第9話敗北の味

「王子! カケル王子様!」

 カケルは、近くの農村から借りられてきた荷車に乗せられて帰還した。

 手に握りしめた剣は、折れていた。

 いたましい姿をさらし、まだ意識があるのか、痛みに耐えようとしてか歯ぎしりしている。

 彼は、最後まで竜王と戦おうと挑んだ。

 しかし、得体のしれない黒い霧に阻まれて、めくらめっぽうに剣をふりまわし、硬いものに当たったと思ったら、剣は折れていたのである。

「くそ、あれだけ大口をたたいておきながら……」

 彼の頬には、獣の爪痕のような傷が三本走っていた。

 鉄のにおいがプンプンし、サーコートも破れている。

 打ち身、擦過裂傷など、体にも傷を負っているようだ。

 悔し涙にひしがれるカケルだったが、見る者たちのほうがよほどその姿に打ちのめされた。

 彼を守れなかった者たちも。

「俺達がやろう! ……こんな、王子はまだ十五歳。成人前だというのにお一人で向かってゆかれた。このままでは王都騎士団の名折れ。やらねばなるまい!」

 お付きの者は、腹に抱えていた魔除けの魔法陣を彼らに与え、深くうなづいた。

「違いない!」

 がしっと、一人一人が魔法陣をベルトにはいた。

「行くぞ!」

「まっ……」

 カケルが、起き上がろうとすると、強く押さえつけられた。

 救護班が、追いついたようだ。

「待て……」

 カケルは、震える腕で彼らを押しとどめようとした。

 なにをしようとしているのかが、わかったのである。

 しかし、そのか細い声で抑えられるほど、王都の騎士団はヤワではなかった。

「一人ではできないことも、我ら騎士団の力で成してみせましょう。王子、いってまいります!」

 彼らは、駆けていく。

 残された者のことも考えず、血気にはやったのではない。

 傷つき、帰還した王子を見ていられない、その一心であった。

「待てと……言っている!」

 それは、血を吐きながらの恫喝だった。

 びくっとして、一同カケルを振り返った。

 みんな、心配そうだ。

 涙を浮かべてすらいる。

 カケルは、想像を絶する努力を払って、折れた聖剣を地面に着いて、立ち上がった。

「……!」

 彼らは、カケルの雄姿にもう一度、しっかりとその瞳を目に焼き付けて、再び竜王に向かって駆け、散っていった。

 剣でも、大砲でも傷つけられぬ。

 命がけの体当たりでさえも、相手にならぬ。

 竜王とは、輝きに満ちた、完全なる黄金の軍神なのであった。

「ツ、ツバサ……すまない……っ」

 カケルは、ツバサの名を呼びながら、意識を失った。

 蒼天は、まだ明るかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る