第26話 思い思われ振り振られ
「桂川先輩! 付き合ってください!」
さて、俺はいわゆるはじめての告白を受けている。
「ごめんね、会長さん。急に呼び出して」
ここは俺がライフライン的な意味でお世話になっているお菓子同好会の部室。そこの部長さんに呼ばれたと思ったら、告白を受けたというわけだ。
その子は1年生で、まだ付き合いは短いが、俺がここに来るとよくお菓子を持ってきてくれる世話好きな子だったから、覚えている。
「えーと……」
さて、あまりにも緊急な状況に俺が真っ白になった。
生徒会長に、ボランティアにアルバイト。いろいろな経験をしてきたが、まだまだ分からないことが多いものだ。
「気持ちは嬉しいけど……、今は俺なかなか余裕がないから。生徒会長の仕事や勉強やアルバイトがあって、あまり自分の時間がないし、お金もないから、せっかく付き合えても恋人らしいことできないからさ」
「そうですか」
ちょっと曇った表情になる。心が痛い。
「でも、私あきらめずにがんばってみますね。断られた理由が私が原因じゃないですから、まだチャンスはありますよね」
訂正。女の子はたくましい。
「でも桂川先輩は誰ともお付き合いしてないんですね」
「ああ、俺はまだまだ自分のことで手一杯だからな」
「生徒会の人と仲がいいですから、誰かと付き合ってるって噂結構あるんですよ」
「そうなのか?」
「九十九先輩に、山田先輩に、堀田君とも噂がありますね」
「いや、相手がおかしいだろ。俺と真理亜は犬猿の仲だぞ」
「堀田君のことは否定しないんですか?」
「あ、いやいや、幸助ともない。優希先輩も俺に高値の花さ」
否定する順番を間違えた。俺の願望順じゃないぞ。
「それを聞いて安心できました。またお菓子同好会に来て下さいね。待ってますから」
「そ、それじゃあ俺は生徒会の仕事あるから、またな」
そして俺は部室を離れた。
「はぁ……」
つい俺の口からため息がでる。
正直俺に告白してくれるような子がいるとは思っていなかった。
俺に金がないことは、俺が生徒会役員選挙で宣言していて、顔見知りではない生徒が相手でもそれを知られていることがほとんど。
ましてや、お菓子同好会の人間は知らない仲ではない。つまり、俺に金や時間がないことは、承知の上で告白してくれたことになる。それだけに心が痛かった。
実際、さっきの理由は嘘ではない。まだまだ自分のことで手一杯な俺に、恋人と言う存在は厳しいのは本音だ。
だが、本当の理由は違う。俺の心にいるのは、たった1人、少なくとも今はたった1人しかいない。
でもそれを言うことは怖かった。比較的生徒会メンバーと顔見知りの多いお菓子同好会の子にそれを話せば、なんらかの形で伝わってしまうことが恐ろしかったのだ。結局は自己保身、俺は卑怯者だ。
「……君!?」
まったく、気だけ持たせるようなことをするなんて、会長失格だな。
「……川君!」
優希先輩のことはどこまで行っても無謀だとは思うけど、あきらめきれないところが女々しいというか……。
「桂川君!」
「はっ、な、何だ?」
「何だじゃないわよ! 今は会議中なのに、何をぼーっとしてるのよ!」
真理亜の耳を劈くようなハイトーンボイスで一気に思考が現実に戻る。
「わ、悪い」
「全く、会長なんだからしっかりしてよね」
「そんなに怒らないでください、副会長先輩。先週は僕達が休んだせいで、翔先輩には迷惑をかけましたし、疲れもあると思うんですよ」
「そ、そうなの? だったらごめんなさい。言い過ぎたわ……」
翔のフォローで、真理亜が眉を下げて申し訳なさそうにしてくる。
「い、いや、大丈夫だ。ちょっと悩み事があるんだが、対したことじゃない。生徒会の間はちゃんと集中しないとな」
首を振って気合を入れなおす。
「本当に大丈夫か?」
「孝之まで心配すんなよ。俺にとって、体調不良とかは死活問題なんだって。悩み事も、俺が自分で解決しなきゃいけないことだから、ここには持ち込まない。本当にまずければ相談するからさ」
俺の言葉に、孝之も幸助も納得顔をし、真理亜も安心した表情で会議に戻る。
「さて、じゃあここは、こうすることにしようか?」
「そうかしら? こっちのほうか良くないかしら?」
「俺はこうでいいと思うが?」
「僕もこうするのがいいと思いますよ」
会議はなかなか白熱した。会議に熱中しているおかげで、とりあえず悩み事も忘れられた。
「お姉さまはどう思います?」
4人の意見がなかなかまとまらなかったので、真理亜が優希先輩に相談する。
「……はぁ……」
「? お姉さま?」
ところが優希先輩が、ため息をついてどこか上の空である。
「優希先輩? 大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫だよ……」
そうは言っているが明らかに表情に覇気がない。
優希先輩はおっとりしているが、それはあくまでもしっかりしているという前提がある。
会議中に気を抜いたりすることなど普通は無いのだ。
「もしかして、まだ体調が悪いんですか?」
先週優希先輩の様子がおかしかったときは、体調不良という結果だった。今回もそうである可能性を俺は感じた。
「お姉さま! それなら、早くお帰りになられてください! 大丈夫です。私がしっかりやっておきますから!」
「う、ううん、ほんとに大丈夫だから、ほら! 元気元気♪」
優希先輩は元気さをアピールするために、両脇を締めて、手をぎゅっとにぎる。
「確かに元気そうですね。パイセンのパイセンも」
「お前はどこを見て言ってるんだ……」
優希先輩が両腕を両脇をしめて握ったので、結果的にその間にある優希先輩のお山はどたぷん状態である。
ただ、この元気の出し方はやはり優希先輩らしくない。優希先輩が、元気なときは、胸を張ることが多いのだ。どちらにしても目のやり場に困ることには変わりはないが、今の姿勢は胸を張るとは逆の方向だ。背中も少し丸いし。
「お姉さま……、私が25時間看病して差し上げますから……」
「副会長先輩は、僕達と1日の時間が違うんですね」
「それくらいの心積もりでやるってことよ!」
「ま、真理亜ちゃん、本当に大丈夫だから」
「優希先輩が大丈夫だというなら、大丈夫でしょう。確かに元気そうみたいですし」
やはり何かあるのではないかと思ったが、真理亜とのやりとりを見る限り、体調不良ではないのだろう。
優希先輩にも、元気ではないときとか、悩みがあるときもあるのだ。あまり完璧を求めすぎてもいけないから、この話はここでやめよう。
「でも桂川君……、お姉さまが……」
「何かあったら、真理亜が一緒に帰ってやれよ。女子同士の方が気を使わないだろうしな」
「そ、そうね。分かったわ」
その後は優希先輩も積極的に会議に参加して、いつもどおり意見を纏めてくれていたし、やはり気にしすぎだと考えた。
「お、優希先輩?」
またとある日の放課後。掃除を終えて、ゴミ出しをしに校舎裏に来ると、優希先輩が見えた。
優希先輩も掃除かと思い、近づいていくと、一緒に男の人がいた。
「誰だろう?」
優希先輩より一回り大きいから180センチ以上あるだろう。そして、何よりめちゃくちゃイケメンだった。
イケメンの定義はいろいろあるだろうが、本物のイケメンというのは、目がいいとか、鼻筋がいいとか、そういう細かい理屈抜きで感覚的にかっこいいと思うものだろう。その男はそう言う人だった。
まさか……、彼氏か?
優希先輩と並ぶと美男美女でかなり絵になる。その江面は自然に見えた。
ん、2人で何か話してるな。ちょっと聞き耳を立ててみよう。
「悪いね、九十九さん、こんなところに急に呼び出して」
「うん別にいいよ、何の用事かな?」
「えーと……、単刀直入に言うけど、俺、九十九さんのことが好きなんだ。付き合ってくれないか?」
ガンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
告白を受けているということは、誰かと付き合っているわけではないのだろうが、そんな楽観的なことは考えられなかった。
優希先輩と俺ではつりあわない、そんなことはずっと分かっている。でも、優希先輩がいざ本当の意味で遠い存在になってしまうという現実は、予想以上に俺の心にダメージがあった。
「えーと、ごめんなさい。気持ちはすごく嬉しいけど……」
ところがそのイケメンの告白を優希先輩は断った。
「そっか……。もし良かったらでいいんだけど、どうしてかな?」
イケメンは性格もイケメンのようだ。振られても紳士的で好感が持てる。
「うん、あなたは素敵な人だとは思うけど、私は自分のことで手一杯だから、誰かと付き合うのはもっと後でいいかなって思ってるの。ごめんなさい、身勝手な理由だとは感じてるけど……」
「はは、それじゃあ俺だけじゃなくて、誰が相手でも駄目だな。いさぎよくあきらめるよ。もし将来的に縁があったら、またよろしくな」
そして、2人ともその場を離れた。
俺は見つからないように隠れて2人をやりすごした。
そうか……、優希先輩は誰とも付き合う気はないのか……。
それは俺に大きな安心感とわずかな落胆の両方を感じさせた。
優希先輩に付き合う気がないのであれば、少なくとも高校生活の間は、今の関係を続けることができる。
だが、それは同時にほんのわずかに俺が思っている、優希先輩に本心を伝えようという気持ちを、さらに小さくするものでもあった。
でも、そのわずかな心の痛みは、大きな安心感に包まれて、とりあえず落ち着くことができた。
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