第22話 甘いのはケーキだけではない

「いやぁ~桂川君ありがとう。幸助君の手伝いだけでなく、プライベートでも来てくれるとは、感謝しかないよ。じゃあ、メニューを見ていてくれたまえ」




店長であり、幸助の父親の親友であるおじさんに軽く挨拶されて、メニューを渡される。




「すいません、優希先輩、なんかなしくずしにこういうことになってしまって」




「ううん、ケーキ好きだし、おしゃれな店だから別にいいよ、気にしないで」




「俺はこういうところに来ることはないので、全然慣れてなくて……、というかあまり外食をしないので……」




「まぁ、翔君の家庭の事情から考えたら仕方ないよね……」




「優希先輩はこういうおしゃれな店に良く来てそうですよね。さすがです」




「う、うん、もちろんだよ」




「どうすればいいですかね」




「う、うーんとね。あんまりそわそわしないで、ピシッとしてればいいよ。分からなくてもいいから、自信を持って分かるようなそぶりをしてればいいんだよ。後はそこまで非常式なことをしなければ怒られることも無いよ」




うーむ、さすがのアドバイス。とりあえず、店を軽く見渡すのはいいけど、あまりキョロキョロしすぎないようにして、背筋もたててと。




「お待たせしました」




意識を整えて、メニューを眺めて(主に値段を)いると、おじさんがケーキを2種類を1つずつテーブルの上に置いた。




「? まだ俺注文してませんけどじゅるり」




「翔君、だらしないよ」




おっといかんいかん。目の前に来たあまりにも美味しそうなカロリーに、つい生理現象が起こってしまった。




「すいません、これはなんですか?」




「うちの看板商品だよ。まだまだ数は少ないけどよく売れてるんだ。こっちが、フランスのクリームチーズを使ったチーズケーキ、こっちはチョコレートのスポンジに生チョコレートをデコレーションして、フランソワーズの風味を利かせたショコラだよ」




「いえ、ケーキの種類を聞いたわけではなくて、俺は何も注文してないと思うんですが?」




「これは、是非君に食べてもらいたくてね、あ、もちろん御代は結構だよ。この前手伝ってもらった御礼もあるからね」




「ですが、ちゃんとアルバイト料は頂いてますし、何もないのに頂くのは……」




とはいいつつも、目線がケーキから外せない。コンビニの100円スイーツすら手を伸ばせない俺に、その4倍か5倍するケーキは、宝石のように見えてしまうのだ。




「ああ、だからちょっとお願いがあってね」




「お願いですか?」




「私はてっちゃん……、じゃない、幸助君のお父さんの紹介と協力もあって、この町で待望の店を出すことができたのだが、いかんせん私はこの町ではまだまだ新参者だ。幸助から聞くところによると、君はずっとこの町にいるのと、アルバイトや生徒会活動を通して、なかなか顔が知れているらしいじゃないか」




「まぁ、否定はしませんけど」




「だから、君と、そちらのお嬢さんに、ちょっとこの店の宣伝を頼みたいんだ。もちろん、何もなかったからと言って、このケーキ代を払えとは言わない。ただ、いろいろ結果が出るように試して見たいんだ」




「それくらいなら全然いいですよ、あ、優希先輩すみません。勝手に」




「ううん、私もこのケーキが美味しいなら、それはかまいませんよ」




優希先輩はちょっとだけ悪い笑みを浮かべて、おじさんにそう言った。




「うん、そのくらいで構わない。この2つのケーキはこちらのおごりだ。ドリンクも1杯だけ提供しよう。紅茶とコーヒーどちらがいいかな?」




「紅茶2つで」




「かしこまりました。じゃあゆっくりしててくれ」




そして、おじさんはその場を去っていく。




「なんかすいません、優希先輩」




「いいじゃない。おじさまがご馳走してくださるなら、そのご好意に甘えても」




「俺はそんなつもりでここに来たわけじゃないんですけどね」




「分かってるから。これは翔君がアルバイトを頑張ったり、生徒会を頑張ったりして、ここのお手伝いもして、頑張ったから得られた結果なんだから、堂々としなさい」




「は、はい」




「じゃあいただきましょ」




そしてフォークを手に取る。




「丁寧に作ってあるね。美味しそう」




「とりあえず頂いてみますか。優希先輩はどちらがいいですか?」




「どっちでもいいよ。翔君好きなほう食べていいよ」




「そ、それでは遠慮なく……」




俺はショコラを取った。生チョコというパワーワードに勝てなかった。




「ではいただきます」




「まーす」




口に含んだショコラは、かなり甘かった。だが、ただ甘いだけではなく、後にほんのわずかに苦味を感じ、それがいいアクセントになって美味しさを際立てる。最後にほんのりとラズベリーの風味。要は、




「めちゃくちゃ美味い」




この一言に尽きる。




「う~ん、こっちも美味しいよ~。クリーミーなのにのに、甘さが控えめで、外はこんがりとしてるのに、内側はしっとりしてる~」




優希先輩もかなり声が甘くなっている。あちらもかなり美味しいようだ。




「どうですか優希先輩」




「うん、とっても美味しいね。私チーズケーキはレアの方が好きなんだけど、これだけしっとりしてるなら、美味しいよ。翔君も食べてみる?」




「いいんですか? では失礼して……」




優希先輩があちらのケーキも味見させてくれるというので、優希先輩が口をつけていない方を少しフォークで、もらおうとした。




「はい、あーん」




だが、その前に優希先輩は一口分切って、俺にフォークを差し出してきた。




「え!? あのー、周りに人がいないとはいえ、ここは公共の場所ですよ」




「早くしないと落ちちゃうよ~」




「は、はい」




恥ずかしい<ケーキがもったいないである。




「あーん」




優希先輩から、チーズケーキを頂く。こちらもかなり美味い。ショコラの後味が苦かったから、甘みがより増幅されて、ものすごく美味しい。お勧めケーキ同士の相性もかなりばっちりのようだ。どちらもくどくないし。




「うんうん、美味しそうで何よりだね」




「じゃあ次は俺が優希先輩をあーんしますね」




「え……、い、いいよ私は」




「俺だけやったら不公平じゃないですか?」




「いいんだよ。あ~んは先輩から後輩への特権なんだから」




「え、でも幸助にやってもらったことありますよ。だから、後輩から言ってもいいはずじゃないですか?」




「……、2人の関係がちょっと気になるんだけど……」




「そんなことよりどうぞ。あーんです」




「あ、あ~ん」




何とかごまかそうとしたが、俺だけ恥ずかしいのは不公平である。無理やり差し出したら、口を空けてくれたので、優希先輩の口にショコラを入れてあげる。




「どうですか」




「……美味しいね」




「いかがですか? 店長のスイーツは美味しいですよね。はい、紅茶です」




何か気恥ずかしい状況になったタイミングで、紅茶を女の子が持ってきてくれた。




「あ、ありがとうございます」




「と、とても美味しいです」




「当店のスタッフは皆甘い物好きですけど、さすがに先ほどのイチャイチャは、甘党の私達でも甘ったるいので、他のお客様がいるときは控えてくださいね。ではごゆっくり~」




……改めて冷やかされると恥ずかしい。




優希先輩も顔を手で仰いでいる。




その後は特に何事も無く、ケーキと紅茶をいただき、ゆっくりとさせていただきました。




「さて、次にあれくらいのケーキを食えるのは何年後だろう」




「年単位なんだね……」




「俺には、嗜好品をいただく余裕はなかなかないですからね。キャベツばかり食べてればなんとかなるかもしれませんが」




今回のデート資金も結構無理してしまっている。幸い今日はお金をほとんど使わなかったので、しばらくはゆとりのある生活ができそうだ。




「意外と居心地も良かったから、時間結構遅くなっちゃったね」




時計は17時を指している。話も雑談から生徒会のことまでいろいろ話せたから、ずっと話題が尽きることも無くしゃべれていて、すごく幸せだった。




「すいません。もっときちんとしたプランを立てて、優希先輩をエスコートしたかったのに、流れるままになってしまって」




「ううん、適当に歩いて、今日みたいな面白いイベントがあるなら、楽しいよ」




「もっと優希先輩といろいろ見て歩いて見たかったですから、残念です」




一応デートっぽいイベントはあったが、優希先輩とのおしゃべりが中心で、やや物足りない。もちろん楽しかったが。




「何で? また誘ってくれればいいじゃない」




「え?」




「今日見たいに楽しませてくれるなら、また翔君とお出かけしたいな♪」




「本当ですか……」




「こんなことで嘘はつかないよ」




よ、よっしゃ! 




優希先輩とデートするということは、今回真理亜が強引に持ちかけてくるようなイベントが無ければ、邯鄲にはできないと思っていた。




だが、こうして次のデートの約束ができるというところまで進んだ。




星野高校を優希先輩が卒業するまでとはいえ、さらに近い関係になれたことに、嬉しさを隠すことはできず、そんな俺をみて、優希先輩も微笑んでいた。

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