第13話守り人

「この私に、こんな粗末なものを食べさせるつもりか!」

 王都に滞在中だった貴族の子弟が、そう言って不満をもらした。

 敵襲はまだ続いている。

 いい気なものであった。

「さげなさい」

 ツバサが命じると、離宮に住みこみの女官がパンとスープを運び去る。

 もっとも、ツバサだとて普段同じものを食べているのだが。

「お口に合わず、申し訳ございません」

 ツバサが低く礼をとった。

 それをいいことに、貴族たちは偉そうに胸をそびやかして文句を言い始めた。

「王女殿下、これではあんまりではありませんか。我々は遠方より来た客人ですぞ。良い酒と肉がなくては、もてなされた気がしませんな」

 今がどういう場合か、理解しているのだろうか?

 王城は攻防一体の砦ではあるが、現在敵は空中からやってきている。

 どこかに司令塔がいるはずで、いずれは突破されることを考慮に入れなければならない。

 それにしても、空腹はあらゆる戦の敵である。

「ただいまご用意いたします。しばしお待ちを」

 ツバサは、踵を返し、中庭に出た。

 カケルが、原始的な武器で仕留めた人外生物を、どう料理しようかと知恵を絞って頑張っている。

「お客人が良酒と肉を所望です」

「よしゃ! 丸焼きにすっか!」

 カケルが、即決すると、人外生物は目に見えて脅えた。

「こいつ、われわれの言うことがわかるのか?」

 その様子をみてとった猟師たちが、言葉をかける。

 彼らが、石を両端につけたロープを貸してくれたものだから、鉤爪と翼を封じることができた。

 その怪物は、頭がワシで躰が肉食獣のそれだったから、おおよそ地上で考えられる最恐の生き物だった。

 捕まえた時は、本物かとみな戦々恐々としていたものだ。

「適当にさばいてくれ、俺は少し民の様子をみてくる」

 カケルはだっと駆けだした。

 猟師たちはかけ声を上げて、怪物を納屋へと運ぼうとする。

(これから、この生き物は殺されるのだ……)

 ツバサは、あまりいい気持がしなかった。

 両翼と、絡めとられた四肢をばたつかせようともがく怪物は、もはやちょっと凶暴な猪(いのしし)扱いだ。

 ツバサは、猟師たちの後に続き、見守っていた。

 怪物は、唯一自由になるくちばしから奇怪な叫び声をあげ、首をふりまわし、抵抗している。

 ツバサは、この怪物が気の毒になった。

 刃を研ぐ猟師たちに言う。

「この巨体では、さばくのも大変でしょう」

「いいえ王女さま、我々は慣れております。この手の怪物は未経験ですが」

「それでも、大量の血がながれるでしょうから、カメをはこんできてくださいますか。その間にわたくしが血抜きの準備をしておきます」

 ツバサは男児ではあったが、それでも、と自分を望んでくれる方のために――いや正直に言おう――カケルのために料理の腕を身に着けていた。

 なにも戦場に出る剣士でなくとも、命を絶つ重みは知っている。

 海を越えた先にある、大陸の怪鳥の頭と翼をしている怪物の首をめがけて、刃を入れようとした。

「せめて、楽にすませてあげる」

 だが、ツバサの心に迷う気持ちが邪魔をしてできなかった。

 呼吸が乱れて、精神集中ができない。

 怪鳥の目と視線があった。

 猛禽類の、緑に光る鋭い眼光に、ツバサはすっかり射すくめられた。

 これではとても殺せない。

 怪物は、射殺さんばかりの目でツバサを見た。

 ツバサは、反射的に刃を振り捨てていた。

 ちょうどそこへ、カケルが戻ってきた。

 ツバサが、蒼ざめて説明を試みると、カケルは怪物に近寄っていって、納屋の外まで引きずり出し、戒めを解いた。

「こいつの肉を試せないのは惜しいが、なにも今でなくてもいい」

 カケルが、言い終わるかどうかといううちに、怪物は雄叫びを上げてむっくりと起き上がり、暴れ始めた。

 前足を上げて、鋭い爪を繰り出してくる。

「立ち去れ、もう用はない」

 それでも、怪物は向かってきた。

 翼を広げ、巨体で体当たりをくらわせようとする。

 しかし複数でならいざ知らず、単体で襲ってきてもカケルの刃の餌食となるだけだ。

 カケルは、余裕と自信にあふれていた。

 猟師たちが再び納屋にやって来たところ、怪物の標的がかわった。

「あ」

 と叫び、ツバサが彼らを退けた。

 ほんの僅か、間に合わなかった。

 若い猟師の男が、皮の服を裂かれて往生した。

 その顔は、恐怖にゆがんでいる。

 その時初めて、ツバサは思い出した。

 風精が持ち去った鍵をもった、森番を。

 知らず、その名を口にする。

「イグニス・トゥルー」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る