そして聖女は拳を握る



俺は今にもどこか遠くに行きそうなロコルお姉ちゃんに聖女の力を放出する。


これまでの治療よりも何倍もの光が視界を彩る。

ブラッドさんや2人組、屋台にいた客や通行人その全ての人達が目の前に広がる神話に伝わる奇跡を体現した様な光景に心奪われる。

俺の治したい気持ちに力が応えてくれているのかもしれない。


だから、ロコルお姉ちゃんも応えてよ。


やがてロコルお姉ちゃんに集まる光の粒子は次第に役目を終えたとばかりに空へと溶け込んでいく。



俺は苦痛が治まった様子のお姉ちゃんの胸に耳を当てる。

良かった、良かった‥


微かに波打つ心音が大丈夫だと教えてくれる。

もう泣かないって決めてたのにまだまだだな。

いくら俺でも自分から落ちるいくつもの雫を捌くことが出来なかった。



さて、行こうか。


俺は未だ寝息をたてて眠るロコルお姉ちゃんを両腕で抱き抱える。


「じょ、嬢ちゃん‥。その子は無事なのか?」


「ええ、なんとか間に合いました。ブラッドさん、今日はご馳走になりました。私は用事が出来たのでここで失礼します。」


「そうか、よかっ‥た。」


ブラッドさんは、お礼を言う俺の目を見て思わず息を飲む。

涙でくしゃくしゃかな、それとも怒りで血走ってたかな。

でも、そんなことどうでもいい。


俺は教会に向けて歩き出す。

後ろから何か叫んでいるけど気にしていられないよ、ごめんね。


先ほどの奇跡で多くの人集りが出来ていたけど、抑えきれない闘気がそれらを退かしてくれる。



教会に着くと、ロコルお姉ちゃんを抱き抱えて歩く俺の姿に普段なら無視しようとする高圧シスターもぎょっと目を見開いている。


「せ、聖女様。何があったんですの?」


「こんにちわ。ロコルさんを寝かせたいのでお手伝いお願い出来ますか?」


「え、ええ分かったわ。」


有無を言わせない態度でお願いする。

今は威圧を制御出来ないから申し訳ない。


高圧シスターを先導にロコルお姉ちゃんをベッドに寝かせる。


「ありがとうございます。私はまだやらなければならない事があるので、この子の看病をお願いしてもよろしいでしょうか?」


俺は高圧シスターの両手を握り、真摯に願う。


「わ、分かりましたわ。分かったから、はにゃしなさいませ‥」


ありがとうと感謝を述べる。

ツイッと顔を逸らす彼女の頬は少し赤いように見えた。

いつも無視しようと躍起するけど何だかんだ相手をしてくれる優しい人。

ロコルお姉ちゃんをお願いします。


よし、次はトーラスさんに会いに行こう。

今は書斎にいるらしい。


「アリス‥さま‥」


出て行く俺の背中に届く小さな呼び声。

今は振り向かないよ。


全てが終わったらお話ししよう。もちろん説教付きでね。




トーラスさんのいる書斎を軽くノックし、返事を待たずに入る。


「はいはい誰です‥って聖女様、どうなさいましたか?」


突然の侵入者が俺と分かるとすぐに態度を改めてくれた。


「トーラスさん、ピグオッグ司教のお屋敷を教えて頂けますか?」


「え?司教様の屋敷ですか?」


「はい、教えてください。」


最初、訝しげな表情をしていたトーラスさん。でも、俺の変わらぬ真剣な眼差しに只ならぬ事態だと感じた様子。


何かあったのかと説明を求めるので簡潔に答えてあげる。

もう一度問おう。


「あの司教の屋敷はどこですか?」


「待っ、お待ちください!まだ確実な証拠もないのに行くつもりですか?それにあの方は私兵もお持ちです。大変危険なんですよ。」


「犯人かどうかは私が直接本人から聞いて参ります。ですから、教えてください。たった1人で全てを抱え込もうとした女の子のためにもお願いします。」


これは八つ当たりだ。

陰で泣き続けていた彼女に気づけなかった自分への。

だから、頭を下げる。


少しの間、静かな時が流れる。


ずっと頭を下げ続ける俺を黙って見ていたトーラスさんは、その重い口を開く。


「‥‥分かりました。案内いたします。ただし、危険だと判断すればすぐにお逃げください。貴方はこの国にとって大切な御方なんですから。」


どこまでもトーラスさんは聖女として扱うね。

でも、ようやく会える。




トーラスさんの用意した馬車に一緒に乗り込む。


誰の逆鱗に触れたか愚かなる豚に教えて差し上げようか





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