第27話 理想の生活
「しっかし翔はいいな」
当たり前だが、孝之以外にも俺には友人は居る。そのうちの何人かと、放課後に少し話していると、俺の話題になった。
「何のことだ?」
「成績優秀で、アルバイトもしてて、生徒会長で、食べるものには困ってるみたいだが、後輩と料理部から慕われてて、孝之からももらってるだろ。羨ましいなって思う」
「結構大変だぞ。自分の時間が取れないしな」
「でもな、いろいろたくさん経験して、青春してるって感じだ。生徒会のメンバーも美形が3人もいるしさ」
「おい、美形に幸助を入れるなよ」
「まぁいいじゃないか、あれだけ可愛けりゃ、大体の女子よりは周りから羨ましがられるぜ。それに、皆の憧れる九十九先輩に、クォーターの山田までいれば、さぞいい環境だろ」
「まぁそうかもな」
「桂川君、ちょっといいかな?」
そんなたわいもない話をしていると、他のクラスメイトから声をかけられた。
「ああ、何だ?」
「九十九先輩が、外で桂川君を呼んでるんだけど……」
その言葉に、教室の外を見ると、ドアの隙間から優希先輩がいるのが見えた。
「おお、さっそく九十九先輩からお呼び出しか。モテモテでいいな」
「悪いな。多分生徒会の話だと思うからこのまま生徒会行くわ」
「ああ、またな」
そして、俺は優希先輩のところに行く。
「珍しいですね。俺の教室に優希先輩が来るなんて。もしかして緊急の用事でしたか? すぐに行くつもりでしたけどすいません」
「う、ううん、そういうことじゃなくて、ちょっと話しながら行こう?」
「は、はい」
少し前に会議で集中できてなかったときから、時々優希先輩の挙動が不可解なことがある。
もしかして、俺に悩みを話してくれるのか。だとしたら信頼してもらえているということで嬉しいのだが。
「翔君、くやしくないの?」
「何がですか?」
俺は優希先輩に、何か打ち明けられるかと思っていたが、明らかにちょっと怒り気味でちょっと雰囲気が違った。
だが、何のことか分からない。
「さっき教室の前を通ったら、翔君とお友達の会話が聞こえてきたんだけどね」
「はい」
俺の席は最も廊下に近い右側で横に窓がある。外の会話がたまに聞こえてくることもあるが、逆もそうなのか。今後ちょっとトーンに気をつけてしゃべらないと。
「なんか、翔君のことを、羨ましいとか……、恵まれてるとか……、翔君いつも頑張ってて、苦労してるのに……、そんなことを言われてると思うと悲しくなって……、森君や堀田君はあんなこと絶対に言わないのに……」
「ああ、さっきのことですか。別に気にしてませんよ」
「どうして?」
「俺は別に誰かに評価されたくて頑張ったり努力したりしてるわけじゃないんで。俺の学生生活が、どのように見えてるかは、それは捉える人の主観ですよ。一人暮らしとか、アルバイトを羨ましがられることは普通にありますよ」
この高校は寮の制度があるため、親元を離れたとしても、厳密な意味での一人暮らしをする生徒は多くない。
俺のような例はまれなのである。
「でも……、翔君はいつも大変そうなのに……」
「人が何か違うことをやってれば面白そうに見えるものですよ。どうしたんですか、優希先輩」
「え……?」
「フォローしてくれるのは嬉しいですけど、らしくないですよ」
俺にかける言葉には、怒りの感情がこもっていて、俺が嫌がっているとでもいえば、俺のクラスに殴りこみにでも行きそうな勢いだった。
「落ち着いてください。気持ちは本当に嬉しいですけど、俺は本当に気にしてませんから」
「う、うん。ごめんなさい。つい、熱くなっちゃって……」
優希先輩でも怒るんだな。いつもおっとりしてて、注意も優しかったからな。
「優希先輩は優しいですね。自分のことでもないのに、そんなに怒れるなんて」
「そ、そうかな? でも、嫌になることを言われるのって、嫌じゃない? しかも自分の親しい人が」
「まぁそうですね」
確かに、孝之や幸助の悪口を聞いてしまったら、いい気持ちはしないだろう。
孝之は自業自得で、幸助はまず悪口を言われることはないが。
「ほんとに嫌なことがあれば、相談しますから。優希先輩は、自分の悩みを早く解決してくださいね」
「え? 私?」
優希先輩はきょとんとする。
「はい。ちょっと前の会議からちょくちょく上の空になったりしてますし、何か悩みがあるんじゃないですか? てっきり俺はその相談をされると思ってましたよ」
「あ、そうなの……。でも私は明確な悩みはないよ。受験勉強も順調だしね」
「じゃあ、ちょっとお疲れとかですか?」
「う、うん、そんなところ」
「あまり無理はしないでくださいね。優希先輩はあくまでも、相談役なんですから」
「大丈夫だから。翔君こそ、自分のことをきちんと考えてね」
「……ははっ」
「くすくす」
「お互いにお互いのことを心配しすぎですね。もっと俺達は自分のことを大事にしましょうか」
「うん、そうだね。でも何かあったら頼らせてもらうから、翔君も遠慮しないで頼ってね」
俺も優希先輩も気遣いすぎて、帰って相手に気を使わせすぎてしまった。人間関係の難しいところである。
「翔先輩、大丈夫ですか?」
その日、生徒会活動をしていると、幸助が声をかけてくる。
「何の話だ?」
「ちょっと顔色が悪いですよ……」
「ああ、そうだな。翔、最近頑張りすぎじゃね?」
「「え??」」
幸助と孝之が俺を気遣う言葉をかけると、優希先輩と真理亜が驚きの表情を見せる。
うーん、完璧に隠しているつもりだったが、休みでも顔を合わせている幸助と、長い付き合いの孝之にはやっぱり分かっちまうか。
「最近は、テストも近いですから、勉強してて、生徒会長の仕事も、僕達が来れなかったせいで、翔先輩が頑張ってくれたのに、遅れてるから、翔先輩の負担も増えて、アルバイト先では、人が少し減って、アルバイトが増えて、ボランティアもきちんと参加してて……、あまり寝れてないんじゃないですか?」
「誰にも話してないはずなんだがなぁ。幸助は何で分かるんだよ……」
「最近翔先輩が、早めに学校に来て、少し早く帰ってるのを森先輩から聞いて、ちょっと変だと思ったんですよ」
「はぁ、それでか」
幸助も孝之も顔が広い。俺が何をしてたかなど、人脈で筒抜けというわけだ。
「本当なの? 翔君」
「まぁ、最近は確かにちょっと寝れてませんけど、偶然重なっちゃっただけですから。俺の都合に、テストやボランティアは合わせてくれませんし、まかないとかシフトでワガママを許してもらってますから、今の時期だけってことで、シフトを大目にはしてます」
「だったら、生徒会活動だけでも、減らせれば……」
「会長がテストやアルバイトを理由に、活動をさぼるなら、はじめから立候補するなって話ですよ。俺は栄養不足かもしれませんが、体力と健康には自信がありますから、心配しないでください。孝之も幸助もありがとな」
「まぁ、お前がいいならいいんだが」
「何かある前に言って下さいね」
「……、まぁ、最悪あなたが倒れても、私はほとんど会長職をこなせるから心配はしなくてもいいわよ」
真理亜も言葉はきついが、気遣ってくれているのは分かる。
「…………」
優希先輩だけはずっと思案顔だったが、そのあと文句を言われなかったから、別に大丈夫だろう。
「別にいいってのに」
「駄目ですよ。翔先輩の体はもう翔先輩だけのものじゃないんですから」
その後帰宅するのに、家まで幸助がついてきた。
真理亜、孝之とは途中で分かれ、その後優希先輩とも別れた。
幸助は本来、孝之と家の方向が一緒なので、そこで分かれるのだが、心配してついてきてくれたのである。
孝之も、家の用事さえなければついてきたかったらしい。俺の友人は過保護がすぎる。
「ほら、もう家目の前だろ。無事についたじゃないか……、あぁ?」
家を目の前にして、いきなり目の前が真っ暗になった気がした。
「翔先輩!? 翔先輩! 大丈夫ですか! あ、どうしよう……、とりあえず、家に運んで……、でも僕1人じゃ……、あ…………輩? どうして……、手伝……」
意識が飛ぶ直前、翔の声が聞こえてきた。
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