第3話 優希先輩のお仕事

「あ、こんにちは。優希先輩」




次の日に、生徒会室に行くと、既に優希先輩がいた。




「あ、翔君、こんにちは」




「優希先輩? 何してるんです? 引継ぎは昨日大体終わらせたでしょう?」




「うん、ちょっと残った資料を軽く整理しようかなって思って」




「それくらいなら俺達がやりますよ。今日はその集まりで皆ここに来ますよ」




「そうなんだけどね。やっぱり2年間もずっといたから、なんとなく離れると寂しくなっちゃってね……。だったら、できる範囲のことは手伝ってから去ろうかなって思ったの」




「そうですか……、でも俺達も手伝いますよ、皆来たら一緒にやりましょう」




「うん、じゃあいっぱい頼んじゃうね」






その後全員が集合して、2番目に来た真理亜が俺と優希先輩の2人きりにまた怒ったり、幸助の毒舌に真理亜が怒ったり、いきなり入ってきて早々、大きなボールが4つあるとかセクハラで始まった孝之の登場に真理亜が怒ったりしながらも、作業が始まった。真理亜怒ってばかりだな。




「悪い、ちょっと今日は家の道場に顔出さないといけない日だから、ここまででいいか」




「ああ、十分だ」




「僕もすいません、実家のお手伝いをしてこないと……」




「大丈夫だ。あとは任せとけ」




「ごめんね、私から言ったのに、今日は進路説明会があるから私も一旦離れないと……」




ある程度作業を片付けた時点で、孝之、幸助、優希先輩が用事のために離れなければならなくなった。




「後のことは私に任せてください!」




真理亜が元気に優希先輩に向かって言う。私達ではなく私と言う点は気になるが。




「じゃあお願いね」




「悪いな」




「すいません」




そう言って、3人が外に出て行き、真理亜と2人切りになる。




「…………」




「…………」




特に会話もなく、黙々と作業をする。




俺が真理亜をファーストネームで呼んでいるから仲が良いのかと思われがちだが、真理亜は自分の苗字があまり好きではなく、そう呼べと言われただけだ。特に仲がよかったわけでもない。




2人きりだと特に話すことも無いので、基本的に騒がしかった生徒会室がとても静かになった。




「ぶー」




「……」




「むー」




「……」




「んー」




訂正。ちょこちょこやかましい。




「何? 何でこっちをめんどくさそうに見てくるの!?」




「何で怒ってんの?」




「怒るわよ!」




「いや何で?」




本当に意味が分からない。ヒステリックを通り越して、ミステリックになったのか。




「だって、あなたと2人……きり……で……」




「え? 2人きりだから怒るの? そんな2人きりを意識させるようなことを言わないでくれよ……」




俺はそこまで女性の友人はいない。ヒステリックだが、器量のいい真理亜と2人きりを意識されるとちょっと緊張する。




「あなたが2人きりって言ったんでしょう!」




「いや、言ったのは真理亜だよ」




いかん、思いのほか混乱している。




「別にいまさら2人きりを意識しなくても、生徒会メンバーは真理亜以外男だろ? よっぽどそっちのほうが危なくないか?」




「いいえ、森君はセクハラをしてくるけどなんだかんだで何もしてこないへたれよ。それに堀田君はあんなに可愛らしくて……、男の子でなければ、持って帰りたいくらい……。持って帰って毒を抜いてあげたいわ。よって2人は無害よ。だけどあなただけはまだ信用ならないわ。ああ、2人きりなんてはしたない。帰るわ」




「いやいや、帰れねぇよ。優希先輩に任された仕事結構残ってんだろうが」




「……ふんっ」




そしてまたそっぽを向いて仕事に戻ってしまった。めんどっちい。




その後は話しかけてもまったく答えなかった。




「よし終わり! じゃあ帰るわね!」




そのまましばらく仕事をしていると、いきなり立ち上がって声を上げてダッシュで生徒会室を出て行ってしまった。




「ずいぶん早いな。本当に終わったのか? ……、すげぇ。俺の分まで終わらしてある」




さすが文句を言ってても生徒会経験者。なんだかんだで優秀である。




だがこれでやることがなくなってしまった。




アルバイトは夕方のアルバイトと夜のアルバイト(別に変な店ではない)をやっていたが、夕方のアルバイトは最近止めてしまった。夜のアルバイトも回数を減らし今日はアルバイトがあるがまだ時間がある。




……、そうだな。生徒会長になったから、アルバイトを1つにしたんだ。もちろん会長になったから、事実奨学金の額が少し増えて生活に余裕ができたのもあるけど、会長になったからには一生懸命やろうと決めたから、やめたんだ。




昨日も優希先輩に頑張るって言ったし、できることをやってみよう。






「よし、こんなもんだな」




俺がやったのは生徒会室の掃除である。




アルバイトをしてて思ったが、綺麗であること、清潔であることはとても大事。




もちろん優希先輩が管理していた生徒会室は汚くは無かったが、汚れているという意味の掃除ではなく、自分達が今日から使うということで、ピッカピカにしてみた。




「うん、まるで俺の城みたいだ」




「あらあら、ずいぶん私のお城が変わっちゃったわね、城主様?」




俺が自分の成果に酔いしれていると、後ろから優希先輩の声がした。




「まだ残ってたんだね。お疲れ様」




「優希先輩、お恥ずかしいところを見せました……」




「あ、今日の作業ちゃんと終わらせてくれたんだね」




「ほとんどやったのは真理亜ですけど」




「でも掃除してくれてたんでしょ。お疲れ様」




人懐っこい笑顔で俺に微笑んでくれる。掃除の疲れも吹き飛ぶ。




「あとは活動日誌かな? 毎日きちんと書いてね?」




「あ、はい。ちゃんと幸助がやるように……」




「違うよね?」




「へ? 日誌は書記の仕事……、すいません。俺もやり方を知らないといけませんね」




自分で言ったことを忘れていた。会長は頑張らねばならないのだ。書記の仕事も知らないといけない。




「うんうん、自分で気づけてえらいえらい」




日誌は去年からの引継ぎもあるので、書き方を参考にしながら、最後の仕事を終えた。




その間優希先輩が近くにずっといてどきどきしっぱなしだった。






「おっす、家の用事が早めにすんだから、何か残ってたら手伝うぞ」




そんなタイミングで孝之が入ってきたので動揺した。こんなところを見られたらまたいじられる!




「ん? 何してんだ?」




「え? ああ、何もしてないぞ」




「いや、何かはしろよ。仕事中だろうが」




優希先輩、いつの間にか離れていたので、孝之には俺が挙動不審になっているように見えていたようだ。




「うん、森君。ちゃんと仕事はしててくれたよ。今日誌書いてたところだよ」




「あ、九十九パイセン。お疲れ様です」




「いつから業界人になった」




「だってよ。おっぱいの大きな先輩で略してパイセンだぜ? 合法的におっぱいと言えるんだぞ」




「お前の頭の中には何が詰まってるんだ?」




優希先輩は、パイセンと呼ばれていることに対して、特に何も思っていないようだが、俺にこっそり耳打ちしてきた内容は、あほらしすぎて突っ込む気にもならない。




「まぁいいや。せっかく来たのに何もないのは残念だな」




「何かしたいの?」




「したいです!」




「なんでそんなに張り切ってんだ?」




「いや、ただ九十九パイセンに『何かしたいの?』って言われたかっただけだ。何かエロくないか?」




「優希先輩? 何かありますか?」




無視無視。




「うーん、あると言えばあるけど……? これやりたい?」




優希先輩が置くのダンボールを開けると、先ほどまでに処理をしていた書類と同じくらいの書類が出てきた。




「本当は1人でこっそりやろうと思ってたんだけど……。翔君がずっと残ってたしね。手伝ってくれる? 溜め込みすぎちゃって」




「はい! 任せてください」




「そういうことなら僕も手伝います!」




どこから現れたのか、幸助まで来ていた。




「どこから出てきた!」




「翔先輩真面目ですから、1人でも仕事してるんじゃないかって心配になりまして」




とても気の使える後輩だ。ありがたい。




「俺もお力になりますよ。あまり手伝えて無かったですし」




なんだかんだで、4人で作業をすることになった。若干1人足りないような?






そんなこんなで外は暗くなってきた。




「お疲れ様、ありがとうね」




優希先輩の残していた作業は、去年の生徒会活動の整理整頓と、今年になって変わった要式やルールの差し替えだった。




作業を分けてやったから割りと早く終わったが、これを1人でやると相当骨だったと思う。




「はい、お茶です。あとよろしければお菓子もどうぞ」




幸助が持ってきた暖かいお茶と、和菓子でしばし休憩になる。




「ありがと。堀田君のおうちは、何かやってるのかしら?」




「はい、甘味処をやってます。宇治抹茶のお店です」




「こいつの家ははガチですよ。江戸時代から続く老舗で、デパートに出回るわけでもなく、支店も少ししかないですから」




「へー、じゃあこのお茶とお菓子も結構珍しいの?」




「これは前飲んだ抹茶じゃないよな?」




「そうですね。あれよりはランクが下がりますね。あれは30グラムで2000円でしたけど、あれはお父さんからもらったもので、普段はめったに飲めないです。これは、100グラム2500円の玉露のお茶です。僕はこっちのほうが好きですけどね」




「それでも十分たけぇよ。俺は幸助のせいで、お茶と和菓子については舌が肥えちまってんだからな」




「そんなに普段から食うものでもないだろ」




「お菓子は700円の抹茶葛餅ですから、そんなに高くないです。お茶が高いので、お菓子はできるだけ安価に抑えてます」




「あ、すごく美味しい。あまり甘すぎなくてお上品ね」




「お菓子は売れ残りで、お茶の葉は商品にならない部分をいつもお父さんがくれるんです。それを。翔先輩含めて友人に振舞うんですよ」




幸助の家のお菓子は種類はあまり多くないので、どれも食べたことはあるのだが、何回食べてもあきない。




それを初見の優希先輩が食べれば、それはもう言葉にならない美味しさであり、舌鼓をずっと打っていた。




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