第8話 お嬢様の前に現れし難敵
山田真理亜は優秀である。
小さい頃から才能にあふれて、結果を出し、そのための努力を惜しむことは無かった。
元々頭も良く、その上努力もするので、他の人間は太刀打ちができなかった。
加えて、山田家は資産家で裕福。クォーターの血を引くため、薄めの金髪に、ブルーの瞳という、外国人特有の特徴を持ちながら、顔立ちは日本人と欧米人のいいところだけを取り、まるで芸術品のよう。
ここまで、完成されていると、相手をしようという気もなくなる。
周りの人間は、クォーターだから、お金持ちだから、頭のできか違うから。
いろいろな言い訳を見つけて、彼女に対抗しない理由を作る。
人間というものは、努力ができる生き物なのに、基本的には努力が嫌いな生き物だ。
だから基本的に努力をしなくてもいい理由を探してしまう。特に、その努力の方向が分からなかったり、目標が高すぎれば尚更だ。
真理亜の存在は、それだけで周りの努力させる気を失わせるものであった。
そんな彼女は、常に1位をとり続けながらも、徐々に頑張る目標を失い始めていた。
努力しなくても1位を取れるのなら、努力は何のためにしているのだろうと。
真理亜はそのまま高校生になり、最初の1、2年生の合同のテストも当然1位であると思っていた。
「うそ……」
彼女の青色の瞳が大きく揺れた。
彼女のテストの成績は2位。このテストは1、2年生合同のテストで、明らかに2年生が有利なテストであり、それで2位というのは十分すぎるほど高い点数である。
それでも真理亜にとって、久々の1位以外の成績。衝撃はかなりのものであった。
「いったい誰なのかしら?」
成績表には、全体の順位と、学年ごとの順位が渡されるが、誰がどの順位かはわからないようになっている。
テストの成績を張り出すというやり方は、基本的にはあまり効果が大きくないので実践されていないため、自分以外の成績を知るためには、お互いの情報交換しかない。
「1年生では1位だったから、間違いなく2年生ね。でも入学してすぐじゃ、2年生に知り合いはいないわ……」
まずそもそも、高すぎるレベルと、ややきつい性格が災いして、友人関係が希薄な彼女には、情報交換などという高度なことはできないのだが。
その後すぐに、生徒会役員選挙が行われた。
彼女もこの時点で、出馬の権利は持っていたのだが、そんなことを考える余裕は無かった。
生徒会役員が成績上位者しか立候補できないということであれば、候補者の中に1位が居る可能性も高いということで、体育館での演説をしっかり聴いていた。
会計、書記と終わり、会長に立候補した生徒が次々に演説を行い、最後の1人となった。
『皆さんこんにちは、2年生の九十九優希です』
その瞬間になんとなく真理亜は察した。今壇上に立っているその人が、1位の人であると。
なんの根拠もない。ただ、間違いなく努力をしている人間の顔つきやオーラを感じたのである。
その九十九優希という生徒は、圧倒的多数で生徒会長に当選した。しかも、1年生から成績1位をキープし、生徒会に参加していたとまで言う。
彼女にとって、はじめて自分よりも優れていて、努力をしている人間との出会いであった。
「九十九先輩……、すごく気になるわ」
その日から、彼女の空き時間は優希のストーキングになった。
毎日毎日彼女をつけまわして、研究し続けた。
「どうかしたの? 私に何か用かしら?」
そのような日を続けたところ、優希が真理亜に声をかけた。
「は、はい?」
「あなたは、山田真理亜さんね」
「ご、ご存知なんですか?」
「ええ、1年生にとっても可愛らしいクォーターの子がいるって、2年生の中でも有名よ。髪も綺麗で素敵……。お友達になってくれないかしら?」
そして、お姉さまは私の髪を優しく梳いて、微笑んだわ。
「わ、私と……、どうしてですか!?」
「あなたに興味があるからでは……駄目かしら」
キュン!
「きゅん」
つい心でも口でもきゅんと言ってしまうほどお姉さまの言葉は威力があったわ。
「わ、私も九十九先輩に興味があります! ずっと1位を取られていて、すばらしいと思います!」
「ふふっ。嬉しいことを言ってくれるわね。でもその前に」
「えっ」
そう言ってお姉さまは私の首元に手をかけて、タイを直してくれたわ。
「まずは身だしなみから。いくら成績がよくても、それじゃ駄目よ。何かあったら相談に乗ってあげるから、頑張ってね」
そしてお姉さまは天使のような笑顔で……」
「タイム!」
「何よ。まだ全然序章なのに」
「何か途中からおかしくなかったか?」
真理亜の話は、はじめ説明が分かりやすかったのに、急に主観の入った話になってきて、しかも明らかに違和感があった。
「そうかしら? 確かに私にしては恐ろしいほどチョろくお姉さまになびいたとは思うけど、それはお姉さまを間近で見たから……」
「それもそうなんだが。優希先輩のキャラが違わないか?」
「それはあなたが、本当のお姉さまを知らないからよ」
「そんな先輩なら俺は知りたくない」
おっとりしているが、あのような砂糖でも吐きそうな甘いせりふを言う人ではない。
「それから私はお姉さまに……」
「続きあるのか?」
「あなたが話を振った以上は聞きなさい」
それからというもの、お姉さまは私を気遣って、毎日のように顔を会わせてくれたわ。
道端で転びそうになれば、側にいてくれて、助けてくれたわ。
「ああ、すいません。また九十九先輩に迷惑をかけて」
「気にしなくていいよ。私は先輩でお姉さんなんだから頼って、えっへん」
お姉さん……、お姉さんだから頼る……、お姉さま……を頼る。お姉さまと呼ぶ……。
「お姉さまとよんで良いですか?」
「ええ、もちろん」
「ああ、お姉さま……」
「本当に優希先輩がそんなこと言ったのか?」
「何よ。お姉さまを疑うの?」
「いや、あの人案外調子に乗りやすいから、えっへんくらいは言うと思うんだが、お姉さまと呼ばれるのを2つ返事で許容するとは思えないんだが」
優希先輩は、あれだけしっかりして頼られている割に、頼られておだてられるとけっこう調子に乗る。それで調子がよくなって更に作業効率が上がるというインフレスパイラル。
「そこは、お姉さまとの関係の違いよ。あなたもお姉さまって呼びたいって言えば?」
「嫌だよ。年上の女の人をお姉さまって呼ぶのは、育ちのいい家の弟か妹か真理亜みたいなやつだ」
「私をそこらのお嬢様と一緒に居てもらっちゃ困るわ。私のお姉さまへの愛は、そういう邪な概念じゃないの! あなたも想像して見れば良いわ。尊敬できる男の人のことを」
想像して見る。
孝之だと……?
「好きとか嫌いとかはよく分からない……、だからとりあえず胸に飛び込んで来い!」
おぇぇぇぇ…………。
考えるんじゃなかった。
「多分だけど、考える相手が間違ってるわ」
真理亜が俺の顔を見てあきれながらいう。
ということは幸助か……。
「僕……、翔先輩なら……いいですよ……?」
…………。アリ? ギリギリセーフ?
「うふふ、その顔を見る限り、まんざらでもなさそうね。じゃあ話を続けるわよ」
お姉さまは私を助けるためなら、身を挺してでも助けてくれるわ。
「きゃっ」
私は獰猛な犬に吼えられて、噛まれそうになったの。
「下がりなさい! 私の大事な真理亜に手を出したらただじゃおかないわ!」
そこにお姉さまが現れて、私を助けてくれたの。
「あ、ありがとうございます!」
「怪我はなかった」
「はい、おかげさまで」
「よかった……、私の大事な真理亜にもしものことがあったら……。うっ……」
「泣かないでお姉さま……」
「もうそろそろいいか?」
「せっかくいいところなのに?」
「もうおかしいところしかないぞ。確か優希先輩は、真理亜を真理亜ちゃんって呼んでるし、もう完全にキャラが違うし」
「いいのよ。私にとってのお姉さまはこういう人なんだから」
「まぁ根本的には間違っていないからな」
優しいところとか、ちゃんと後輩の名前を覚えているところとか、困っているところを助けるところとかは間違っていない。ただその内容が気になる。
恋は盲目とでも言うのか。はたから見るとシュールであることこの上ない。
「ところで、1番を目指す話はどこにいったんだ?」
自分より優れているところを気にしていたはずなのに、かなり早い段階で話が変わっている。
「お姉さまは私にとって初めて尊敬できる人よ。あの人は憧れだから、私より上にいることは当たり前なの」
「ふーん、そっか」
「そしたら、今度はあなたが出てきたわね……」
「は?」
優希先輩の話をしている間ずっと機嫌がよかったのに、急に空気が変わった。ヒススタート。
「お姉さまが3年生になって、最初のテスト。私は1年生の間お姉さまに次いで2位。だから、テストで1位をとれるはずだったのに、また2位。しかも前までは、お姉さまの次だから、1年生の中では1位だったのに、今回は本当の意味での2位よ……」
「それくらいで……」
「しかも、お姉さまと何か親しげで、お姉さまから男の子で唯一名前で呼ばれてるでしょ?」
「気にかけてもらってるからな」
「ぜったいにあなたを次は負かしてみせるから! お姉さまならまだしも、同学年の人に2回負けるなんて、私のプライドが許さないわ!」
「ごちそうさま。早く食べないと昼休みが終わるぞ」
「え? あー!」
真理亜が話している間も俺は食事を進めていたが、真理亜はほぼずっとしゃべっていたので、食事が進んでいない。そして、昼休みは後5分である。
「それじゃ、邪魔したな」
後ろから何か聞こえてきたが、俺には何も聞こえなかったことにした。
ちなみに、今回の真理亜の話を優希先輩に聞いてみたところ、やはり真理亜の妄想であった。
真理亜は確かにその容姿で、もともと有名で、そんな子が自分をつけてきてることが気になって、声をかけただけで、その後も、優希先輩のストーカーをしているうちに、足元がお留守になって、転んでしまったり、そして、犬は小型犬だったらしい。真理亜がただ犬が苦手なだけだった。
要は、真理亜の優希先輩自慢は、真理亜の失敗談で、真理亜は比較的優希先輩に迷惑をかけていることが分かった。
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