第11話神の名
ツバサは、簡単に土砂が崩れてくるので、なるべく振動を与えぬように、小さな砂利から一つ一つ取り除けていった。
イグニスは、ただみている。
薪割などと、いい加減ないいわけをすると、ツバサのことを木の上から見下ろしていた。
もとより、神であるイグニスが、いくら相手が花精の血をひく者だからといって、人間の味方をすることはまずない。
ツバサが、ルシフィンダの「世界の鍵」を求めるからこそ見守っていたのだ。
「あ……っ」
ツバサの手から、赤ん坊の頭ほどの石くれが転がり落ちる。
土砂が、改めて大岩の隙間を覆うように崩れてきた。
イグニスは、ツバサがべそをかくか、あきらめると思った。
しかし、ツバサは何度土砂が崩れようと、すりむいて手指が血を吹こうとやめなかった。
イグニスは、不思議に思って尋ねる。
「なぜ、そうまでして無茶を重ねるのです」
ツバサは、首を振った。
「無茶ではありません、大切なものなのです」
その意味も知らぬくせ、ツバサはしっかりとした声で応えた。
「もう、およしなさい」
「できません」
イグニスは、ツバサの頑固さに舌を巻いた。
「聞けば、母の形見と、父王が言っておりました。それをなくすなど、許されない」
再び、土砂を運びだすツバサに、イグニスは、遠い目をした。
「それが、扉の鍵であるからではなく、母親の形見だからと……いうのか」
ツバサには、イグニスの言葉を咀嚼する余裕はなかった。
聞こえてはいても、理解はできなかったのだろう。
次第に、疲れが見え始め、へたりこんでしまった。
イグニスは、その様子を見て、やはり無理は無理なのだと感じた。
その土砂を運んできたのは風精で、彼の命令のもと下された処置だったから。
だが、ツバサはまだ手を動かしていた。
指先も腕も傷だらけだ。
緩慢になっていく動きと共に、意識までぼんやりとし始めている。
だが、目の前には空気の通るだけの小さな穴が開いていた。
それ以上、手を出せば、軽い振動でもふり出しに戻るだろう。
そういう命令で、風精が土と岩を崩し続けていたのだ。
風雷の神イグニスは、ツバサの様子を見て、あわれを感じた。
そして、その芯のつよさに敬服したのだ。
イグニスは、風精にその小さな穴から真鍮の鍵をとり出してくるように申しつけた。
今、鍵はイグニスの手にある。
ツバサは、知らずに穴の中に手を差し入れて深さを確かめている。
「気高き姫よ。あなたが真に救いを求めるならば、イグニス・トゥルーの名を呼びなさい。お助けしましょう、一度だけ」
ツバサは、ふいに意識が混濁した。
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