第10話フェイルウォンの後悔

 エイルナリアは、下界にルシフィンダを飛ばしたとき、一応事情は上天意に知らせておいた。

 そして、しかるべき時に扉を開けてくれるよう頼んでおいたのだ。

 しかるべき時とは、ツバサが生まれもったルシフィンダの「世界の鍵」を使ったときだ。

 そのとき、精霊界と人間界の時空を越え、過去と未来がつながる。

 そして、ツバサはそれを知らずにいる。

 自分が持って生まれた、真鍮の鍵を求めて、石くれ土くれにまみれて探している。

 実兄が、竜王の牙にかかり倒れているとも知らずに。

『フェイルウォン――フェイルウォン』

 嘆きの声がした。

 空気の精、風精が伝えてくる。

 カケルとツバサの苦難を。

 それをどう、解決してゆこうとしているのかを。

 半ばでポッキリと折れた聖剣を杖に、立ち上がろうとするカケルと、素手だけで大岩を取り除けようとするツバサ。

 フェイルウォンは――立ち上がり、虚空に悲鳴を響かせ頭を抱えてまなざしを閉じた。

 わかっていた。

 精霊界から持ち出したアイテムと武器がモノの役に立たぬことくらいは――精霊界で普通の人間には扱いこなせないと、思い知っていたのだ。

 知りながら、双子たちを苦難に合わせた。

 己を責めずにはいられなかった。

 しかし、信じろとエイルナリアはかつて彼にそう言ったのだ。

 フェイルウォンは信じた。

 その結果だ。

「なにを信じろだと!? 人々にとっての信仰は糧ではなかったのか? ……神々にとっての糧が人間の信仰なのではないのか? エイルナリア、俺をハメたな!」

 かつて、エイルナリアは最高の信仰対象者だった。

 彼女の言うことを、うっかりうのみにしていたが、信仰が人のためにあるとは実は言っていないのだ。

 人間の信仰は、神々にとっての糧である。

 改めて、現実の厳しさと空しい虚妄に気づかされたフェイルウォンは、双子たちに対して信仰を糧とせよと説いたのを悔いた。

 信仰のために、おまえは死のうとしているなどと、あえて苦渋の言葉をかけねばならないのか。

 断じてならない。

 フェイルウォンの中に眠っていた、不撓不屈の戦士の魂がよみがえった。

 断じてならない! 

 ルシフィンダの子、己のために産まれいでた魂を、このままにしてはおけない。

 行かなければ……自分が。

 走った。

 身に着けているものは、不屈の心。

 錆びた剣。

 平和と安寧のうちに、手入れもせずに腰の飾りとなっていた――だが。

 これが武器になることを、彼は経験則で知っていた。

 彼には、とある一つの幻視が見え始めていた。

 ルシフィンダと共に暮らして身に着けた精霊の豆知識――具体的に想像することができることは、必ず現実を動かす力になるということ。

 竜王を倒すのは、己でしかないことを。

『なぜ――なぜ倒すの?』

 風精が問いかけた。

「あの時に倒さなかったから、竜王はこの世界へ来てしまった。おそらく次元を超えて……俺が闘うことを避けたから。だから」

 そのために、あの双子が危機にさらされたことなど、どうでもいいと思えるほど達観はしていない。

 人の親なのだ。

 心を強く持って、臨むほかなかった。

『竜王は魔神。人がかなうわけない。それなのになぜゆこうとするのか』

 フェイルウォンは、イライラして腕を大きく振った。

 埃が立った。

 振り払ってしまいたい何かを、思い出したかのようにうなる。

「今度はない。今しかないのだ」

 竜王の黄金の光は、中天に達し、モンスターが次々と現れ、城下を破壊している。

 竜王が、召喚したに違いなかった。

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