第6話 一緒に……。

「なるほどな~」




「結構前から知り合いなんですね」




俺の話を聞いて、孝之と幸助はうなる。




「本当に優希先輩には感謝してますよ。あの出会いがなければ、就職をしないにしても星野高校みたいな優秀な高校に合格するのは難しかったと思います」




「うん。連絡先を交換しなかったから、1年間会えなかったけど、信じてたよ」




「驚きましたよ。まさか覚えててくれたなんて」




俺は入学式当日に、優希先輩を探したのだが、なかなか見つからず、その後の入学式で彼女が生徒会長になっていると知った。




その後、下校する直前に優希先輩のほうから声をかけてくれたのである。その時の視線は実に痛かったが。




そしてそのときに、先輩は俺を名前で呼んでくれたのである。だから俺も優希先輩と呼んでいる。




1年学年が違う上に、容姿端麗成績優秀な生徒会長が相手では、なかなか話したりすることはできなかったが、優希先輩の通う学校に一緒にいられて、時々話してもらうだけで幸せであった。




「本当に頑張ったんだよね。高校生になってからも、朝からアルバイトをして、勉強して、またアルバイトして、すごいと思うよ」




「そして会長になってついにアルバイトをしなくてもいい、学園生活のはじまりはじまりです」




もともと奨学金に助けられてはいたが、会長には、さらなる学費免除および減額の制度があり、実績によってその額は決まる。ただの学園生活と侮ることなかれ、学校に恩恵をもたらせば、その分の対価は受けられるというわけだ。






「もう遅くなったから帰ろう? 皆今日はありがとね」




優希先輩の声かけで、皆が席を立って岐路につくことになった。






「じゃあな」


「また明日よろしくお願いします」




校門を出てしばらく経ったところで、孝之と幸助とは別れる。




この2人と俺は帰り道が途中で分かれるためだ。




逆に俺の家と優希先輩が暮らしている家は方向が同じというか、星野高校から俺の家の帰路に、優希先輩の家がある。それを知っていれば、受験シーズンでも優希先輩に会っていたかもしれない。




「本当に夢みたいです。優希先輩と一緒に生徒会活動が少しでもできるなんて」




「そんな、大げさよ。私は別に生徒会役員じゃなくても、後輩の翔君を嫌ったりしないわ」




「本当はもっと優希先輩と一緒にいろいろやってみたかったです。俺がもっと頑張っていれば、真理亜みたいに生徒会役員として、優希先輩と一緒に過ごせたのに」




星野高校に無事合格できたとは言え、やはり1年間の付け焼刃と、きちんと勉強してきた人との差は大きかった。




1年生初めのテストは400人中230位、40位以内に入れば生徒会役員として立候補ができて、優希先輩がその活動を一緒にできると知ってから、勉強を頑張ったが、1年生後半は惜しくも50位。




そこから頑張って今回の2年生前期のテストは大躍進の1位。




俺の1つ上、つまり優希先輩の世代は優秀で、その世代が抜けて、まだ入ったばかりの1年生が圧倒的に不利なテストとはいえ、1位になれたのは嬉しかった。




ちなみに真理亜は2位、2位、2位とかなり優秀。俺が真理亜を抜けたのは、真理亜の勉強時間を偶然知る機会があり、それ以上に勉強したからである。




自分より優秀な人の成績を抜く方法は簡単である。その人よりたくさん勉強すれば良いのである。




「俺、もっと先輩と一緒に学園生活を過ごしたかったです」




1年生の間は、勉強、アルバイトに明け暮れていてあまり学生らしいことはできなかった。




今年は優希先輩は受験シーズンでもあるし忙しくなるだろうから、結局一緒に活動をするのなら、1年生の間に生徒会役員にならなければならなかった。




それができなかったことが残念で、ついそうこぼしてしまった。




「翔君……」




「す、すいません。優希先輩にこんなこと言っちゃって」




「ううん。私のことをそこまで思っててくれるのは純粋に嬉しいから。真理亜ちゃんもそうだけど、これだけ慕ってくれる後輩がたくさんいるのって幸せだと思うから、その思いには何か返してあげたいなって思うの」




「優希先輩……」




本当に優しくて憧れる先輩である。その言葉だけで十分であった。






「ふぁ~」




朝目が覚める。俺は1人暮らしなので誰も起こしてはくれない。




星野高校に合格が決まったのとほぼ同じくらいのときに、父親の転勤が決まった。




家事が全くできない父親を単身赴任させることはできず、母親もそちらについていった。




元々家は借家だったので、引越しの手間はなかったが、あまりにも急で寮は既に満室になってしまったので、急いで探したところ、月2万円のかなり安価な借家を見つけることができた。




俺はそこで1年生から1人暮らしをしている。




「さてと、あ、抹茶の饅頭とお茶があったな」




いつもどおり朝食に幸助からもらった饅頭とお茶を軽く朝ごはんにして、昼の準備をする。




昼は孝之便りか、バイト先のあまりもの便り。




中学までは、孝之に頼らねばなかなか昼食を満足いくまで食べられなかったが、高校になってからはじめた飲食店の仕事で、毎回余り物を持ち帰ってよいのでそれを主食にしている。




22時まで営業している飲食店なので、21時にはラストオーダーとなり、その時点で期限切れの食材は廃棄となるためだ。




特に余るのが、サラダとお米。




サラダは、キャベツのサラダ、大根のサラダ、レタスのサラダの3種類あるのだが、なぜか日によって出る数にばらつきが大きいので、どれか1個は大抵期限切れする。




お米も無くなると炊きなおすのに時間がかかり、炊けばいいお米を経費で買うと店長の自腹になるらしく、かなり多めに炊くので、大抵余る。




店長より上の人の意向で、余ったご飯の日をまたがせたり、冷凍するのは禁止なためこちらも余る日はかなりあまる。




その他偶然余ったものを頂いたり、サラダのように持ち帰れないものはその場で食して晩御飯にする。




生徒会活動をするようになっても、平日2~3日、休日2日の週4、5日くらいは入っている。




現在店に19時以降入れる人が少ないこともあり、18時か19時いりの22時上がりでも構わないということで、店長には融通を聞かせてもらっている。




そして余ったご飯は冷凍して、必要な分をレンジで解凍して、具を入れておにぎりにする。




それが俺の昼食になるのだ。




具と言っても凝ったものは入れられないが、最近のお気に入りはツナマヨ風おにぎりだ。




ツナの代わりに鰹節を使って、しょうゆとマヨネーズを混ぜるだけのお手軽安価メニュー。割とうまい。




そんな準備をして、俺は学校に向かうのである。






「しまった、早かった」




まだ朝のアルバイトの癖が抜けていなかった。夜しかアルバイトしてないのに。




朝のアルバイトをしているときは、そのまま学校に向かっていたので、つい同じ感じで動いてしまった。




まだ授業開始まで1時間以上ある。






「……生徒会室にでも行くか」




特にそうする意味は無い。だが、教室に行っても誰もいないし、いきなり俺が教室にいたらいつも最初にいる人が驚くだろう。




別にそれくらいならいいのだが、ただ俺が気にしすぎなだけである。




星野高校は大きく分けて2館ある。




普通の教室や職員室がある東館と、部活棟がある西館である。




生徒会室は西館の最上階にあるので、階段をせっせと上がって向かう。




「ん?」




階段を登っていくと、上から同じように階段を登る音が聞こえてきた。




西館は1階から3階までが部活のもので、最上階である4階には生徒会室と倉庫しかない。




3階までは朝練をしている部活動の生徒と会うこともあったが、4階にこの時間に上がる用事がある人はいないはずである。




俺が3階まで登っても、まだその音が聞こえてきたので不審に思った。




「生徒会室が開いてる?」




生徒会室のカギを持っているのは、生徒会長と副会長と、職員室にある3本のみ。




副会長の数少ない特権が会長代理なので、カギは常時持っていることになるのだ。




つまりこの時点でカギが開いているということは、大体中にいる人の予想はつく。




「桂川君?」




中にいたのは、2期連続生徒会副会長、山田真理亜であった。




「真理亜、何してんだ?」




「て、手遅れだったわ……」




真理亜が適当な椅子に腰掛けて、机につっぷす。




「何かあったのか?」




「……生徒会室が綺麗になってるじゃない」




「まぁ俺が昨日やったからな」




「私がやろうかと思って、苦手な早起きをして真っ先に来たのに……」




よく見ると、真理亜の足元には、箒やらバケツやらいろいろ掃除道具があった。




「おねえ様に褒めてほしかったのに……ブツブツ……」




「な、なんか気を落とすなよ……」




「悔しくなんか無いんだからね! 次は私が出し抜いて見せるんだから!」




落ち込んでたと思ったら、今度は怒り出して生徒会室を出て行ってしまった。何か真理亜だけ、空気感がちがうんだよな……。まぁいっか。




そのまま授業開始まで、生徒会室でのんびりしていた。実に静かで居心地がよかった。






「うん、皆これで大丈夫だね。明日から生徒会をよろしくね……」




その日の生徒会で、優希先輩が俺達に頭を下げた。




完全に引継ぎが終わり、優希先輩の仕事は終わった。明日から優希先輩が生徒会室に来ることはない。




「お、お姉さま……」




「何かな? 真理亜ちゃん」




「私にとって、お姉さまは憧れでした。ずっと1位だけをとっていた私に、初めて上を目指すことの大変さを教えてもらって……、そんなお姉さまが生徒会で頑張っているって知って、役員に選ばれて、お近づきになれて……、とても楽しかったです……」




「うん、ありがと。私なんかを目標にしてくれて嬉しいよ」




「でも……。1学年違う私が、半年でも一緒に頑張れただけでも、他の3人よりも、他の生徒よりも、恵まれてることは……、分かってますけど……。もっと先輩と一緒にいたいです!」




プライドの高い真理亜が途中から涙を流しながら、優希先輩にそう言った。




空回りや暴走をしてしまったりするけど、本当に真理亜は優希先輩を尊敬してるんだな。




その光景に俺も少し泣きそうだった。




「俺もパイセンと一緒に頑張って見たいですね」




孝之も乗る。ちょっと言葉のイントネーションが気になったが、孝之も優希先輩とともに活動したいようだ。動機は別として。




「僕ももし居られるなら、是非是非ですね。4人より5人の方が楽しそうですし、副会長さんの暴走を止めやすそうですし」




「皆……、翔君、翔君はどうかな?」




泣いている真理亜を胸に抱きながら、俺の方を優希先輩を見る。




他の3人が意見を言ったのだから、俺も何も言わないわけにはいかないか。優希先輩からのご指名だし。




「……、俺は優希先輩がいなかったら、この高校どころか、高校に来ていたかも分かりません。そして、あなたと一緒の高校に来て、あなたが生徒会にいたから、生徒会を目指してまた頑張りました。優希先輩は、常に俺の頑張る目標でした。今まではそれでも十分でした。でも、生徒会の会長になれて、引継ぎの間、ずっと憧れで、1年生先輩だったので、距離のあった優希先輩が近くに居て、俺は優希先輩と、もっと一緒に高校生活を共有したいと思ってしまいました……。ですから、ワガママを言わせてもらうなら……、俺も優希先輩ともっと一緒に生徒会活動がしたいです……」




真理亜ほどの号泣ではなかったが、俺も途中から涙声だったと思う。




情けないが、優希先輩と俺の関係は1学年違い、部活動や委員会でも絡みがあるわけではないので、すれ違った際に話してもらう程度だった。




もちろん、全校生徒から憧れられる優希先輩に、名前で呼ばれているだけでも十分すぎるほどなのは分かっている。




だが、1度近い距離で優希先輩と過ごすことを知ってしまったら、別れが辛くなってしまった。




優希先輩がどこの大学に行くのか、そもそも就職するのかは分からない。だが、高校と違って、合わせるともなれば難しいし、仮に合わせられても、ストーカーみたいになってしまう。




だから、この高校の残り1年が、優希先輩と自然に同じ時間を共有できるチャンスなのである。




そう思ったら、優希先輩を困らせると分かっていても、引き止める言葉が止まらなかった。




「みんなありがとう。これで、決心が決まったよ。じゃあこれからもよろしくね♪」




「「え?」」




俺と真理亜がきょとんとする。




「はい、パイセン、お願いします」




「まだまだ教えて欲しいことはたくさんありますから、よろしくです」




だが、孝之と幸助はすごく自然に優希先輩の発言に答えていた。




「ちょっと待て、どういうことだ?」




真理亜がポカンとしたままなので、俺が質問する。




「えーとね。この学校の生徒会は、成績上位者で決めるから、どうしても2年生が多くなるのは分かるよね」




「はい」




「それだから、1年生が役員になれなくて、前期の生徒会役員が、生徒会経験のない2年生だけになっちゃうことも、しばしばあるの。だから、それをサポートする、相談係というか、マネージャーみたいな役職を臨時で設けられるんだ」




「はぁ」




「それができるのは、前職が副会長以上の人が1人だけで、その人の立候補と、現職の役員全員の賛成が必要になるんだ。本人がやりたくないのに、無理強いはできないし、自分達だけで頑張りたいって子もいるからね」




「つまり、優希先輩が立候補して、俺達全員が賛成すれば……」




「うん、私は相談役って形で生徒会活動のサポートをできるんだ」




優希先輩の言った言葉を、俺は1つ1つかみ締めていた。つまりこれは。




「優希先輩と……、生徒会活動ができるってことですか……」




「うん、だからよろしくね。翔君」




優希先輩はウインクをして俺にそう煎った。




俺は優希先輩を心配させまいとして、我慢していた悲しみの涙を我慢できずに流してしまった。これは、喜びの涙だが。




「はいはい、会長泣かない」




「翔先輩、よかったですね」




そんな俺を孝之と幸助が気を使って、優希先輩から隠してくれた。




「おべえざば~」




そして、優希先輩の胸にいた真理亜は、更なる号泣状態だった。




何はともあれ、これで今シーズンの生徒会は、5人で行われることになったのである。

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