第28話 耐性がないのにからかうと妙な展開と空気になる
「ん…んん、あれここは?」
俺が目を覚ますと、いつも朝見ている天井が見えた。
だが、外は青空ではなく、夕焼けの色。明らかにいつもの時間帯ではないことは分かった。
「あ、翔先輩、大丈夫ですか!」
その天井と俺の間に、愛らしい顔が映った。優しい抹茶と和菓子の香りがして、とても安らかに起きれそうである……、じゃなくて。
「だから言ったじゃないですか! 急に倒れるなんて、僕が支えなかったら、そのまま頭をぶつけてたかもしれないんですよ……、うぅ……」
その顔は、涙があふれていて、俺の頬に雫が落ちる。どちらかというと、幸助は飄々としていて、顔もいつもちょっと笑ったポーカーフェイスで、声も大人しめ。
だが、今の幸助は、高いソプラノボイスを荒げて、怒りと悲しみと喜びの混ざったような、どうとも言えない表情をしていた。それだけ、こいつに心配をかけたんだと思い、申し訳なくなった。
「悪かったよ……。それで、幸助が俺をここに運んでくれたのか?」
「いいえ、僕の体格では無理ですよ。ここ2階ですから」
「それもそうか。じゃあ誰が……?
「あ、翔君、目が覚めたんだ……」
俺の目線からは死角の位置にあるキッチンから出てきたのは優希先輩だった。
「な、なんで優希先輩がここに!?」
優希先輩とは、途中の道で別れたはずだ。
「アパートには人が誰もいなくて、戻りながら誰かに電話しようとしたら、元会長先輩がいたので、協力してもらったんです。そういえば何であんなところにいたんですか? 僕達と別れたところと、翔先輩のアパートのちょうど間くらいに何の用事があったんです?」
「そ、それはね……。ちょっと翔君のことがやっぱり心配で、家に送ったら戻ってくる堀田君に。様子を聞こうかと思ってて……、そしたら、堀田君が血相抱えて、こっちに走ってきて、ついてきたら、外で翔君おねむなんだもん、びっくりしちゃった」
「すいません、格好の悪いところをお見せしました……」
「そうだよ、しかも、気絶したとか、貧血かと思ったら、ものすごい寝息でいい顔して寝てるんだもん……。一応聞くけど、気持ち悪いとか、どこか痛いとか無いよね?」
「あ、はい。すごく調子いいです」
「完全に寝不足だよね。それで、堀田君と2人で翔君を抱えて、ここに連れて来たというわけ」
「本当にすみません」
女子と女子みたいな子に介抱されるとは、実に恥ずかしい。無理してでも孝之についてきてもらうべきだった。
「翔君が寝てたのは1時間くらいだったけど、ずっと堀田君は横に居て、心配そうにしてたんだよ。愛されてるね~」
優希先輩がからかうように言う。
「幸助もありがとな。今日家は大丈夫なのか?」
「お手伝いありますけど……、翔先輩大丈夫ですか?」
「なら私が翔君が大丈夫になるまで、側にいるから、堀田君は戻っても大丈夫だよ♪」
え、幸助が帰ったら……。
「そうですか……、元会長先輩がいれば大丈夫ですよね。じゃあ翔先輩、無理はしないでくださいね」
「あ、ああ、気をつけてな」
そして、幸助が出て行ってしまう。
つまり、この俺の家には、優希先輩と2人っきりになったというわけだ。
「本当にすみません。自分の体調管理もちゃんとできないなんて、あれだけ皆に健康を自慢しておいて情けないですね」
「ううん、翔君は頑張り屋さんだから、皆に期待されると、頑張っちゃうんだよね。でも、もっと私達を頼ってくれて良いんだよ」
「はい、俺がうかつでした。優希先輩にはまだまだ学ぶことばかりですね」
「ううん、後輩のミスを先輩が助けるのは当然なんだから、甘えてくれて良いんだよ」
「でも俺、後輩の幸助にも迷惑をかけて」
「いいじゃん。先輩のことを後輩が気遣うのは当然じゃない」
「それなら、どっちでもいいようがあるじゃないですか」
「それでいいの。後輩とか先輩とか考えないで、皆で助け合えばいいの。私もいろんな人に助けられて何とか頑張ってきたんだから、気負わないで」
「……はい」
完全論破された。結局は俺は自分を過信して、周りを信用していなかっただけだったのだ。
「じゃあ、ご飯だけ作って、ちょっと調子良くなるまで居てあげるね。お姉さんにお任せ♪」
「ふふーん」
優希先輩の作ったご飯を頂き、また少し横になる。
大丈夫だと言ったのだが、優希先輩は急に気持ち悪くなったり、熱が出たりしたら大変だということで、20時くらいまではいてくれるとのこと。
俺の横で、テレビのニュースをBGMに勉強をしていたので、俺も横になりながら、単語を眺めたりした。
だが、全く集中できない。
体調が悪いからではない。
だって、好きな人が自分の家にいて、2人きりで、しかも距離がめちゃくちゃ近いのである。
俺の横になっている布団の横に座っていて、位置がちょうど俺の頭の横なのである。
つまり、俺が横を見ると、優希先輩の足がちょうどある。
優希先輩は制服姿。
優希先輩とついでに真理亜は今時の女子高生にしては珍しくスカートが長い。
女子の制服チェックをした話を2人から聞くと、スカートが短いと、足を長く見せることができて、スタイルがよく見えるという理由が多かったらしい。
その理由なら、モデル顔負けでたらめスタイルの2人には関係が無い。2人とも膝上10センチくらいで、パンチラが起こることはまずない。
だが、膝は見えている。
優希先輩が女の子座りで座っているので、太ももは見えないが、ピンク色のひざと、白いすべすべの足は視界に入る。一瞬だけちらっと見てしまった。
「翔君、どうしたの? あっ……」
ところがその視線に違和感を持ったのか、優希先輩に声をかけられる。しかも気づかれたっぽい。
「翔君、もう元気みたいだね。そんなエッチな目線で私の足を見て……」
「違いますって、偶然です偶然。横を見たら足があったんです」
「男の子だもん、仕方ない仕方ない。恥ずかしいから、言葉には出せないだけだよね」
「思ってませんって」
落ち着かない感じはあったけど、エッチなことなど本当に考えていない。
「冗談なのに、あ、顔真っ赤だね。熱でも出てきた」
優希先輩は笑顔でそう言ってくる。
からかわれて恥ずかしい。
いつもならここで終わるのだが、周りに誰もいないこと、俺の頭がちょっとボーッとしていたことで、話が続いた。
「俺は何も言ってないのに、優希先輩はずっとエッチエッチって、優希先輩のほうが何か期待してるんじゃないですか?」
「えっ!?」
俺の勢いで言った言葉に、優希先輩が動揺する。
優希先輩が顔を赤くしたのを見て、してやったりと、満足した。
「……、期待してないって言ったら、嘘になるよ……」
「え?」
ところが、またカウンターを食らった。
そして、またいつもならここで終わる。
だが、どうも今日は言葉の調子がいいようで続いてしまう。
おそらく、優希先輩に迷惑をかけて、かっこ悪いところも見せて、その上からかわれたままで終わってしまっては、俺の立場がないとどこかで思っていたのだろう。
「それなら……、いいですよね」
「きゃっ!?」
ガバッ。
俺は布団を押しのけて、優希先輩を押し倒した。
「ゆ、優希先輩が……、いい、いいいい、良いって。いったった言ったんです。悪いのは優希先輩です」
「……///」
優希先輩が顔を真っ赤はするのだが、俺を跳ね除けたりするどころか、抵抗もしてこない。
さて、じゃあこれからどうする?
押し倒すところまでは、冗談でいけないこともないが、ここから優希先輩が抵抗してくれないと、オチがつかない。
「ごめんね……。翔君は男の子なのに、2人きりでいるときに、こんなからかい方をしたら怒るよね……」
優希先輩は俺を跳ね除けるどころか、優しい言葉をかけて、俺の背中に手を回してくる。
え。これ何? 俺は本当にどうすればいいの。優希先輩が俺の背中に手を回して、抱きとめるようになっているから、俺もこれでは動けない。
「ひどいことをしてごめんなさい……。調子が悪いときに人恋しくなるって知ってるのに」
そしてついに俺を自身の胸部に抱きとめてきた。
俺が寂しいとでも思ったのだろうか、俺の頭を撫でて、耳元に優しく、ごめんねと言ってくる。
耳がこそばゆい。そして、撫でられている頭と、柔らかい顔の感触は、とてつもない安心感はあるのだが、安心感がありすぎて、気持ちよすぎて、何も考えられなくなりそうだ。
「あっ……、やん……」
思考が何も及ばない俺には理性がなかった。つい顔をより押し付けてしまう。優希先輩の鼓動が分かるほどだった。
「はぁ……、優希先輩……」
「しょ、翔君、そろそろ……」
「…………はっ」
俺は急いで離れる。俺はなんてことを……、嫌われる……。
「もう、甘えん坊さんなんだから。まだまだ私がついてないと駄目だね」
ところが、優希先輩は笑顔で俺を許してくれた。
「本当にすみません」
「ううん、気にしてないから。もう元気になったみたいだし、あとちょっと勉強したら、帰るね」
「はい……」
その後は何事もなく、俺の体調も落ち着いて、優希先輩を見送って終わった。
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