第38話 フェイク

「リオン! 大丈夫か」


 その時、リオンの名を呼ぶ声が聞こえた。階段から杏が登ってきたようだった。


「……勝ったのか、杏」


「あぁ。何とかな、やたらしぶとい奴だったが。それにしても随分派手に戦っているな」


 杏はリオンの肩に触れる。するとイコが杏の腕を伝ってリオンの腕に絡みついた。


「ちっ、あの役立たずが」


 それを聞き秀隆は悪態をつく。秀隆のために戦っていたというのに、中々ヒドいものである。


「リオン、そのしぶとかった理由だけど、興味深い事が分かったわ」


「興味深い事?」


 すると杏が「見ろ」と行って、手に持っていた何かをその場に落とした。するとそれは、切断された腕のようだった。その切断面を見ると、血の色はなく、配線や、銀色の骨格が見えた。


「これは……」と、リオンはその様子に驚く。


「黒蜜はやはり人間ではなかったのよ。人間を模したロボット……つまり、アンドロイドね」


「アンドロイド……そういうことだったのか」


 血も出なければ空気汚染でも死なないなんて、リオンは不思議に思っていたが、謎が解けた。


「しかし……なぜお前はこんなアンドロイドなんて従えていた」


 リオンは秀隆に目を向ける。すると、その時イコがアバターを出現させた。


「それについてはこう考えてみたらどうかしら。秀隆、あんたももしかして、この惑星の住民じゃないんじゃないの」


 イコのアバターは秀隆を指差して言う。リオンはその推論に「えっ」と、衝撃を覚えた。


 秀隆は少しの沈黙のあと、不敵な笑みを浮かべ「なぜそう思う」と言葉を返した。


「考えてみればあんたは私達と似ている部分が多々ある。ロボットを引き連れ、コアの位置を特定し、神刀を扱い、通常では考えられないほど完成された剣技を身につけている」


 杏は「そうなのか……?」と秀隆に答えを促す。


「……いかにも。私の本当の名前はクーロン・リルカルト。まぁ、名前などどうでもいいがな。とある理由でこの惑星にたどり着いた。この星の連中から見れば宇宙人という事になる」


 つまりリオンと同じ境遇という事らしい。しかしそう考えると腑に落ちない事があった。


「……なら、お前は一体何がしたいんだ」


 リオンの質問に秀隆は「ん……?」と少しとぼけたような声を返す。


「なぜ俺達と敵対しているのかと聞いている。もし俺とお前が協力すれば、お互いの故郷へ帰ることだってできたはずだ。それが俺達の宇宙船を破壊させるなんて……」


 すると秀隆は含み笑いを始め、ついには「ハハハ」と大声で笑い始めた。


「やはり思ったとおり、私とお前はウマが合わぬようだな!」


「……どういう意味だ」


「私はね、別に故郷になど戻ろうとなど思ってはいないのだよ」


 それは想像外の言葉だった。リオンはずっとその為にこれまで行動してきたというのに。


「貴様は以前、どんな生活を送っていた? 私はあまり満足の行く生活を送れているとは言えなかった。体感時間の加速により我々は限界まで自分の力を伸ばすことが出来る。一見それは素晴らしい事にも思えるが、皆が皆それを行えるという事は勝負できるのは才能の差でしかないという事。元々何の突出した才能もなかった私には活躍できる分野など何もなかったのだ」


 確かに。それに関してリオンに反論の余地はなかった。リオンも人と比べ何か特別な才能があるわけではない。


「しかし、ここにいる連中はそもそも仮想空間になど入る事が出来ない。つまり私はどんな分野においても頂点に立つ事が出来る。だから私はここで生きていく事を決めた。この惑星の下等生物共ならば簡単にその支配者として君臨する事が出来るからな」


 秀隆は刀を持たない左手をグッと握りしめた。


「だが、その上で最大の障害となるのはやはり、私と同格の力を持つお前だ。お前さえ現れなければ私はここまで追い詰められる事はなかった。お前が私の邪魔をするというのなら、ここで完膚なきまで叩き潰してやろう。そしていずれ私はこの惑星を完全に支配してやるのだ!」


 しかしリオンはそんな秀隆の意思表明に「……それは無理だな」と切り返す。


「何だと……? ふん、なぜそんな事が言える」


「お前は一つ大きな勘違いをしている。お前にとって最大の脅威は俺なんかじゃない」


「……何を言い出す。この惑星で貴様以外に何が脅威になりうるというのだ?」


「考えてもみろよ。俺の今の強さの基本になっているのは何だ? バッテリーの作戦を考えたのは。俺をここまで無傷で送り届けたのは。そして根来で反旗を翻したのは……」


 秀隆は色々とこれまでの事を思い出したのかフラストレーションが溜まっているようだった。


「お前を今、ここまで追い詰めているのはこの惑星の住民達だ。仮にここで俺が敗れたとしても、そう簡単に彼らはお前の思いどおりになんてなったりはしない。いずれ誰かが、お前を討ちとる事になる」


 そこでリオンはビシリと左手の指先を秀隆に向けたのだった。


「何がどう転んだって、結局お前なんかに、この惑星の支配なんて出来ないのさ」


「くくく……私がこの惑星の人権すら持たぬ猿どもに討たれる? 中々面白い事を言う。しかし、そんな事はありえん! 根来で離反が起こったのはこれまでこの私が優しすぎただけ。ならば更なる力を誇示し、恐怖を振りまけばいい! そうすれば逆らう者などもう現れんわ!」


 すると秀隆はビシリとリオンに刀を向けたのだった。


「さぁかかって来い! 今こそ決着をつけてやる! 貴様を倒し、原人共を奴隷として手なずけ、この惑星全てを手中におさめ、それを証明してやろうではないか!」


「……行くぞ、イコ。これで終わらせてやる!」


「えぇ……!」


 その瞬間イコのアバターは姿を消し、リオンは秀隆に向けて駆けていったのだった。


 ◇


 秀隆に向かってくるリオン。すると次の瞬間そのリオンの姿が左右に分かれた。リオンの携帯するロボット、その能力である。非常にやっかいだが、果たしてどちらが本物なのか。


「む……」


 その時、秀隆は気付いてしまった。片方のリオンに先ほど負った肩の負傷がない事に。


 思わず秀隆は口端を上げる。これはイコがリオンが怪我しているという事に気付かず分身を作り出してしまったという事。リオンは勝手に怪我をするし一体何をしているのだこいつらは。


 秀隆は勝利を確信し、笑い声をあげながら全力でリオンに向かっていく。


「ははは! どちらが本物か完全に見破ったぞ! この間抜けが!」


 そして秀隆は怪我をしたリオンの胴体に向けて火焔を斬りつけた。やはり怪我のせいか、動きが鈍い。その太刀はリオンの刀よりも先に入り、完全に勝負は決した。……と思ったのだが、


「え……」


 次の瞬間、秀隆は嫌な感覚を覚えた。いくら火焔の切れ味がいいからといって、まるで何も斬っていないかのような、空を切ったかのような感覚だったのだ。


「いや……これは……!?」


 霧散していくリオンの姿。気付くと秀隆の後ろに刀を振り上げた本物のリオンの姿があった。


 な、なにぃぃぃ……!?


 秀隆は心の中で叫ぶ。全身から嫌な汗が噴き出してくる。完全に後ろを取られてしまっている。これは下手に動いた瞬間に斬られてしまう。秀隆は目だけでリオンの姿を確認した。


「な、なぜだ……傷が治っている!?」


 先ほどまで肩に瓦礫が突き刺さっていたはずだった。リオンの回復力が高いとはいえ、こんな一瞬で傷が回復するなんて事はないはず。それに服の傷穴も血の跡さえもなくなっている。


 そこで秀隆は気付いてしまった。


「いや……まさか、傷自体がフェイク……!?」


「その通り。イコは俺が瓦礫に埋まった時点で怪我のホログラムを俺の肩に映し出したのさ」


「ば、馬鹿な。この土壇場で話し合う事もせず、そんな連携、取れるわけが……」


「あの天井を落としたのも計算してやったことだったんだよ。俺とイコがお前に勝つためだけに何十年修行してきたと思ってるんだ。もうそんなことお互い話す必要なんてないのさ」


 秀隆は「くっ……!」と悔しそうに声を上げる。


「さて、どうする。まぁ、どうしようもないか。同じ程度のスピードなら、背を向けてるお前の方が圧倒的不利。お前はもう斬られるしか道はない」


 どうすればいい。秀隆は考える。しかしここは、やはり斬られる前に自ら斬りかかるしかないだろう。先に攻撃を仕掛けたほうがまだ有利だ。


「こ、この私を……ナメるなぁッ!」


 秀隆は全身の筋力ぎゅんと張り詰め、後ろにいるリオンに斬りかかろうとする。


「ぐあぁッ!!」


 しかしやはり間に合わなかった。リオンは秀隆の背中を後ろから縦に斬り裂いた。


 秀隆は一度倒れかけたが持ち直し、壁に手を着きながらリオンから離れていった。


「うぐぐ……」


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