第30話 映画デート

翔君♪」




次の休み。アルバイトを夜に控え、部屋でのんびり手芸をしていると、優希先輩から連絡があり、街に顔を出しにきた。




「メールが急にきて驚きましたよ。何の用事かも教えてくれませんし」




メールは、暇だったら出てこれる? 用事はそこで話すね。と言うものだったが、優希先輩に呼ばれて断る理由もない。まだ時間も早い時間で、アルバイトまで6時間以上もある。




「えーとね。映画でも見に行かないかなって」




「映画ですか?」




「ほら、ちょっと前に4人でお茶してたときに、翔君の娯楽が少ないって話があったじゃない。それで、映画鑑賞なんかいいんじゃないかなって、これをお友達がくれたの」




優希先輩の手には、映画の券が2枚あった。




「ただですか?」




「うん、ただ」




「なら断る理由はありませんね」




「うんうん、これね、ちょうど翔君に私が似てるっていった、アッキーが主演で出てるんだよ」




「ちなみにですけど、何の映画ですか?」




「う~んとね、それは聞かされてない。内容が分かっちゃうと面白くないもんね。今はネットでネタばれとかすぐにしちゃうし」




「じゃあ優希先輩もどんな映画かわからないんですか」




「だから、ここからは翔君と同じ新鮮な気持ちで映画館に行くよ~」




優希先輩は機嫌よく歩き始めた。




「………………………」


「………………………」




だが、その足取りは映画館の前で止まった。




「〔RED PAINTED〕 『今世紀最大の恐怖! 15歳未満の視聴は親同伴でも禁止! 映画の途中での退席率30%越え! 残虐なシーンやグロテスクなシーンが見せる、ホラーとは一段違った現実味のある恐怖はリアリティ!』これですよね」




なんとなくタイトルからやな予感満載だったが、案の定である。




「……、うんこれだね」




優希先輩の顔が青ざめる。肌が白いから色が変わると分かりやすいな。




「規制が厳しくなってる現代社会に喧嘩を売るような内容ですけど、逆に人気が出てるみたいですね」




話をしながら映画館に入ると、チケット情報の分かる電光掲示板には、その映画の当日券の余りが無かった。




通常深夜枠だと、空いたりしそうなものだが、内容がホラーに近いということもあって、あえて遅い時間に見るのも人気なのだろう。




俺は普段映画を見るようなことはないが、テレビや友人との会話を聞いていれば大体分かるし、初めてでもない。自分で金を出したことはもちろんない。今回のような例外がなければ映画は難しい。




「さてと、水は持ってきてあるし……」




「駄目だよ翔君。映画館の中には飲み物や食べ物を、ここで買った以外のものは持ち込んじゃいけないんだよ」




「知ってますよ。マナー違反ですしね」




「それもあるけど、映画のチケット代って、映画館の人が、映画料っていうのを会社に払って放映してて、チケット代はそれでほとんど、もってかれちゃうから、フードやドリンクを買わないと映画館は儲からないんだよ」




「そうなんですか。やっぱ、こういうとこの商品が高いのってそういうのですよね。大丈夫です。俺はここで水を飲んでおくだけです。この映画は2時間くらいですけど、それくらいなら、何も飲まず食わずでも大丈夫でしょう」




「そうだね」




「すいません、急だったので、お金がないんです……」




優希先輩が苦笑いをしたので、言い訳する。チケット代がただなのに、貧乏かと思われたかな。




「ううん、大丈夫だよ。急に誘っちゃったしね。私は飲み物を買っても良いかな?」




「はい、どうぞ」




優希先輩は特に気にしないで優しく対応してくれる。




これは優希先輩だからいいだけであって、普通の女の子だったら、ドン引きだろう。




男友達だったら、こういうことを気にすることも無いんだけどな。




「お待たせ、じゃあ行こうか?」




「あのー、買ってからいうのは遅いと思うんですけど、優希先輩は大丈夫なんですか?」




「な、何のことかな?」




「優希先輩、ホラー苦手じゃないですか?」




「苦手じゃないよ! 翔君こそ怖がってるんじゃないの?」




「いえ、怖いっちゃ怖いんですけど、というか、前学校であんなことがあったのに、怖くないって言い訳は通用しないのでは?」




「あれは、お化けだからでしょ。今回は、ホラーじゃなくて、スプラッタで、正体不明の何かが出てくるわけじゃないんだから、大丈夫だよ」




ホラーが苦手なこと否定し切れてないし、正体不明じゃない何かが出てくるほうが現実味があって怖い気もするが、こうなってしまったら、肯定しようが否定しようが優希先輩を曲げることは不可能だ。




「分かりました。でもまずかったら、途中で出ましょうね。俺もめちゃくちゃ得意ってわけじゃないですから」




「私に任せてくれれば大丈夫だよ。さぁ、レッツゴー!」




さて、その映画は前評判どおり、かなりの迫力だった。




R-15指定がある映画だったが、正直R-18でもいいレベルだと思う。




目玉がくりぬかれたり、舌を切られたり、四肢を裂かれるなど、序盤から大量スプラッタ。




とりあえずそれをやっとけばいいんじゃないか? というレベルで、画面は真っ赤に染まり続け、登場人物たちの悲鳴が鳴り響く。




俺の席は後ろのほうだったが、顔を背けたり、耳をふさいだりする人、そして、退席をする人がちらほら見られた。




ちらっ。




そして、俺は横の優希先輩を見る。




「あ……」




優希先輩と目が合った。目が合ったということは、優希先輩は画面を見ていなかったということになる。




暗くて分かりにくいが、涙目になっているし、いつの間にか頭にタオルで口元押さえてるし。




「あのー気分悪いんでしたら……」




「大丈夫……大丈夫だから、さぁ映画見よう」




小さい声で会話を終えると、優希先輩がまた映画に戻るので、俺も前を見る。




さて、この映画に出てくる俺に似ているという主人公だが、かっこよかった。




ただ、顔がめちゃくちゃかっこいいというわけではない。どう考えても二枚目というよりは三枚目だ。




実際、最初にあった短い日常パートでは、怖がりで友人だけでなく、女子や後輩にまでいじられていて、へたれな感じがしていた。だが、いざピンチになると、体を張って仲間を守り、冷静な判断力と的確な行動で、いつの間にか周りに頼られていく。




三枚目だが、不細工ではない。そんな主人公の見せるかっこいい行動は、普通に二枚目がそれをやるよりもギャップでかっこよく見えた。




人が死にまくった序盤から中盤だが、主人公を中心としたグループが一致団結して、ピンチを切り抜けていく。




そして、いつの間にかスプラッタの映画は、ラブコメディへと変化していく。




つり橋効果とでもいうのだろうか。極限の状況に置かれた男女は、そういうものになりやすいのだろう。




既に2割近くが退席していたが、このパートになってからは、皆安心感にあふれて、登場人物に感情移入していって、静かになっていく。




優希先輩もずっと落ち着かなかったのが嘘のように、映画に釘付けになっていた。




序盤のスプラッタもレベルが高かったが、恋愛中心になってからも、なかなかクォリティが高かった。




この落差と、2つのネタを両立させているクォリティこそが、この映画を人気にしているのだろう。




最終的には、主人公が全てを救って、最初から仲のよかったヒロインとくっついて終わる。とても爽快感のある映画だった。




序盤は恐怖で、終盤は感動で皆が涙ぐんでいる人がたくさんいた。




通常映画がエンディングに入ると、ある程度の人間は込む前に出て行ったりするのだが、皆余韻に浸って、明るくなるまで誰も出て行かなかった。






「はぁ~、素敵だったね」




映画が終わった後、近くのベンチに座って優希先輩が満足した表情で感動を味わっていた。




「そうですね。さすがヒット作。序盤の話があってこそ、後半の恋愛が映えましたね」




普通のラブコメとしても、一流だったが、序盤にこれでもかと見せたグロテスクなシーンは、それを超一流にしていた。


「しかし、優希先輩あの人を俺に似てるってのは言い過ぎじゃないですか?」




「え? 似てるでしょ?」




「まぁ、似てるといわれたら、『ああ……、そうだね』くらいにはなりそうですね」




俺よりも映画の人のほうが、目元がはっきりしていて、顔立ちが全体的に整っている。




3段階くらいレベルを落とせば、似ていなくも無い。




「そんなことないでしょ? 頑張りやなところとか、いざとなったらなんとかしてくれそうなところか、中身も似てるよ~」




「褒めてもらえるのは嬉しいですけど、恥ずかしいですね」




「翔君は、あの主人公君みたいになったらどうするのかな?」




「俺がですか? 俺はあんなに体はれませんし、刺されても笑顔でいられませんし、そもそも恐怖で動けませんよ」




「ふふ、そんなことないよ。翔君はきっと……」




「ただ、最後に主人公が1人を選んだのは、俺もそうすると思いますね。男なら、1人の女の子だけを愛するのが誠実ってもんです」




「あれは素敵だったね。女の子3人とも主人公に惚れてて、ハーレムでもできそうだったけどね」




「女の子としては、ハーレムってどうなんですかね?」




「うーん、分からないな。でも、あの子ならいいんじゃないかな? ずっとメインヒロインの子のことを好いてて、一貫性があるし、かっこいいから、惚れるのも分かるもん」




「でもこの場合は、ハーレムにならないじゃないですか。本当の意味でハーレムを許容できるかってことですよ」




「それは無理じゃないかな? やっぱり1人の人に愛されたいって思うよ。少なくとも私は」




「まぁそうですよ。大体漫画とかで、主人公が2人以上にモテて、いまいち宙ぶらりんな状況って、本当に失礼ですからね」




漫画は漫画で面白いから良いが、現実にいたら、まぁ人間の最底辺というしかない。




「怖かったけど、本当に面白かったね。またもう1回見たいな」




「今度は序盤をちゃんと見てくださいね」




「ちゃんと見てたよ!」




というわけで、アルバイトまで程よい時間を過ごすことができた。




DVDとかテレビでも同じ映像を見ることはできるが、映画館で見ると、違う世界に来たような高揚感がある。




今の時代、ただ椅子に座って、携帯や本をいじらず、ただ画面だけに集中できる時間というのは、とても貴重な時間であり、これだけ、インターネットが発展しても、映画館がなくならない理由が分かった気がした。


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