第15話精霊の祠

「兄上! 来てくださったのですね……」

 顔色の良くなったツバサが、気がついて馬上で手綱を握りしめるカケルに声をかけた。

 それと同時に、草の中に鍵を見つけて無防備にパタパタと駆け寄る。

 虚をつかれたカケルは、馬の上から落ちてしまった。

「うわあ!」

「兄上!?」

「……、気をつけろよ、ツバサ。その頭を踏み抜くところだったぞ」

「そんな、すみません」

「だいたい、誰だよ、その男!」

「え……?」

 ツバサは、一度イグニスを見ると、にっこりと紹介を始めた。

「一介の神様だそうです。神様、兄のカケルです」

「イグニスです」

 とたん、イグニスが顔を輝かせて自己紹介したので、カケルはぎょっとする。

「あ、ああ……」

「ツバサ姫とは森の中で出会いましたー。よろしく」

(だっ、こいつ! 二重人格!!)

 気に入らないカケルは、イグニスにつっかかる。

「なんで、おまえがツバサの鍵を持っているんだ?」

 さきほどは、えらそうに「拾え」などと言って、本当に気にくわなかった。

「ツバサくんは、そんなに心が狭くなかったのに……」

 よそを向いて、カケルだけに聞こえるようにつぶやくのも、やめて欲しい。

「って、まて! どうしてツバサが男だと知っている!?」

「あれだけ、密着していれば、いろいろと……」

「いろいろと、なんだって言うんだ?」

「いろいろと秘密を分かち合うほど、仲良くなった、ということですよ」

 口の端で笑いながらいうので人が悪い。

 イグニスは性格に難があるのである。

(エロ親父~~)

 カケルはかんかんだ。

 対して、イグニスは、にこにこと穏やかに微笑んでいる。

 どちらに軍配があがるかは推して知るべし。

 余裕しゃくしゃくの神様であった。

 

「鍵を、使う? どうやって」

 イグニスの案内を断ったため、ツバサとカケルの二人は自力で森の中を散策することとなった。

 カケルに腕を引かれながら、ツバサが顔をしかめて問う。

「だいたい、どうしてカケルが例の鍵を持っているのです」

「俺が持っていたんじゃない、あのイグニスという神がだなあ!」

 それから先はふてくされて言わない。

 なにか癪に障ることがあったのだろうとツバサは予想した。

「イグニスは、わたくしを助けてくださったのですよ」

 ぐるっ、と真顔になってカケルは振り返り、頭ごなしにツバサを怒鳴りつける。

「あんな、わけのわからん御仁ごじんに、なにを無防備に気を許しているんだ!」

「怒っているのですか?」

「気に入らん」

「相手は神様ですよ?」

「だから、なんだ! あいつはツバサのことを知っている。秘密を分かち合ったと言っていた。それは本当なのか?」

「ああ!」

 ツバサは、ぽんと手を打った。

「ヤキモチですね? 兄上!」

「なにい!? どうしてそうなる?」

 ツバサはのんびりと――兄をなだめるためにあえて。

 その辺の草を指先でちぎり取りながら、溜息するように繰り返す。

「ヤキモチでしょう? 今までわたくしのことを知っているのは父上と兄上だけだったから」

「ううん……だから、なんでヤキモチってことになるんだ」

「この世に不思議の種はいっぱいあります。少しずつ見つけていきましょう?」

 そうやって微笑むと、母ルシフィンダの面影がありはしないかと、目を見はってしまう。

 カケルには自覚のないコンプレックスがまだまだありそうだ。

 参ったというように、前髪をかきあげている。

「俺はあいつが嫌いだ!」

 ただ、そこだけは強調した。

 譲れないのだった。

『おまえら……ゆっくり痴話げんかしてやがるな』

 蜂の身に変えて、ぶんぶんと飛び回る風精がいた。

 風精は針を見せつけて威嚇する。

『この先は精霊のほこら。近づくことは許さんぞ』

 ピンときた二人は、構わず突き進んだ。

「あった!」

 古びたほこらを発見した。

『おい、おまえら! 許さんと言ったぞ!』

「ごめんなさい。風精さん。わたくしたち、どうしてもやらなくちゃいけないんです」

『その鍵がなんなのか、わかっているのか?』

「使えばわかるさ。ツバサ」

「あ、兄上!」

『こんの、バカ――』

 カケルは鍵を鍵穴にさしこんで回した。

 がちりという音と共に、幽玄な空気の震えを感じた。

 もう何度目かになる地鳴りと振動が、二人の身を襲った!

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