逃亡中
ここは一日前の王城にある牢屋。
そんな牢獄の一室で一人の男が真夜中にも関わらず喚いていた。
もう何日も続く光景か看守達も呆れたように放置していた。黙れと言って黙るような賢い男ではないからね。
「おい、ここから出せ!私は第一王子であるぞ。貴様ら不敬を行なっているのが分からないのか!」
自分がやってしまった事をちゃんと理解していない。
王族と同格とされる聖女様を殺害しようとした、ましてやまだ幼い少女に刃を向けたのだ。看守の中には家族を持つ者もいる。許されざる行為をした人間に誰が尊敬の念を抱くだろうか。
それに聖女様には多くの民衆が支持している。そんな中でこの馬鹿を放逐すればこの国は崩壊しかねない。
国王もそれを十分に理解しているからこそすぐに捕らえるよう指示をしたはず。
看守達は今日も相手をせず監視を続けた。
しかし、周囲に仄かに甘い香りが漂う。
誰かが菓子でも持ち運んだのかと辺りを見渡すが姿はない。その代わり次第に自分達の瞼が重くなっていく。
異変に気づく頃には夢の中へと誘われていた。
看守達は気づいていないが既に影と称する彼らは潜んでいた。
潜んでいた影は真夜中の月明かりに晒され浮かび上がる。
「……フリード様ご無事でございますか?主の命により助けに参りました。」
「おお…お前たち、よく助けに来た。褒めてつかわす。」
影は眠る看守の懐から鍵の束を拝借し、救援に喜ぶ珍獣を檻から開け放つ。
「……フリード様、主より進言がございます。しばらくは王都を離れ機会を窺うべきとの事です。」
「ふむ、一理あるな。」
「……つきましては我々がしばらく拠点となる隠れ家へと案内させて頂きます。」
「お前たちの主は私に忠実で素晴らしい。感謝を伝えておいてくれ。」
これからの逆襲劇を思い浮かべてニヤニヤが止まらない。
こうして珍獣は王都を離れていく。
一度だけ振り向き睨み付けるのを忘れずに。
「……フリードの輸送は完了いたしました。」
「そうか、もう価値など殆ど無いが手に入れた薬の実験台には丁度良いだろう。せいぜい本物の珍獣にして差し上げようではないか。」
男はどうも機嫌が悪い。
あの小娘の殺害はことごとく失敗。
そしてなによりもあの聖女がもたらす影響力。
平民共の信仰する力が魔物を圧倒するなんて誰が想像出来る。
やはり早急に始末しなければならない。貴族が支配するべき世界を崩壊しかねない。
しかし当の聖女は無駄に戦闘力が高い。私の影達が苦戦を強いられるほどに。
あれを打倒出来る化物を創り上げねばな。
フリード殿下、いや元殿下にはしっかりと役に立ってもらおう。
新たな悪巧みを考える最中、不意に扉を叩く音が。
影達はまた何処かへと溶け込む。
「どうぞお入りなさい。」
「お父様、失礼いたします。」
「おぉ、レーネアどうしたんだいこんな夜中に?」
「いえ、お父様のお部屋から灯りが漏れておりましたのでまだ執務をしていらっしゃるのかと。」
「ちょうど終わったところだ。もう寝るつもりさ。」
「そうでございますか。無理はしないでくださいませ、お父様。」
「あぁ、ありがとう。おやすみレーネア。」
「はい、おやすみなさいませお父様。」
細い目を緩め優しく娘へ微笑む。
暗躍する彼も娘の前では父親へと変貌する。
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