第9話 お酒とパイとパンとあーん
「う~ん、どうしようかな?」
とある日、校門の前に、優希先輩が頭をかしげていた。
「どうしたんですか?」
「あ、翔君。実はね、お酒を買いたいの」
「え? 先輩が飲むんですか?」
カリスマ生徒会長の裏の姿発見か?
「お母さんが誕生日なんだけど、お母さんお酒が大好きなの。だから送ってあげたいんだけど……、私未成年だから……」
「なるほど。しかも優希先輩目立ちますからね」
優希先輩は高校3年生としては顔以外は大人びているので、私服であれば買えないことはないだろう。
だが、それ以上に容姿などで目立ちまくっているこの人は、かなり世間から見られている。たとえば、偶然星野高校の生徒の1人にでも見られるかもしれない。そのリスクは彼女には無視できないことであった。
「通販とかで嘘つくのも嫌ですよね」
「うん、ちょっと悪いことをしてるみたいになるしね」
「じゃあ俺が手を貸しますよ」
「え! でも、翔君が買ってるところを見つかったら……」
「そこはいい手があるんですよ。裏技に近いですが」
『はい、それじゃあこれは1週間後に郵送しておくね』
そして無事に優希先輩の母親が好きなお酒を手に入れ、郵送もしてもらうことになった。
「すごーい。いったいどうやって?」
優希先輩はかなり驚いている。
「未成年はお酒を買えないって言われてますけど、正確には、『酒の販売店や酒を供する飲食店は、満20年未満の未成年者に未成年者自身が飲むことを知って酒を販売したり、酒を供してはいけない』なんですよ。ですから、相手が未成年でも、それをプレゼントするとかで、絶対に本人が飲まないことが確証が持てるなら、売ってもいいんです。ここの店長さんとは知り合いで、俺が酒を飲まないことは、知ってますから、売っってもらえると言うわけです」
『うちの店は、桂川君のアルバイト先と提携していて、それでよく顔を会わせているからね。十分信用できる』
そう、この酒屋は、俺のアルバイト先の飲食店がお酒を仕入れている場所であり、話好きのこの人とは良く話しているうちに、仲良くなったのである。
「それにしてもずいぶんと、美人さんを連れているね。真面目な苦学生かと思ってたけど、やることはやってんだな」
「おじさん、何言ってんですか!?」
話好きはこういうゴシップは大好きであり、おそらく俺の働く店の店長にも伝わるだろう。
その不安は初めからあったが、優希先輩が喜んでくれているのなら、これくらいのいじりは我慢しようと思った。
「なぁ、ちょっと相談に乗ってくれるか?」
「何だ?」
朝登校中に孝之と出会うと、藪から棒にそういわれる。
「俺はな、人間は2つに分かれると思うんだ。大きいおっぱいが好きな人と、それ以外に」
「時間の無駄なら聞かないぞ」
「そんなことを言うな、実はな、昨日九十九パイセンに、ロッキー山脈とアルプス山脈の頂上まで行って、そこからの写真を撮ってきてくれたら、胸を触らせてくれるって夢を見たんだ」
「仮に夢だとしても、ずいぶん突拍子も無い話だな」
「しかしだな、俺は山登りは所詮素人だった。1つ目のロッキー山脈の途中で遭難して、意識が朦朧としていった。その俺が意識を失う瞬間、一瞬だけ視界が晴れて、山が見えたんだ。その2つの山が全く同じ形で、まるでおっぱいに見えた。つまりはそういうことだ」
「ちゃんと聞いてたが、何のことか分からん。もう1度寝て夢の中で解決してくれ」
これだけの想像力があって、何でこいつは文系の分野が苦手なんだろう。
「う~ん、たまらんな」
「どうした?」
すると今度は唐突に前を見始めた。
「見てみろ。九十九パイセンだ。何かいいことがあったのかは知らないが、機嫌よく鼻歌を歌ってるぞ」
「ああ、すごくいいな」
スキップこそしていないが、足取りが軽く見える。とても可愛らしい。
美人で何でもできる人なのに、この愛くるしさが更に人気を高める。
「翔も分かるか。あの歩くたびに揺れているおっぱい……。俺は生徒会役員だから、九十九パイセンの近くを歩いても変に思われず、特等席で絶景をみれるというわけだ」
「お前の頭は胸のことしか考えられんのか?」
「男なら当然だろう?」
「あっ、翔君に森君、おはよう」
「あ、おはようございます。パイセン」
「お、おはようございます!」
胸の話をしていたせいか、やや挙動不審になってしまう。
孝之はえらい堂々としてるな。パイセンをおっぱい先輩だと思って言ってるのに後ろめたさとかないのか。
「翔君、この前はありがとね。お母さんすごく喜んでくれたよ」
いかん。優希先輩が近くに来て嬉しいんだが、孝之のせいで、胸に自然と目が言ってしまう。
「スケベ心を人のせいにすんな。素直になれ」
一瞬だけとがめるような目線を孝之に向けたらそういわれた。エスパーか。
「生徒会長はやっぱり頼りになるね。ああいうことは私じゃできなかったもん」
う、やましい心があるのに、面と向かって褒められると、恥ずかしさもあいまって照れる。
「ふふ、照れなくていいのに」
「照れてませんよ」
「そうですよ。こいつはパイセンのおっぱいにデレデレしてるだけです」
言うな!
「え……、翔君……そうなの」
優希先輩。腕で胸を隠すのはやめてください。優希先輩のボリュームですとかえって誇張されます。
他の生徒までちらちら見てるし。
ここはしっかりと否定して、信頼を回復せねば。
「せ、せ、先輩の胸にはきょ、興味なんて、ありませんじょ」
どもった上に噛んだ!
「ぜ、全力で否定されるのも、ちょっと複雑な気分かな……?」
いかん、気を悪くしたか?
「訂正します。やっぱり興味がないとは言えないです」
「…………」
「…………」
なんだこの空気?
「そっか……、翔君男の子だもんね。森君はちょっと極端かもしれないけど、普通だよね、うん」
「いや、パイセンくらい大きければ、みんな表に出さないだけで、俺みたいに思ってますって」
「お前はちょっと黙れよ」
孝之の発言で、周りでチラチラ見てた男子生徒が皆目を逸らしてしまった。
「翔君、男の子だからしょうがないと思うけど、変なところばかり見てると、女の子に嫌われるよ。せっかく生徒会長になったし、君は優秀なんだから、女の子はほっとかないと思うから。気をつけてね」
結局優希先輩にたしなめられてしまった。
普段あれだけセクハラ発言している孝之はお咎めなしで、俺だけ怒られるとか……。まぁ優希先輩に怒られるのはご褒美だけどな。
「まぁそれはそれとして、お母さんが喜んでくれたのがとってもうれしかったから。また困ってたら助けてくれる?」
「ええ、もちろんです」
「うんうん、ありがとう」
優希先輩が俺の返事によろこんで、首を上下に振る。
そして、胸が揺れる。俺に注意をするならば、多少は自覚もしていただきたい。
「? 何で目を逸らすの?」
悪いのはあなたです。
「今日は皆に差し入れがあります!」
その日の生徒会室にて、優希先輩が大きな袋を持ってきていた。胸のことじゃないよ。
「なんですかそれは?」
「パンだよ」
優希先輩が取り出した袋には、パンがたくさん入っていた。
「どうしたんですか? これ」
「ほら、ちょっと前に、生徒会でボランティアをしたでしょ?」
「ああ、ゴミ拾いをしましたね」
代々生徒会が行っている近所の掃除のボランティアである。俺達も、これまでの流れにのって、手伝った。
「それでね。そこのパン屋さんが、生徒会にってお礼を持ってきてくれて、私が偶然職員室を通りかかったから、そのままもらってきたの」
「へー。もらっちゃっていいんですかね?」
「別に問題は無いだろう。俺達は実際にボランティアをしたわけだし」
別にお礼が欲しくてやったわけではないので、少し申し訳なさも感じたが、確かに孝之の言うとおりか。
「わーい、あまりパンを食べることがないので楽しみです」
そういえば幸助は基本的に和食だったな。
「と、とっても、あ、ありがたいですね。私は後でいただきます」
真理亜はちょっと顔が引きつっている。ダイエット中だからだろうな。パンは食べづらいだろう。
「しかも焼きたてだよ。ふわふわだよ」
優希先輩にそういわれて、触ってみると、信じられないくらい柔らかかった。本来硬いはずのフランスパンですから、指が沈む。
「パンって……柔らかいんですね」
「翔君は焼きたてを食べたことは無いのかな?」
「俺はいつも固いパンを、オーブンとか、レンジで温めてたので、自然な状態で柔らかいパンというのは初めてです」
「……翔君、味わって食べてね……」
何か俺の発言でやや空気が重くなった気がしたが、俺は目の前のパンを食べることに精一杯で気を使う余裕は無かった。
正直これだけうまいパンを食べると、固いパンが今後食べれなくなりそうなので、控えたほうがいいだろう。
「あ、もう食べちゃったんだね。はやーい」
俺は真っ先に食べ終わり、準備されていた紙おしぼりで手を拭く。こういう気遣いがなされているのも、勇気先輩らしい。
「はい、とても美味しかったです」
「そっか~。よかったら私のも食べる?」
「え? 優希先輩食べきれないんですか?」
「うん、私そんなにたくさんは食べられないし、夕食にも響いちゃうから」
「では、ありがたくいただきます」
そういって俺は優希先輩からパンを受け取ろうとする。
ちなみに、席の配置は、生徒会室の入り口から見て、左手前が副会長、左奥が会長、右奥が会計で、右の手前が書記である。
つまり、今期の生徒会の位置は、俺から見ると、右隣に真理亜、正面に幸助、右の対面に孝之がいる。
ところで、この机の配置では、優希先輩の居場所がないと思われるが、ちゃんと申請したので、少し小さいが椅子と机が準備されている。位置としては、会長と副会長の間。つまり俺と真理亜の間に座っている。
よって、俺のすぐ右には、優希先輩がいることになる。座ったままでパンを受け取れる距離だ。
「はい。あ~ん」
「!?」
ところが。優希先輩は俺にパンを渡さないで、自分の口をつけた部分をちぎって、机に置くと、残ったパンを小さくちぎって、俺の口元に持ってきた。
「ゆ、優希先輩、何を?」
「え? だってもう翔君は手を拭いちゃったでしょ。また汚れるのもよくないしね。あ~ん」
「あ、あ~ん」
まだいくらでも断れる要素はあったが、そのまま従った。そりゃそうでしょ。
ぴとっ。
あ、優希先輩の指が俺の唇に思い切り当たった。はずっ。
「美味しい?」
「は、はい」
正直味とかよく分からん。
ニヤニヤ。
ニヤニヤ。
ジェラシ~。
前方の2人からは、茶化すような冷やかすような目線。右からは、憎悪の目線を感じた。
「お姉さま! 私も今食べます!」
「そ、そう? やっぱり焼きたてがいいもんね?」
そういいながら、優希先輩は先ほどちぎったパンを口に入れる。
優希先輩は間接キスになることを気遣ってちぎってくれたのだろうが、俺の唇に触れた指でパンを食べたら、結局同じというか……、むしろ間接キスより恥ずかしい。
「翔先輩? 僕のもよければどうぞ!」
幸助も俺にパンをくれた。あ~んしてもらった。ああ、役得役得。
「俺はパンをあ~んしてもらったことよりも、パイが近くにあったことの方がうらやましい。あのふっくらとした2つのパイを。はっ、確かパイセンはこのパンを胸に抱いて持ってきたな。と、いうことは、このパンはパイセンのパイにくっついていたということになるから、そのように考えれば……」
孝之は何か変なことを言っていたので無視した。
「お姉さま! 私にもあ~んをお願いします!」
「う、うん」
「ああ、お姉さまにこんなことをしてもらえるなら……、2キロや3キロくらい太ることなんか気にしないわ……」
ちなみに、この数日後、本当に少し太ってしまい、後悔の念に襲われる真理亜を生徒会室で見ることになる。
きっと幸せ太りだからいいよね。
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