第21話 とても一般的なデート

「ふぅ~」




学校近くの公園の前で時計のチェック。時刻は10時を指している。




今日は優希先輩とのデートをする日、絶対に遅刻をしないように早めに到着しておいた。




ちなみに集合時間は11時半である。




いやだって、家に居てもそわそわして落ち着かないんだもの。目もいつもより早く覚めたし。




まぁ、それにしても90分も早く来たのはさすがにまずかった。




お待たせするよりは悪くないし、『待ったかな?』って聞かれたら、『今来たとこです』といえば気を使わせることも無い。




「え、翔君?」




「!?」




そんなことを思っていると、後ろから優希先輩の声が聞こえた。




いやいや、幻聴だろう? しかし、優希先輩の声を聞き間違えるわけが無いし、俺を翔君と呼ぶ人は家族以外では優希先輩しかいない。つまりはそういうことである。




「ゆ、優希先輩……」




振り返るとそこにいたのは間違いなく優希先輩であった。




闇鍋パーティーのときも、公園デートのときも、優希先輩は学校からそのままうちに来たから制服姿であり、私服姿を見るのははじめてである。




俺は服にお金をかける余裕が無かったから、ファッションに詳しくは無い。おそらく上はいわゆるニットだが、肩がギリギリ出るか出ないかくらいの露出がある。鎖骨は見えていて、胸元は見えない。だが、自己主張は分かりやすい。何を言ってんだ俺は。




下はシンプルなミニスカートである。上も下もシンプルな服装なのだが、足も長くてスタイルもいいので、非常に様になっている。




俺のTシャツ+カーゴパンツでは申し訳なさが経つ。




「え、えーとどうしたのかな? まだ時間は……、あ、こっちじゃなくて……」




優希先輩はカバンを触ろうとした後、その動きをやめて、手元の腕時計を見る。




「…………///」←顔が赤くなったという表現。




「ゆ、優希先輩もずいぶん早くないですか?」




「…………///」←2行前に同じ。




「私はね……、あ、そうだ、ちょっと違う用事があって、それで早めに出てきただけだよ~」




「あ、そうだ。は心の中で思わないと嘘だって分かっちゃいますよ」




「う、嘘じゃないもん」




「だって元々今日は優希先輩の都合が合うからってことで、今日にしてるんですよ」




「う……」




あ、優希先輩は口を結んだまま二の句が告げなくなってる。いかん、この後出かけるのに、気まずい空気になった俺が持たん。タダでさえ緊張してんのに。




「は、早く集まるほうが、遅れるよりいいですよね。それに、2人同時に早く来たなら、それはもうこの時間が集合時間です」




「そ、そうだね。ところで、これ似合うかな?」




優希先輩が俺に服の感想を尋ねてくる。さっきも思ったが、優希先輩の私服は始めてである。




いろいろ感想を思ったのだが、制服にしても私服にしても、優希先輩は一部分の自己主張が半端ではない。


制服は仕方ないにしても、私服はその辺気にしてくれればいいのに。正直目がそっちに向いてしまう。




「も、ものすごく似合ってます! ……」




「そ、そう? そんなに力強く言われると照れちゃうな……」




「優希先輩は、スタイルいいですし、服のほうが優希先輩を選んでもいいくらいですよ」




照れくさいので、褒めちぎる。中途半端よりも、言いすぎなくらい言った方が恥ずかしくない。もちろん、言いすぎではない。おそらく優希先輩なら、大体着こなせると思う。




「そんなに褒めなくてもいいよ。この服はおばさんに選んでもらったの」




まだ会った事のないおばさんグッジョブです。




「それで……、どうしようか?」




優希先輩に聞かれる。確かにまだ本来集合時間ではない。




「その辺りを歩きましょう。せっかくですしね」




気恥ずかしい思いはしたが、単純に早く集合したから、優希先輩と過ごせる時間は長くなった。得である。






『あ、翔ちゃん、こんにちは』


『優希ちゃん、うちにも顔を出してくれて良いよ」


『翔君、この前はありがとうね』


『お嬢ちゃん、また皆でうちに来てね』




商店街を歩いていると、やたらと声をかけられる。




もともと両親の関係で知り合いが多かったのが、生徒会活動でさらに多くなり、優希先輩も、俺の知り合いに顔を知られることが多くなったので、結果的に俺も優希先輩も、かなり有名になってしまった。




「なんか、有名人みたいだね。道行く人に声をかけられるなんて」




「優希先輩は有名人ですよ。自覚を持ったほうがいいんじゃないですか?」




「それを言うなら翔君もだよ」




「そうですね、ははは」




「くすくす」




たわいもない話がとても心地いい。このままずっとしゃべっててもいいが、これではいつもとそんなに変わらない。




俺の予算はデートをするかもしれないと決まった日から貯金してなんとか6千円。キャベツ日を増やしたり、アルバイト先の廃棄を大目にもらってきたりして、節約したお金だ。俺にとっては大金だが、デートには心もとないお金ではある。慎重にならなくては。




「あ、翔先輩に元会長先輩」




そんなことを考えていると、幸助が俺たちの前に現れた。




「幸助、今日は家の手伝いじゃないのか?」




「はい、そうですけど。今日は違うところを手伝いにいくことになったんです」




「違うところ? おじさんついに支店を出すことにしたのか?」




「違います。この前行ったケーキ屋ですよ」




「ああ、あそこか」




「翔君? 堀田君と一緒に、ケーキ屋でデートしたの?」




優希先輩がちょっと困り顔で俺に聞いてくる。あ、これは何か勘違いしてるな。




「違います、ちょっと前に俺と幸助で、ケーキ屋のオープンの準備を手伝ったんです。必要なものの準備が遅れて、開店日に遅れそうだったんで」




もちろん、幸助とケーキ屋デートをするわけがない。




幸助のお父さんの親友が最近この商店街の近くにケーキ屋をオープンして、その手伝いをして欲しいと幸助に頼まれただけである。




その日はアルバイトがあったが、うまいことシフトの交換が成功したので、手伝ったのである。もちろんお金はもらっている。その日に現金でもらったので、ちょっと臨時収入みたいで、儲かった気分になっていた。




「そういうことか~」




「ええ、それにしても幸助。まだ人手足りないのか?」




「そんなことも無いらしいんですけど、まだ開店したばかりで、なかなか人が来てないらしくてですね。それでチラシ配りをやりたいらしいので、その手伝いです」




「なるほどな。実際味はうまいのか?」




「そうですね。美味しいですよ」




「優希先輩、ちょっと行ってみてもいいですか?」




「うん、今日は翔君のエスコートだもんね。任せるよ」




「あ、2人とも来てくれるんですか?」




「ああ、ちょっと様子も見てみたいしな」




俺が手伝ったのは家具や食器の準備までだったので、実際にケーキが入ったところは見ていない。どういう感じなのかが気になった。




それに、そこそこ舌の肥えている幸助が美味しいというなら味は間違いないのだろう。よく甘いものを食べている優希先輩ならケーキは好きだろうし。




「じゃあ、待ってますので、すぐに来てください」




「え、一緒に行かないのか?」




「何言ってるんですか。今日2人はデートじゃないですか。そこまで僕は野暮じゃありませんよ」




そう言って走っていってしまった。




「……行きましょうか」




「……うん」




顔見知りに改めてデートと言われると恥ずかしい。




お互いにちょっとテレながら、ケーキ屋に向かっていった。






「いらっしゃいませー、あ、どうもこんにちは~」




「や、元気そうだね」




俺はケーキ屋に到着すると、店員に案内されたが、その店員は俺が手伝っていたときに、顔を見たことがあり、あちらも俺のことを覚えていたようで、にこやかに挨拶された。




ちなみにこの店の名前は『シャンレー比良』という。西洋をイメージした店内は、まだ開店したばかりだから当然だが、とても壮観で圧倒される。


テイクアウト用のケーキがたくさんショーケースに入っていて、小さいがカフェペースもある。


飲み物もこだわっていて、コーヒー、紅茶だけでなく、ドライフルーツがたくさん入った、フルーツティーや、ハーブティーなど種類が多くて、それが示されるメニューはとても綺麗でおしゃれで、まるで別世界にきたようだ。




もちろん俺は女の子を連れて、自分の知っている店に連れて来たことなど今日が初めてであり、緊張は隠せない。






だが、優希先輩に気を使わせるわけにもいかない。堂々としていよう。




「今日はデートですか~?」




「ま、まぁそういうのになるかな?」




「いいですね~。じゃあこのお隣の美人な人が彼女さんですか~?」




「ま、まだそういう関係じゃない。先輩だよ」




「まだ? まだですか~。へ~。ではいずれはそういう関係になるのもやぶさかではないと?」




「そ、それよりも、今日は様子を見にきたんですけど、どうですか?」




この子はかなり強引な子のようだ。主導権を握らせると面倒な方向に向かいそうである。




「う~ん、いまいちね。やっぱりケーキって安くないから、なかなか冒険するのは難しいのかもね。テイクアウトは時々あるくらいかな?」




「この辺結構カフェみたいに落ち着けるところ多いですからね」




「でも今日はちゃんと店で食べてくれる人がいるから、私も頑張らなくちゃ」




「へ~、予約でもあったんですか?」




見たところ、テーブルの席に人が座っている様子は無い。




「何を言ってるんですか。さぁ、こちらへどうぞ」




そして俺は、席へ促される。




「へ? ああ、俺達のことか。そうですね。せっかく来たので、ちょっとお世話になります」




「はい、2名様ご案内~」




ここで何か買うかどうかは半々だったが、思ったよりもテーブル席が空いていたので、そのままお世話になることにした。


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