第7話 昼食を食べる

「孝之がまさか休みだとは」




その日孝之は休みであった。




幸助も1年生のオリエンテーションで今日は14時くらいまで学校外。昼食の問題が発生した。




しかも運の悪いことに、今日は昨日アルバイトで持って帰ってきた白飯の量が少なめで、朝の時点でなくなってしまったので何もない。




「仕方ない。あの手を使うか」




俺は学食に向かう。




この学校には、そこそこお金持ちな人もいるが、俺のような苦学生も少なくない。




そんな苦学生のための、優しいシステムがある。




何か1品でも頼むと、キャベツが取り放題になるというものだ。




もともとは野菜摂取の不足が目立つ学生のために作ったお代わりのシステムである。




これは人の心理だろうが、どれだけとっても同じ値段と言われると、人間たくさん食べないと損した気分になるものだ。




この作戦は成功し、キャベツを大目にとるようになり、栄養のバランスがよくなった。




そして、これを利用して、ご飯とキャベツだけで、わずか100円で満腹になることができるのである。(ご飯100円。単品では最も安い)




あまり何度もやると注意される。というか、実際にやりすぎて注意されたことがあるので、ほどほどにしている。




ちなみに、この学食は、食券制度ではなく、お盆を持って、カウンターにおいてある食べ物を順番に取っていき、それをレジで清算するシステムを取っている。ご飯や汁物だけは、その場で頼むので例外だが。




ついでにいうと、キャベツはカウンターの1番最初にあり、それを山盛りについだ後、こっそり山盛りのキャベツの間に、コロッケやらから揚げやらを頑張ってねじ込めば安く食べられる。(犯罪です。もちろん俺はやってない)




「おっ。生徒会長、今日もキャベツ定食かい?」




キャベツとご飯をやる生徒はそこまで多くないので、学食のおばちゃんにも顔を覚えられやすい。




普段キャベツ定食をやる日は、学校に行く前から決めているので、おにぎりやおかずを持ってこないので、ご飯とキャベツだけを食べるから、キャベツ定食なのである。




「はい、いつものでお願いします」




「はいはい。ほいじゃあ100円ね」




俺はお金を払って、席を探す。




ちょっと出発が遅れたせいで、まぁまぁ席が埋まってしまっている。




「翔君。どうしたの?」




俺がお盆を持ってうろうろしていると、後ろから声をかけられた。




「あ、優希先輩? 珍しいですねここで会うのは」




俺が学食に来るのは、まかないの余りが無かったときとか、今日のように孝之がいないとき。




そして、優希先輩も普段は教室で友人と弁当を取っているので、学食で会うのは初めてだ。




「3年間ずっと学食に来ないのもどうかと思ってね。生徒会活動をお昼にやってることも多かったから、これなかったけど、いい機会だから来てみたの。それより、翔君のそれは……?」




「ああ、キャベツですよ。これでお腹いっぱいになります」




「そ、そうなんだ……、大変だね」




「あ、こればかり食べてるわけじゃないですよ。普段はちゃんと孝之からもらったり、まかないの残りを食べたりしてますから」




「そ、そっか」




『おーい、優希? 何してんの~?』






「ごめん、すぐ行くから~。ごめんね呼び止めて」




優希先輩はその場を去っていく。




一緒に食べようとか言われたらどうしようかと思ったけど、そんなことは無かった。




まぁ誘われたほうが逆に困る。俺にも準備というものがある。




「よっこいしょ」




というわけで開いている席を見つけて座る。




「ちょっと」




「ん?」




「何でそこに座るのかしら?」




「別にこの学食には1つも指定席は無いだろう?」




俺が座った席は4人ほど座れる最も学食の奥に位置する席。




ここの席に座っていたのは1人であり、その1人が他人であったとしても、向かい側の横の席に座るくらいなら文句は言われないだろう。




ましてや、一応顔見知りならなおさらのはずである。




「暗黙の了解ってものがあるでしょ。会長ならそれくらい空気を読んでよ」




そこの椅子に座っていた生徒は山田真理亜であった。




真理亜はこのきつめの性格が災いしてか、友人が多くない。いないわけではないが。




昼食を取るときに、この席を利用することももちろん知っている。




この席が空いてるのを知っていたので、ここに来たのである。




「まぁいいじゃんか。別に話しかけるわけでもない。食ったらすぐどくから。どこも空いてないんだよ」




「ふん、勝手にすれば」




なんだかんだで追い出そうとしないところは、最低ではないんだよな。




「真理亜はなんでいつも1人で飯食ってんだ? 友達いねーのか?」




「余計なお世話よ。話しかけないって言ったじゃない」




「そうだが、純粋な疑問ってやつだ。今までならそれでもよかったが、今後は生徒会活動を一緒にやっていく関係になるんだから、多少はお互いのことを知る必要はあるだろう」




「そんなことはないわ。あくまでも仕事上の付き合いでしょ。私が何をしてても、あなたには関係ないわ」




「質問くらいいいだろ」




「嫌よ……って何その山盛りキャベツは!?」




いまさらかよ。どれだけこっち見てなかったんだ。




「真理亜だって、対して変わらないだろう」




真理亜が食べているのは、デザートのフルーツとサラダのみ。メインもご飯も見当たらない。




「違うわよ。これは……」




「ははーん。まさか真理亜……」




「くっ」




「お腹を壊しているな」




「全然違うわよ! ダイエット中なの! ダイエット!」




真理亜が立ち上がって突っ込みを入れてくる。




「おちつけ」






「まったくあなたはデリカシーってものがないの。会長なんだからもう少し発言を考えて」




「おちつけって。真理亜の声が大きすぎて、学食がシーンってなってる。副会長ならもう少し公序良俗に考慮した音声で話せ」




真理亜の声は高くて通りやすいが、怒っているときはそれがさらに顕著になる。ヒステリック状態でのソプラノボイスは、耳にキーンとなりやすい。




「全く。ゆっくりと1人で食事させて欲しいものだわ」




「何で1人で食ってんだ?」




「1人でいるのが楽だからよ。今は馴れ合いをしている場合じゃないわ。あなたに勝たないといけないから今は目の前の目標の邪魔になる人は、いらないわ」




「優希先輩はいいのか?」




「お姉さまは別よ。私に新しい世界を教えてくれた人だもの」




「何でそんなに優希先輩を慕ってんだ?」




「そうね……、生徒会会長としてやっていくあなたには、お姉さまのすごさを知っていてもらう必要もあるから、教えてあげるわ。そして、会長としてのプレッシャーに苦しみなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る