第12話竜王の正体

 ツバサが、次に気がついたとき、あたりは騒然としていた。

 一瞬、意識を失ったかと思ったら、王城の広間にいた。

 長袖のカフスはなかったが、どこも怪我していないし疲れもない。

 兵士が、カケルの重体を知らせ、王の不在を告げるが、ツバサは何が起こったのかまるで見当もつかなかった。

 ただ足早に駆けて、カケルのいる医務室へ向かう。

「兄上、なにがあったのです」

 部屋に飛びこむなり、状況を確かめると、重篤なカケルの姿に絶句した。

 包帯だらけの上半身と、枕元の折れた剣をみて、敵襲でもあったのかと怪訝に思った。

「カケル、カケル!」

 カケルはツバサの呼び声に、うっすらと目を片方開けた。

 左頬の傷に包帯をまかれ、左目は覆い隠されていた。

「ツバサ……」

「おお、王子が目を醒ましなすった。薬湯をこれへ!」

 医療班が、立ち働き医務室はぎゅうづめ状態になった。

 見れば、複数あるベッドには傷だらけの者たちが大勢いる。

 あまり、見知った者はない。

 近衛のものならともかく、普段から鉄仮面ごしに接している騎士団の者だからだ。

「竜王が現れた……」

 ツバサは、耳を疑った。

 苦虫をかみつぶしたような、カケルの言葉に驚いたからだ。

 それで、こんなことになったのか。

 ツバサは、王城を出て森へ入ったのを後悔した。

 ツバサは、竜王なるものを見たことがないが、舞台では幾度となく見てきている。

「それでは父上は? どうなされたのです!?」

 ツバサの前で、カケルは暗い目をして掌をジッと見た。

「何が、あったのです」

 カケルは、応えない。

 ツバサは、いてもたってもいられなくなり部屋を飛び出した。

 ツバサは塔に登り、遠眼鏡を使って見た。

 見たこともないような怪物が、多く城下に跳梁跋扈している。

 そしてその背後には、黄金のヴェールを纏った光る物体が――城下を覆うように空中に浮いていた。

「なに? あれは」

 光る物体が、城下にゆらゆらとさしかかると、それにつれて町は次々と崩れていく。

 なんらかの攻撃を行っている相手なのは確かなようだ。

「兄上は、あれにのめされたのか」

 しかし、依然として父王フェイルウォンの姿はない。

「あれが竜王の正体なのだとしたら……父上が黙ってはおられない。きっとそうだ」

 

 ツバサが、塔の上で竜王の偉容にふるえていると、大けがをしていたはずのカケルが石階段を登ってきた。ツバサはハッとして、狭い入り口のそばから離れ、ひざまづいて迎えた。

「兄上、お怪我は……」

「平気だ。俺は精霊の加護を受けている」

 こんな時のカケルの一言に、不思議そうにしてから、ツバサは再び口を開いた。

「わたくしは、なにか風精を追いかけていて怪我を負ったのですが、今は傷ひとつない。これも、母上のご加護なのでしょうか?」

「だろう。それより父上はあそこにいらっしゃると思うか?」

 くるりと向きをかえ、ツバサは再び遠眼鏡を使い、カケルにも渡した。

 カケルは、腰に折れた聖剣を帯剣していた。

 これは不思議な剣で、持っているだけでも力が湧いてくるのだった。

「全体像がよく見えない。竜王とはなんと巨大な生き物なのだ。それにあのモンスター……人が見る間に蹴散らされていく」

「兄上、わたくしたちも行きましょう。城下の人々を王城に避難させなくては」

 カケルは、ツバサの言葉に、ようやくいつもの元気を取り戻し、うなづく。

 その後のことは後だ。

「騎士団と、警備隊にも応援を頼みましょう」

 一瞬、カケルの表情は陰ったが、強く首を振ってツバサの後を追った。

 

 まぶしかった空は、一転かきくもり、翼のある不思議な生き物が、町中を襲っていた。

 いくら、ツバサとカケルが命じたからといって、騎士団の誰にも無駄死にさせたくない。

 ただちに、人々を安全に避難させることに集中させた。

 散っていった騎士たちを思うと、カケルは胸の底がかぎづめでひっかかれるような痛みをおぼえた。

 王都全体としても騎士の数を減らすのは得策ではない。

 あれは失策だった、とカケルは思った。

 はらり、と顔の包帯を外す。

 そこに傷は残っていなかった。

 もし、自らが精霊の加護で傷の治癒が早いことを打ち明けられたならば、彼らは死なずにすんだものを。

 だが、それは現実味のない願望にすぎなかった。

 またカケルも、自分がそこまで人外の能力に恵まれているとは実は知らなかったのだ。

 カケルにとって初めての実践、初陣だった。

 それまで、群雄割拠の時代とはいえ形だけはずっと平和が続いていたのだ。

 王であるフェイルウォンの、立ち回りのよさがモノを言った。

 しかし双子も成人間近。

 きたるべき時がきたといえるが、まさか本当に人外の総元締めが天からやってくるとは思いもしなかった。

「やけにきらきらとしているが、やっこさんふためとみられぬ顔だろう。どう思う」

 カケルがふざけた。

「どうもうなのは確かでしょうね」

 ツバサは平然と返した。

「聖剣が通用せぬとは、なかなかどうして硬い。口もきかない仲ではあるが、成人だったら酒を酌み交わしてみたいものだ」

「それはどうかしている。あれは敵です」

 ツバサの言う通り、家も商店も、井戸、水道も壊された。

 市場は荒らされ、人外生物が野菜果物を食い散らかし、そここことなく糞尿を垂れた。

 このままでは、町の人々は生きてゆく手段がない。

 ところが、カケルにとっては強い敵こそ最大の関心事であり、己の力を試したくなるらしい。

「兄上、そのようなこと」

 やめてください、と言いかけて、ツバサは頭にもやがかかったように言葉を失った。

 なんだか自分もその場にいて、血潮が駆け巡る思いがした。

 はずむ呼吸に打ちつけられる風。

 じっとしていられない。

 これはなんなのだろう。自分になにがおこったのか、ツバサにはわからなかった。

「ええい、人外もほどほどにしろ」

 カケルが、その辺にあった木製の井戸のふたを投げると、サッとよけていった怪物がぎろりとにらんだ。

 滑空していた一団が、こちらに注目し始めた。

 惑乱し、騎士団に助けを求める人々の中で、カケルとツバサだけが、彼らを見据えていた。

 人外の者は腕と頭と腰と足、いわゆる五体が完成していてさらに背後に皮膜のような翼があった。

 あるいは、頭だけが人間で躰が鳥であるとか、中には鋭い銛を思わせる先端をもった尻尾をしているものさえいた。

「怪物」

 言って人々は逃げたが、それは正しい判断力あってこそのもので、家の中に取り残された年寄りや子供などにはわからない。

 それを救うのが、ツバサたちの役割であった。

「母上の」

 風が吹きすさび、カケルの想いを途切れ途切れに運んできた。

(母上の世界では、彼らも仲間なのか)

 そんなことは、考えてもみなかった。

 一体、カケルはなにを考えているのか、ツバサにはほとほとわからなくなった。

 ただ、亡き母を思うのはこのときをおいて他にないのかと、問いただしてみたくはあった。

 カケルの剣は、どこか無邪気なのだ。

 敵を敵と思わない。

 ともすると、遊んでいるかのようである。

 子供がおもちゃを見つけたように、薙ぎ払い、突き立て、威嚇し、吠える。

 命のやりとりをしているようには、やはり見えない。

 ツバサには、カケル自身も風精のようにアテにならないものに見えてきた。

 己の強さだけにこだわるのもそうだ。

 失われていく命に対する、危機感のなさ。

 同時に、ツバサの中には生きている意味合いや実感がごっそりと欠け始めていた。

 敵は、飛んでいる。

 ならば自分も飛べはすまいか。

 そんなことを夢想する。

 いけないとは思うけれど、幼子の手を引く己を、年寄りを背負う自分を、今このとき非力な自分自身を否定したい。

 もっと強くあれたら、と思考が飛躍してしまうのだ。

 同時に、それらの夢想的な願望が、ツバサの労苦を厭わない心を培ってきた。

 ――この世界が、もっと素敵だったらよかったのに。

 そう思えるだけ、ツバサは想像力に恵まれていた。

「みなさん、王城に至れば大丈夫ですよ」

 にっこりと、微笑むのである。

 それも想像力の賜物であった。

 思わぬ災難にあって、動転していた人々は危機を脱し、女神のような王女殿下のもとへと駆けこんだ。

 彼らはそれによって救われた。

 安易に立ち向かうより、平和的発想だった。

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