第24話竜王の玉座
うっすら明るい、岩壁の横にうがたれた穴をのぞいた。
下方に、千尋の谷が見える。
落ちたらただではすまない。
ツバサたちは、迷宮を抜け、山頂部に出た。
ツバサもルシフィンダも、先頭をいくロージリールにつかまり、ふるえている。
「なんだ、二人とも。怖いならここにおいていくぞ」
腰にすがりつかれて、足が重たいロージリールはいろいろ言いながらも、祝福の笛を離さない。
しんがりを務めるフェイルウォンの、鼻歌が聞こえてきた。
(さすが、父上!)
後ろから三番目のツバサが思ったが、べつにフェイルウォンのそれは、場をなごませようとしているわけではない。
前方に現れるモンスターは、ロージリールが片付けてしまうし、彼はおとなしくなったそれを脇に寄せるだけの簡単な仕事。
もちろん、背後から迫る敵というのも全くないわけではなかったのだけれども……。
階段を、そろそろと上がって、少しひらけた場所に出る。
空が見える。
だいぶ登ってきたので気圧差もあり、空気が薄い。
「さ、寒い……!」
ツバサが、涙目で言った。
肌を露出しないぴったりとしたガウンを羽織ってはいるが、季節はまだまだ涼しい。
「山は寒いよ。むしろ、どうしてそんな恰好で来たんだ?」
「うう、ちちう、フェイルウォン様の教育の賜物です……うう」
「え? 俺?」
姫王子として育てられたツバサは季節問わず、質素な格好をしている。
『奢侈(しゃし)になるべからず』
毛皮も、マントも冬にしかつけない。
それも狩りに行くときだけ。
「しかたないな」
フェイルウォンは、皮のベストを脱いで、ツバサの肩にそっとかけた。
「こんなんでも、ないよりマシだろ」
「あ、ありがとうございます……」
(父上――)
ツバサが感極まって頭を彼の胸元に摺り寄せると、前を行くルシフィンダが目じりを吊り上げる。
気が付いて、フェイルウォンはツバサから身をはがす。
「ああ、こわいな。殺されそう……」
呟いてフェイルウォンは、すこし涼しくなった肩をすくめた。
「竜王の住まいはこの上なんだろ? ちゃっちゃと行こう、ちゃっちゃと」
と――と。
後ろだったフェイルウォンは、気がついてなかったが、先頭はすでにそれを目の当たりにしていた。
金の玉座――に黄金の卵。
守るもののない、無防備な格好でそれは鎮座していた。
「なんか、だれも触りになんてこないって言ってるみたいだわ!」
と、ルシフィンダは小首をかしげた。
「どういうことだ、竜王が卵だと!?」
ふと、フェイルウォンが呆然とたたずむエイルナリアの肩をつかんだ。
エイルナリアは、とっさにふり払った。
「あいて」
「私に触るんじゃない」
そう言うエイルナリアの声は、冷たかった。
「ちょっとごめんよ。前が見えなかったもんで」
エイルナリアは、場所を譲らない。
なにせ、玉座の間は狭い。
人が十人もいたら、絶壁からこぼれ落ちてしまいそうだ。
「ねえこれ、どうするの? ローズゥ」
ぽつり、とルシフィンダの声音が落ちた。
「この卵からは、禍々しい気配と、聖なる気、両方を感じる……」
「竜王は、悪ではないのでしょうか……?」
ルシフィンダの問いに、エイルナリアが応える。
「善だの悪だのとは、人間の価値基準のひとつだ。この世界では力があるものは禍々しさと聖性をあわせもっているものだ」
最高位の神が言うので、もっともだ。
怪鳥が空を舞い、こちらを見下ろしている。
あれは、空の見張り番。
ロージリールは、祝福の笛を吹いた。
怪鳥たちが、玉座の周りに羽根を休め、うっとりしている。
恐れ知らずなロージリールが、その背をやさしくなでる。
怪鳥は、見かけによらぬ穏やかな気質で、気持ちよさそうに鳴いた。
「ね、ねえ。これってローズの力?」
ルシフィンダが問うと、ロージリールはにっこりと微笑んだ。
「いや、笛の音のおかげだ。大丈夫だ、触られても気にしないみたいだ」
「ローズってときどき、風精なんかには見えないんだわ!」
そうかな? と首をかしげるロージリールに、怪鳥がにわかに警戒声をあげた。
「な、なんだ?」
怪鳥たちは、飛び去っていく。
まるで、なにかを恐れるかのように……。
しかし、竜王の卵を見放したりはできないのだろう、空で旋回しながら見守っているみたいだ。
大気が、震えた。
「来ます!」
はっとしたツバサが、警告した。
大きな地鳴り。
もう、ツバサは何度も経験してわかっていたのだ。
しかし、フェイルウォンとルシフィンダたちは未曽有の事態に身を低くすることしかできない。
みな口をきかない。
舌をかんでしまいそうだからだ。
ツバサだけが、竜王の玉座に近づいた。
「ああ、なんと。まだ生まれてきてもいないのに、こんな恐ろしいことって。大丈夫。わたくしがお守りいたします」
震え声でそうつぶやくと、ツバサは、竜王の卵を抱いた。
そのときだ!
ぶるぶるぶる……。
ツバサの腕の中で卵が震えた。
かと思うと地鳴りがぴたりとやみ、かわりにツバサの手から卵がこぼれた。
「あ」
きなくさい臭いがあたりに立ちこめ、爆発音と共に岩山が崩れていったのだ。
「なんたる事態! いいか、よく聴け。今からフェイルウォンとルシフィンダ両名を離脱させる。次元の狭間におっこちるなよ!」
呪文を唱え、儀式の一切を省き、聖水だけふりかけて、その神力で二人を別次元へとばすエイルナリア。
(はっ、父上、母上――)
真っ青になって、手を伸ばすツバサ。
だが、届かない。
うねる空間に、岩がふさぐようにどんどん落ちてくる。
二人は、エイルナリアの神力を使った時空の魔法で、別の世界へ飛ばされて行ってしまった。
「大丈夫だ。今は己が助かることを考えよ! ルシフィンダの子よ」
エイルナリアのその一言に、ツバサははっとする。
「なぜ、それを?」
「まさかとは思っていたが」
ふ、と笑ってエイルナリアは言った。
「彼女によく似た容貌をしている。間違えるわけがない。ましてや私は次元を超えるもの――その可能性について考えないと思うか?」
「なるほど、未来の人間界からやってきたのか……」
崩れた岩山の縁にへばりつくようにしながら、ツバサは謝る。
「だましていてごめんなさい」
「おまえは何も言わなかった。こちらも聞かなかった。おあいこだ。それに――」
エイルナリアは、合点がいったようにあごをこくこくさせて言う。
「人間が侵入してきたというのに、守り人が狂暴にならないはずだ」
「それは俺様の……」
「ロージリールさんの笛のおかげですわ」
途中で遮られてしまったが、ちゃんと言いたいことが伝わったようで、ロージリールはぽりぽりとこめかみをかいて納得する。
今三人は、崩れた岩山の山頂部で足場を確保するのに忙しかった。
「しかし、そこの風精。おまえは何者なんだ」
ロージリールはちっちっち、と岩肌に張りついた状態で指先を突き出して振った。
「それは聞かない約束だ」
「ツバサの正体を知っている、ということは……人間界にゆかりのある精霊なんじゃないのか?」
ロージリールは、グッと詰まった。
とっさに、天を仰ぐ。
空には、しぶとく怪鳥が飛んでいる。
「きっと、あれらは竜王を守っているのですわね」
ツバサが、その横で静かに言った。
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