第2話 生徒会役員選挙と引継ぎ
『以上、山田真理亜さんの生徒会役員選挙演説でした』
4月の中ごろ、新しく学年がスタートして早々に生徒会役員選挙が行われた。
この学校の生徒会役員選挙は少しだけシステムが異なる。
まず、1つ目は、成績優秀者しか立候補できないこと。
優秀な進学校でもあるこの星野高校では、自由を校風としながらも、その自由には学業が大きく影響する。
この学校における自由は必要最低限の条件を満たすなら、自由にしてもいいという自由で、好き勝手にしてもいい自由ではない。
部活動は、赤点2つ以上で原則退部。ただし、この後の補修を受けてまったく同じテストを80点以上で合格すれば許可。よって事実上はかなり甘いルールである。
アルバイトは禁止していないが、こちらも赤点があるなら、家庭の事情などを除いて不可。
そして、生徒会役員選挙は、毎年始業式の次の日に行われる、国語、数学、理科、社会、英語の5科目の実力テストで、1、2年生全員の400人中40位以内の成績を残して、立候補の権利を得る。あくまでも権利なため、義務は無い。ちなみに後期の生徒会は、夏休み明けに同様のテストを受けて立候補者を決める。
このテストは1、2年生共通なので、一応2年生の方が本来有利であるが、40人の中には、大抵優秀な1年生も混ざってくる。幸助もそのうちの1人だ。
ただ、後期ならともかく、いきなり入学したての1年生が生徒会に立候補することはまれなので、前期は2年生だけで構成されることが多い。幸助が例外的なのだ。
そして、もう1つ変わっているシステムがある。生徒会副会長には、立候補ができないということだ。
書記と会計は普通の学校と同じシステムをとるが、副会長は会長に立候補した生徒で、会長に当選した生徒についで2番目に得票数が多かった生徒が勤める。
つまりは真理亜は2回連続で、会長に立候補して、2回とも2番手だったということだ。
真理亜の演説は、時間制限である6分をきちんと使った長い演説で、教師からの受けもよかったが、堅苦しい内容で次に待っている俺も疲れて座って待っていた。
俺がそうなのだから、生徒も皆疲れていると思い、できるだけ短く話そうと思った。
『えー、では次は会長候補、桂川翔さん、お願いします』
司会の案内で、俺は壇上に立つ。壇上から見下ろした生徒たちはやはり手元が落ち着かなかったり、髪を触っていたり、足を崩しかけていたりと疲れている様子だった。
既に会計と書記の演説は終わっていて、、会長としての演説は俺が最後なので、つまり俺の演説が終われば解散できるのである。
「皆さん、このたび会長に立候補いたしました、2年生の桂川翔です。2年生の私の友人は知っていると思いますが、俺の家は貧乏です。なので、奨学金でなんとかやってる次第です。会長になれれば、特待生として立場があがり、実績次第で学校からその奨学金の増加や、返却の免除もあると聞いて、立候補しました。私は会長になって実績を残すことが自分も助けることになりますので、全力で行いたいと思います。以上です。よろしくお願いします」
俺の演説はカンニングペーパーも必要なく、時間にして1分ほどで終わった。
あまりにも早く終わったので、生徒も困惑していたのか、拍手が聞こえたのは俺が舞台袖に掃けてからであった。
そして、その後の結果はいうまでもない。俺が会長に当選し、真理亜が会長候補で2位だったため副会長になったのである。
「俺が舞台袖に来たときに、真理亜は完全に勝ったみたいな顔をしてたな」
「見てたの?」
「ああ、演説が終わった後、やりきった顔で戻ってきて、俺の演説を聞いて明らかに安心してただろ」
「だって大した内容じゃなかったじゃない! 私の方がしっかり中身があったわ」
「長すぎて要点が伝わらないんだよ。言いたいことだけ言っとけばよかったんだ」
「きぃー。悔しい!」
「しかもなぁ……。同数だったもんな」
孝之の言うとおり、俺と真理亜の得票はまさかの同点。差をつけたのは成績であった。
「翔先輩は1位でしたからね。確か副会長さんは」
「……2位よ……」
不機嫌そうに真理亜がつぶやく。
「それなら順当に順位がついたからわかりやすいじゃないですか。2位の副会長さんが会長で、1位の翔先輩が副会長だったら、ややこしくて覚えづらかったですから」
「覚えづらくないわよ! 普通に私が会長で、桂川君が副会長で伝わるでしょ! なんで2位の会長と1位の副会長っていちいち付随されなきゃいけないのよ!」
「まぁまぁ落ち着いて。翔君の演説はしっかりしてたし、これから頑張ってくれればいいからみんな期待してるわよ」
「は、はいお姉さま」
どれだけ騒がしくしていても、優希先輩が何かいうと黙る。さすがである。
「それで、お姉さま……。あれをお願いしてもいいですか?」
「そうだね、あとあれと後始末が私の仕事だもの」
「あれですか?」
幸助が頭をかしげる。
「幸助は知らなくても仕方ないな。見てれば分かるよ」
そして優希先輩は自分のカバンから3つペンダントを出す。
チェーンの先に星型のペンダントがついたアクセサリーだ。色は銀色は1つと銅色が2つだ。
「これはなんですか?」
「これはね。星野高校の生徒会で代々受け継がれてきたものだよ。これを新しい生徒会に渡すのが、前の会長の仕事なの」
「そんな……、お姉さままるでこれが最後の仕事みたいに」
「いや、最後の仕事だろ……」
珍しく真理亜がボケて孝之が突っ込む。お互いに自覚があるかは分からないが。
「私は会長を2年生の間2回やって、1年生のときに書記と会計も経験させてもらったから、十分生徒会をやれたから満足だよ。じゃあ順番に渡していくね。まずは書記の人」
「はい、お願いします」
そういわれて幸助が一歩前に出る。
「はい、1年生から生徒会は大変だと思うけど、私も先輩に助けてもらって、何とかやりきったから頑張ってね」
「はい! 頑張ります!」
優希先輩が笑いながらペンダントを幸助の首にかける。
「へぇ、手渡しじゃなく首からかけてもらうのか、何かすげぇな」
「ああ、儀式っぽい」
真理亜は知っているようで落ち着いているが、意外としっかりした形で引継ぎを行っていたので俺達は驚いた。
「しかし幸助はすげぇな。あれだけのボリュームが目の前にあるのに、全然目にもくれないとは」
「いろいろ台無しだな」
優希先輩は女性としてはちょっとだけ大柄の169センチ、幸助は男子としては小柄の154センチ。幸助の目の前には、優希先輩のとある自己主張の強い女性のシンボルがある。
だが、幸助はずっと優希先輩の目を見ていて、邪な感じが全く無い。
孝之ほど露骨に口に出したりはしないが、俺もさすがにチラ見くらいはする。
「じゃあ次は会計の人ね」
「はい、俺ですね」
そして次に孝之が一歩前に出る。
「ごめんね。ちょっとだけ頭を下げてね」
「はい」
身長が180センチを越えている孝之は頭を下に向けて正面からペンダントをかけてもらう。
そして絶対に視線は胸を見ている。遠めでも分かる。
「はい、もう頭を上げても大丈夫だよ。ありがとう」
「……………………………………………ありがとうございます」
5秒くらい間があってから、頭を上げた。堪能してんじゃねぇよ。
「森君も頑張ってね」
「はい、やれるだけやりますよ」
「それじゃあ次は、副会長ね」
「……」
真理亜が目を閉じて、何かに備えている。
「翔先輩、似合ってますか?」
その状態で真理亜が動かなかったので、幸助が俺に話しかけてくる。
「ああ、似合ってるな」
「ありがとうございます~」
幸助にペンダントが似合いすぎて、より可愛らしさが増幅されている。しかも俺が褒めて満面の笑みをうかべているので、なおさらである。
「俺はどうだ?」
そしてなぜか孝之まで聞いてくる。
「ん? ペンダントをつけた孝之って感じだな」
「なんだそれは? 似合ってないってことか?」
「いや、そんなことは思わないが……」
「ならいい。俺みたいにごつい男が、こんなおしゃれなペンダントをつけて違和感がないかと思ったんだが、大丈夫ならいい」
なんだ。そんなことを気にしてたのか。中身は別として、見た目はさわやか系だから、そこまで不自然ではない。
「よく見ると森先輩と僕のペンダントは同じ銅色ですけど、少し違いますね」
「お、本当だ。文字が書いてある」
孝之と幸助のもらったペンダントには、小さい文字だが、それぞれ会計、書記と記されている。
「ちょっと! 静かにして頂戴!」
俺達3人で話していると、真理亜が急に怒り出す。
「なんだ? ずっと目を閉じてたから、眠いのかと?」
「この状況で眠くなるわけ無いでしょ! いい、この儀式は神聖なものなのよ。穏やかな気持ちで厳かに行うのが礼儀なんだから静かにしててよ!」
今の真理亜が1番穏やかでも静かでもない気がするが。
「落ち着いて。穏やかに穏やかに」
「あ。申し訳ないです。お姉さま……」
優希先輩に注意されて今度は急激に落ち込む。感情の起伏が激しすぎる。更年期障害か、ヒステリック持ちか。
「ではお姉さま……、お願いいたします……」
「そ、そこまでかしこまるほどのことでもないんだけどな~」
「いいえ……、私は今日のこの日をずっと待ち望んでました……、念願の契りを迎えられるこの日を……」
「あ、あはは~。じゃあ渡すわね。唯一の経験者として皆を支えてね」
優希先輩は苦笑いしながら首にペンダントをかける。
「ああ……。お姉さま……。私この日を一生忘れませんから……」
「大げさすぎる」
「大げさだな」
「一生は無理ですよね」
俺達3人はその光景に軽く引き気味になり、そして幸助はまた余計なことを言う。
「ふふん、このペンダントの見た目だけしか見てない人には分からないわ」
と、思ったが、自分の中である程度整理されているのか今度は怒らなかった。
「じゃあ最後は翔君ね」
「はい、お願いします」
最後に優希先輩が俺を見て、笑顔でそう言う。
「んっしょ……っと」
「え……、先輩?」
優希先輩は自分の首に手をやると、チェーンを外して自分のつけていた金色の星型のペンダントを取る。金色の星は生徒会長を示すものである。
「え、もしかして優希先輩がつけてるものをそのまま頂くんですか?」
「? そうだけど? 代々引き継いでるんだからおかしいことはないと思うな」
「お、お姉さまの……、ペンダント……?」
俺も動揺したが、横にもっと動揺した人がいたので逆に落ち着けた。ありがとう真理亜。
「じゃあ翔君。つけてあげるね」
優希先輩は笑顔で俺を手招きする。
おいおい、他の3人のときはそんなにフレンドリーに来なかったじゃないですか。すごく事務的だったじゃないですか。なんで俺だけそんな風に来るんですか? 同じ会長だからですか? どきどきするからやめていただきたい。
「ほら、そんなに照れなくて良いから~」
俺が緊張して近づいていけないので、優希先輩のほうから近くに寄ってくる。
うわぁ……。近い近い。美人な優希先輩の吐息がかかりそうなほど近く、胸が目の前にきて、俺に少しあたってる。柔らかい……? 俺の吐息がかかりそうで、つい息を止めてしまう……。ああ、口で息を止めると、余計に先輩の香りが……。
いや待て待て待て。俺は今日から生徒会長。こんな不埒ではいけない。優希先輩も俺を信用してくれているから、距離を詰めているんだ。落ち着け。
「何か俺に台無しとか言っときながら、めちゃ意識してるじゃねぇか。やっぱあいつも男だな。完全に鼻の下が伸びてる」
孝之がニヤニヤとこっちを見てくる。くそっ。きっと幸助もこんな俺を見て笑ってるんじゃないだろうか?
「翔先輩可愛いところあるんですね」
もう幸助は俺の何でも肯定してくれる存在なのか。だがこの場合は、孝之のようにからかってくれたほうがまだよかった。
「あれ? うまくできない? んん~」
「そ、それなら後ろからでいいですよ。無理して前からにしなくても」
優希先輩が俺のペンダントを固定するのに手間取っている。明らかに優希先輩より身長の大きい孝之や、10センチ以上小さい真理亜、幸助と違って、俺は172センチなので、ほとんど身長が優希先輩と変わらない。
そのせいかは分からないが、逆につけづらいようだ。
「それは駄目だよ。他の3人は前からつけたのに、翔君だけ後ろからつけたら贔屓したみたいになるでしょ?」
これは俺が贔屓されてるみたいになります! いろんな意味で。
「ん……んぅ……、よし!」
そしてようやく優希先輩が俺からはなれる。
最後のほうずっと胸押し付けられっぱなしだった……。なんなんだあの柔らかさは……。
「翔君、私が1年間頑張ってきた生徒会をあなたに任せるわね。よろしく!」
そして優希先輩は俺の肩をポンと叩く。優希先輩、ボディタッチがすぎます。
「キィー! 悔しくなんか無いんだからね!」
「そんなテンプレなツンデレ台詞を、ハンカチをかみ締めながら言うなんて、どれだけ分かりやすいんですか?」
どう見ても悔しそうな真理亜を、幸助がまた説明していた。
「あーあ、うらやましいなぁ」
そして、一部始終を見ていた孝之にはうらやましがられた。これに関しては反論のしようもございません。
真理亜じゃないけど、俺も今日のこの日を一生忘れないかもしれない。
いかんいかん、鼻から赤色の流体物が出そう。
「うんうん、これで皆が名実とともに生徒会役員だね。じゃあ後は、引継ぎだね。みんなの仕事を教えてあげるから、優希お姉さんのお話を良く聞くようにねっ」
そして優希先輩から引継ぎと、各役員の具体的な仕事の説明を受けた。
「さすがですね。九十九先輩。会計と書記の仕事も経験してるだけあって、説明が具体的で分かりやすいです」
「うんうん、そうでしょ」
「1年生からしっかりと考えてやってたのがわかります。僕もお手本にしたいです」
「うふふ」
「お姉さま……、さすがです。私は副会長としてしっかりと仕事をしていきます」
「頑張ってね」
「でも! 私が副会長であることに甘んじるからと言って、あなたが会長であることをすぐに認めることとは別問題だからね。何かあったら、すぐにでも私が会長になるんだから!」
副会長と呼ばれることには納得しながらも、俺の会長はまだ認めていないようだ。
「まぁそんなことはできないですけどね」
「いちいち言わなくて良いわよ!」
幸助の毒舌にいちいち毎回突っ込みを入れる真理亜。ある意味律儀だ。
「それで? 会長は何をするんですか?」
「え……、えーとね」
会計、書記、副会長の仕事を次々と説明し、皆に褒められてちょっと上機嫌になっていた優希先輩が、孝之の質問に急にどもってしまう。
ん? 優希先輩にとって会長は最も長くやった仕事だし、1番話しやすいんじゃないのか?
「お姉さま! 私もお聞きしたいです! 半年後のために]
「ん、んーとね……、が、が」
「「「「が?」」」」
「頑張ること!」
いきなり説明が抽象的で幼稚になった。
「え? それだけですか?」
「何を言ってるのよ森君! 1番大事なことじゃない!」
「でも具体性がないからな。会長の仕事がよく分からないと俺達もフォローしずらい」
「それは……、い、今の会長は桂川君でしょ! 会長の仕事は会長が考えるのよ!」
「こういうときだけ翔先輩を会長呼ばわりするんですね。これはもう認めたということですか?」
「認めてない!」
ツンデレめんどくせー。
「分かりました優希先輩。頑張ればいいんですね。この学校にいる誰よりも頑張る。その姿を見せればきっと周りに伝わる。俺も優希先輩を見てて思ってました。誰よりも頑張っているって。俺もそうありたいと思います。会長は、副会長、書記、会計の仕事もある程度熟知して、最低限こなせなければいけない。だから頑張るんですね」
「そうだね……。それが分かってるなら大丈夫。トップが1番がんばるのが、1番皆に誠意が伝わるんだよ」
「さすが翔先輩! やっぱり会長同士伝わるものがあるということですね。やっぱり会長の器だったということです!」
「わ、私もこれくらい分かってたもん!」
「嘘八百ですね。分かってたなら、絶対に翔先輩より先に行ってたはずですから」
「キィー!」
「はい、今日はここまで、お疲れ様でした!」
「「「「お疲れ様でした!」」」」
そしてその日の引継ぎは終わった。
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