難な壁が立ち塞がることだろう。でも、あの二人なら大丈夫だと信じたい。



俺は応援しています。


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