大好きな日々にさようなら
私は王都の教会で助祭を務めておりますロコルといいます。
これもおどおどして気弱な性格の私をトーラス様が拾ってくれたおかげです。路頭に迷う心配が無くなり、本当に感謝しております。
ただ教会内は司教様の影響でしょうか、貴族と平民とで対応が随分と違います。特に私みたいな孤児院育ちは特に風当たりが強いようです。
でも、私なんかを拾って頂けただけ有難いことです。
それにこんな私にも普通に接してくれる人が2人います。
1人はトーラス様。誰にでも優しく接してくれる聖職者の鑑です。私なんかがおこがましいですが尊敬する御方の一人です。
もう1人は、この国に久しく生まれなかった聖女様。お名前はアリス様。聖女様というお立場でありながら、私にも明るくどこまでも眩しい笑顔を振りまいてくださる。
その暖かく崇高なる存在は触れることすら畏れ多く感じてしまう程まばゆい宝石のようです。
そんな御方のお供など申し訳なく思えてしまいます。
でも、アリス様はそんな事関係ないように誰に対しても平等に奇跡を降り注いでくださる。
誰もが見捨てるような人達でさえも。
あの御方の優しさはどこまでも深く底が見えません。
誰かがアリス様を女神と例えた。
確かに私もそう思います。
広く大きな慈愛の心を持つアリス様は聖女の器をとうに超えていると思います。
アリス様のお供を仰せつかってから、毎日が色づき始めました。
でも、そんな夢のような日々に音も無く終わりが容赦なく訪れる。
掃除をしている私に司教様の使いの方が声をかけて来ました。
最初はアリス様のご様子でもお伺いにいらしたのかと思いました。
でもそれは違い、私を夢から覚ますお告げでした。
アリス様に毒薬を飲まして殺せ
内容は至って分かりやすく残酷だ。
当然、私に出来る訳がありません。いえ、他の誰であったって出来る訳がない。あの御方に出会って触れ合えばなおさらです。
無理です、私には出来ません。
そう訴えるも届かない。
「司教様の御命令に背く気か?背けばただでは済まない。教会にお前の居場所は無くなるぞ。」
居場所が無くなる‥
私の心に黒い何かを注ぎ込んでくる。
司教様の使いは立ちすくむ私に誰にも話すなと念を押して猛毒の詰まった小瓶を押し付けて去っていく。
私は何も言えずただ黙って受け取ることしか出来なかった。
その日から私の景色から色が徐々に消えていく。
あの輝かしく尊き日々がどこか遠くに感じる。
そして、アリス様のお供をする日がやって来てしまった。
「ロコルお姉ちゃん、どこか体調悪いんですか?」
出発直前、心配そうに私を覗き込むアリス様。
あぁ、この御方は本当に私をちゃんと見てくださる‥
「大丈夫ですよ。少し寝不足なだけです。」
そのどこまでも純粋な瞳に罪悪感が私に強く縛りついてくる。
私は今上手く笑えているでしょうか?
ズキズキと痛む胸と共に、お食事の約束をされた裏社会の住人であるブラッドさんと合流する。
なぜか、アリス様が治療なさったアルフさんとお友達のノートンさんもいます。
ふふ、アリス様が嫌そうな顔をされてます。それでも受け入れて一緒に行くんですよね。
本当に優しい御方です。
ブラッドさんの案内でお店に到着する。
まだ知らないお店のようでアリス様は目を輝かせ凄く嬉しそうです。美味しそうに食べる姿はいつまでも見てられます。
良かったです、貴方様の笑顔が見れましたから。
私はいつものように飲み物を受け取りに行く。いつもと違うものを携えて。
私は飲み物をそれぞれに渡していく。
そして、乾杯の合図と同時にみんなが飲む。
喉を通り、胃に到達する頃には絶望を教える激痛が怒涛のように流れ込んでくる。それと連動するように口から容赦なく大量の血が吐き出てくる。
私程度の命をもってアリス様に毒を知らせることが出来るなら充分です。
これでしっかり警戒してくれるはず。
アリス様、私の白黒な世界にいくつもの色彩を与えてくれてありがとうございます。
おどおどと俯く私に光を差しのべて頂きありがとうございます。
貴方に出会えたことがなによりも幸せなことでした。
さようなら
暗闇へ沈みゆく意識に一筋の神々しい光が差し込んでくる。
とても温かそうな光に私はゆっくりと手を伸ばす。
届いたでしょうか?
私は薄れゆく意識の中そう思うのでした。
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