第16話過去の精霊界

 悲鳴。

 風精は、たっぷり聞きながら、いくらか刺してやっても構わないのではないかと思案した。

 スズメバチの針は痛いかもしれないと、脅すだけにしていたのに、カケルもツバサも言うことを聞きはしないのだ。

「まあ、あのルシフィンダの子だから、しかたがないっちゃあ、しかたないんだが……」

 風精が、あたりを見回すと、風景が一変していた。

「ここはまるで精霊界……しかし」

 生気のない花畑に、花精の乙女がいる。

 泣いている。

『ローズ、ローズゥ! お水あげてよ。お花が枯れちゃう』

 彼女が、話しかけている方向には、幹ががっしりとした低木があり、やや陰りのある声が聞こえてくるのだ。

『別に……わざと雨を降らさないんじゃない。できないんだ。わかるだろ?』

『でも、こないだは……』

『こないだは、こないだ! 今はだめなんだ』

『ロージリール様――!』

 向こうから駆けてきて、叫ぶ長身痩躯の男がいた。

 見えてきたと思ったら、えらく美貌の持ち主だ。

 スズメバチの姿の風精は、しまったという顔をした。

「なんてこった……これはあの頃の光景。俺様までまきこまれちまった。完全に時空間がずれている。完全にほこらの鍵のせいだ」

 草原に倒れ伏していたツバサが、むくりと起き上がると、ちょうど長身痩躯の男が木の幹を思いっきり蹴るところが見えた。

 身もふたもない悲鳴がして、木から少年が落ちてきた。

『また、修行をさぼって!』

『いちちち……イグニスゥ、おまえ容赦なさすぎ』

「イグニス!?」

 声を上げかけたツバサの口を、風精が抑える。

 ツバサには、ブーンブーンというスズメバチの羽音がうるさく、邪魔だった。

 口をふさがれながらも、目をこらすと、そこここに花精が蝶の羽で飛び回り、花の世話をしているのが見えた。

「ここは? あの神様がいらっしゃるということは、まさか精霊界?」

『そこにいるのは誰です!?』

 えらく険高い声がした。

 彼我の差は大人の足で数百歩。

 風精は、急いで変身をときツバサを引きずって丘を下った。

「あなたはたった今」

 ツバサの指先は、丘の上を指している。

「木から落ちてきましたよね?」

「しっ、ここは過去の精霊界。詳しい説明は後だ――だから、鍵を使うなと言ったんだよ、ったく!」

 ツバサと風精は、草むらに放り出されて、精霊界の過去を知ることとなった。

 カケルの姿はない。

 カケルが、精霊のほこらの鍵を回した時、その襟首をつかみ、引き戻そうとしたものがあった。

 おかげで、双子はバラバラになってしまった。

 カケルは、今頃どうしているのだろうか。

 今は、わからない。

 わからないがわからないなりに、ツバサはその過去の精霊界を見回した。

 どこも、自然でいっぱいだ。

 それなのに、一部花畑が生気をなくしているヶ所がある。

 ロージリールの管轄だと知れた。

 ツバサは、ひとつ風精の弱みを知った。

 雨を降らせられない風精――致命的である。

 だが、これは風雷の神と正式な契約を結んでいないからとも言えた。

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