少年と花、少年の花

ケンジロウ3代目

短編小説 少年と花、少年の花


それは遠い昔の話

ある場所に一人の少年が立っていた


その少年の生まれはふもとの村

幼い頃に少年の父親は戦争で戦死

今は母と祖母と一緒に、高い丘の上で酪農をしている


「ここの風はいい香りだ・・・」


ある場所とは、家の近くの丘の頂上

ここを吹き抜けるそよ風は、丘一面に咲く花の香りをのせているので

丘にはほのかな香りが漂っている



少年はここの花が好きだ

華やかな色を見せ、辺りの空気を自前の香で優しく包み込む

音もほとんど聞こえないこの場所で

青い空をキャンパスにして

少年はこうしていつもじっと立って

丘の景色を眺めるのだ


「ベル!ベル~!そろそろ戻っておいで!」


家の方から母の声が聞こえた


「分かった!今行くよ!」


少年は深呼吸した後、小走りで家へと向かった





少年が住む国では、最近隣の国との仲が悪い

領土をめぐって言い争いをしている状態だが、武力対抗になるのもそう遠くない

その領土には豊富な資源がたくさんあり

ここを拠点にすることで、さらに隣の国にも進撃しやすくなるというのだ

今の国王は血の気が強く、また気の短い性格で

隣の国と戦争する意見に強く同意しているようだ

つい3日前には少年の所に徴兵の知らせが届く始末である



少年はこの戦争に反対している

戦争で命を落としたくないという理由もあるが

少年が反対する一番の理由は


好きな場所が、壊されてしまうから


領土問題で両国が獲り合う場所は、少年のお気に入りの場所なのだ

だから少年は、領土問題が無事に片付くことを強く望んでいた



しかし



その願いは、叶わなかった




♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

「これで大丈夫?忘れ物とか・・・」


「うん、大丈夫だよ母さん。」


少年は全身に鎧をまとい、右腰には剣を装備

少年はこれから徴兵のため城にむかうのだ


「・・・」


「・・・」


母と祖母は、ただ黙って少年を見つめている

その目にはうっすらと光るものがあった


少年は低い声で、しかし力のこもった声で


「必ず帰ってくるから。」


そう言い残して、家を後にした





城につくと、集められた兵たちの半分くらいが少年と同じくらいの年の人だった

しばらくすると、城のベランダから国王が出てきた


国王は短い間を挟み、そして演説を始めた


「諸君、我らはシル・クレア地方奪取を目的とし、先にシル・クレアに移動した後、隣国のモデレード王国軍を迎え撃つ!あの場所は我々の国にとってなくてはならない我が国の宝だ!命を懸けて守り抜け!」



高鳴る兵士の歓声とは裏腹に、少年の眼から涙が零れ落ちた






少年は相手軍を迎え撃つため、他の兵士と共にあの丘に留まっている

少年が好きな色鮮やかな花は、泥が付いた兵士の靴で踏み荒らされ

花々が放つ優しい香りは、大砲に詰め込む火薬のにおいでかき消された

少年が好きだった『あの場所』は、早くも消えてしまった


すると


「モデレード軍が接近!皆、武器を持て!」


見張り役の兵士の一人が、軍全体に指示をする

全員は手元の武器を改めて装備する



相手軍が丘の頂上目掛けてやってきた


「皆の者、迎え撃て!!」


次の瞬間、兵士全員が相手軍へ全速力で走り出した





少年は戦争でも何とか生き残ろうと

少年は涙をこらえて必死に逃げ回った

少年の傍らには、次々と倒れ行く兵士の姿

その兵士の多くは、少年の国の軍隊の兵士だった

隣国の武器は自国のそれとは一回り上で

自国の武器ではかなうはずもなかった

それでも自国軍はあきらめずに、相手軍へ何発も大砲をぶっ放した

相手軍のテントはいくつも破壊され

相手軍の兵士も次々と倒れていった

しかしそれでも相手軍が優勢で

自国軍は形勢を逆転することができなかった




戦争は隣国のモデレード王国の勝利に終わった






♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


少年は、ふと目を覚ました



目に映ったのは、別世界と化した故郷の姿



「ハァ・・・ハァ・・・」


少年は何とか生き残ることができたが、半死状態だ


「ハァ・・・ハァ・・・」


片目は出血で見えなくなり、手足からは大量の血が滴っていた





「ハァハァ・・・・いえ、に・・・かえ・・ら、ないと・・・・」



少年は母と祖母がいるはずの家に、身を引きずって進みだした






少年がたどり着いたのは、瓦礫と化したかつての我が家の姿


「ハァ・・・ハァ・・・・そん、な・・・・」



家の面影は全くなく

そして母と祖母の姿も見当たらない


「ハァ・・・ハァ・・・」


少年はただ瓦礫の中を進んでいく



コツッ


少年の足に、何かがぶつかった


「ハァ・・・ハァ・・・?」


少年は足の方を見ると


「うッ・・・・おか、えり・・・ベル・・・」


そこには瓦礫で下敷きになった、母の姿があった



「そんな・・・かあ、さん・・・・!?」


「ごめんね・・・ハァハァ・・・ちゃんと・・お迎え・・でき、なくて・・・」


母は涙を流した

母の涙は頬についた血を含みながら、灰まみれの地面へと流れていく


「おかあさん・・・もう、ダメ・・・みたい・・・ハァハァ・・・おばあちゃんは、もう・・・・」


少年は弱っていく母を、ただ見ることしかできなかった


「ごめん、ね・・・ハァハァ・・・ごめんね・・・・!!」


母は何度も少年にそう言った




やがて母は、その場で力尽きた







少年はあの場所へと向かった


必死に身を引きずりながら


たどり着いたのは、少年が好きだったあの丘の上


少年は頂上から、かつてのように景色を見晴らした



灰に染まった野原 そこに散らばる兵士の姿

煙と血の匂いが丘を覆いつくす




「死ぬ、まえに・・・もう、いちど・・だけ・・・みたかッ・・・た・な・・・」




少年は、静かにその場へ倒れた










♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


あれから200年がたち、両国の情勢は落ち着いている

今や隣国のモデレード領となったシル・クレア地方

緑もだんだんと戻ってきて

シル・クレアのシンボルとなったあの丘の上には

とても小さい教会が佇んでいる

教会の横脇にはたくさんの墓石が埋められ

あの日の戦死者が、出身国問わずに供養されている

そこにはあの少年の名も刻まれている




少年の墓の周りには

少年が好きだったたくさんの綺麗な花々

そして少年が好きだった、優しい花の香り






今日の丘には

一面を埋め尽くす色鮮やかな花たちが


澄み通った青空の下で


かつて以上に輝きながら、




少年のすぐ近くで、より力強く咲いていたのだった







おわり






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少年と花、少年の花 ケンジロウ3代目 @kenjirou3

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