第37話 誘惑
第六層へと立ち入ったリオン。そこはもう上がったところが最上階唯一の部屋になっている。板張りの床、屋根を支える柱が立ち並んで、外側の通路と内側の空間の二つに分けられていた。
部屋の奥に秀隆の姿があった。うつむいたようにして胡坐をかいて座っている。
「来たか……リオン・D・グラッド」
「あぁ、やっとここまで来られたよ」
リオンはそう返事をしながら秀隆に向かって歩みを寄せていく。秀隆はその場に立ち上がる。
秀隆はやっと顔を上げてするどい視線をリオンへ向けた。ついにここで決まる。この惑星にたどり着いて、リオンにとっては半世紀以上の時が流れた。その全ての結果がここで出るのだ。
「まったく、いきなり城の前に現れるとはな。まんまと貴様に罠にはめられてしまったな」
「この前のお返しだよ。……ま、この作戦を考えたのは雅だけどな」
「雅……? 雅とは、あの綾部雅か」
「あぁ、そうだ」
秀隆は一瞬気が揺らいだようだったが「ふん……まぁいい」と切り替えたようだった。
秀隆は腰の鞘から刀を引き抜いた。赤白い光が刀身から放たれる。
するとリオンも朧月のスイッチをスライドさせ、青白い刀身を出現させた。
お互いに神刀の切っ先を向け合い、ジリジリと距離を縮めていく。
「以前と同じザマにならなければいいのだがな」
「そうだな……今日はその辺りの注文には応えられそうだぜ」
そしてリオンは残り2m程まで近づいた時、足を踏み込み目の色を変えて切り込んだ。
「はぁッ!」
朧月を振り上げて頭に向けて振り下ろす。秀隆はそれを横にはじき、すぐに攻撃に転じた。
リオンは弾かれた刀をすばやく切り返し、下段から両手で受け止める。
体重をかけた重い攻撃。ビシビシと刀と刀の接触部分から火花が飛ぶ。
「なるほど……。確かに今回は少しばかり動きのキレも力の入り方も違うようだな」
そうだ、以前秀隆のこの攻撃をリオンはまともに受け止められず、膝を曲げてしまった。
しかし、今のリオンの顔には余裕の笑みさえ伺える。
「あぁ、皆のおかげでここまで体力を温存出来たからだ」
そしてリオンは秀隆の刀をその体ごと押し返してしまった。秀隆の腕は上がり、その腹に隙ができる。リオンはそこに飛び込み胸を突き刺そうとする。
すると秀隆は体を引きながらリオンの刀を握った手を右からの蹴りで弾き飛ばしてきた。
だがリオンはその勢いを利用するように反時計回りに回転し、横からの攻撃を片手を延ばして繰り出す。
その攻撃も膝を曲げて態勢を低くして避けられてしまう。しかしリオンまだ攻撃の手を止めない。その回転の勢いを殺さないままもう一つの腕で腰の鞘から予備の刀を抜いてさらに半回転し、追撃を行う。だがそれも火焔によって刀身をジョンとたやすく切り落とされてしまった。
そこから秀隆の頭を狙う横からの反撃がやってきた。リオンはそれをしゃがんで避ける。
そして秀隆の胴体を蹴ってその反動で後方へと飛び、床を転がるように回転し距離をとって立ち上がった。柄だけになってしまった刀をまだ持っていたので横にポイと投げ捨てる。
そこでリオンと秀隆は目を合わせた。リオンはふうと軽く息を整える。
結構変則的な攻撃を行ったはずだが、秀隆は落ち着いてそれぞれの攻撃に対処してきている。
やはりリオンが万全の状況でも、そう簡単に攻撃が決まるほど甘い相手ではないようだ。
そして朧月を両手で持ち再び斬りかかって行こうとした時だった、
「待て」と秀隆が今まで斬りあっていたのが嘘のような落ち着いた声色で言った。
「一つ聞きたいことがある」
リオンは足を止め「……なんだ」と、とりあえず応じてみる。
「以前お前は故郷に帰るために戦っていると言っていたな。その為にこの刀が必要なのだろう? しかし、その故郷に帰るための船は破壊した。お前はもう、この刀を手に入れたところでこの地から離れられないはず。ならばお前は今、一体何のために戦っている?」
リオンは少しの沈黙のあと、その問いに答えた。
「それは……雑賀のためだ。お前を倒して雑賀を根来の支配から解放させる」
「雑賀のため? 雑賀と貴様には元より何の関係もないはずではないのか? ふむ……つまり、故郷に帰れなくなったため、ここでの生活を余儀なくされた。そうなると自分が住む雑賀が支配され搾取されていては、真っ当な生活を送れなさそう。だから戦っているというわけか?」
すると、秀隆は刀の切っ先を下げてしまった。一体どういうつもりだろうか。
「ふふ、そういう事ならこういう提案はどうだ。貴様が根来に寝返ればいいのだ」
それはあまりにも予想外の言葉であった。リオンは「は……?」とあっけにとられる。
「たとえここで雑賀が根来から解放されたとしても、土地が狭まってしまった現状、大した生活は送れんぞ。ならば、お前はこちらについた方がいい。そしてこれまで通り雑賀の民を奴隷のように働かせるのだ」
リオンは目を閉じ、ふうと、ため息を吐いた。
「なるほどな……それなら俺達は二人揃っていい生活が送れるっていうことか」
「そうだ。別に私はお前に恨みがあるわけでもない。我々が協力すれば、より盤石な支配網が築けるはず。あのふざけた離反なども、もう起きる事はないだろう。私にもこのように利点がある。裏切りなどしないさ」
「確かに、それは悪くない提案かもしれないな……」
しかし、リオンは目を見開き、強い眼差しを秀隆に向けた。
「だが、答えはノーだ。俺は別にいい生活を送ることが目的なんかじゃない。雑賀が、ここに住まう人達が好きだから、彼らを守りたいんだ。それが俺がお前と戦う理由だ」
すると、秀隆は顔を半分手で隠し「くくく……」と不敵な笑みを浮かべ始めた。
「一応聞いてはみたが、交渉決裂か。まぁ、最初に一目見た時から何となく理解していたさ。お前とはウマが合わんとな」
秀隆は降ろした刀を再びリオンへと向ける。
「ならば、結局これでカタをつけるしかあるまい」
そして今度は秀隆からリオンに向かって駆け寄ってきた。
「でぁッ!」
耳を劈くような声と同時に繰り出される横からの攻撃。リオンはそれを受け止めたが、その力に少しバランスを崩しそうになる。先ほどよりも攻撃にさらに力が入っているようだ。
リオンは様々な方向から怒涛の攻撃を受け続け、後方へと押されていく。すると、そこには外側の通路との空間を分ける柱が立ち並んでいた。そのままいけばリオンは柱と背中をぶつけてしまうだろう。しかしリオンは秀隆に目を向けたまま柱と柱の間をするりと抜けたのだった。
その様子に秀隆は「ほう」と、攻撃の手を一度止めたようだった。
「……まるで、後ろに目でも付いているかのような動きだな」
「あぁ、シミュレーションの中で、半分この部屋に住んでいたようなもんだからな。実はここで戦うことは随分と俺に有利なんだよ。決闘の場所、ここから、変えたくなったか?」
「……ふん、そんなもの関係ないわ!」
そういうと、秀隆は再びリオンに向かって突っ込んできた。リオンは秀隆から隠れるように柱の後ろへと回る。すると、秀隆はその柱ごとリオンを切断しようとしてきた。当然、火焔は柱をスパリと切断し、リオンにその切っ先が届きそうになる。
リオンはさらに後方に移動し、その攻撃を避ける。
そこからリオンはその柱をもう一度、今度は秀隆が切断した部分よりも下部を斜めに切断する。すると、秀隆はそれが反撃だと思ったようで後方に下がった。
しかし、それは実は秀隆を狙ったものではなく、柱そのものを狙ったものだった。リオンの斬撃により、柱の中央あたりが斜め下に滑り落ちてくる。そしてリオンはその柱の横に出て、木片を床に落ちる寸前に蹴とばす。真下からから飛んでくる飛翔体は秀隆にとっても予想外な攻撃だったようで、それは秀隆の顎に当たってしまった。
「がっ!?」
上を向き、一瞬ひるむ秀隆。リオンはその隙を見逃さんと、一気に間合いをつめ、下から切り上げる。するとその攻撃は秀隆の右腕の皮を切り裂いた。
さらなる追撃を試みようとしたが、すぐさま反撃が来たためにリオンは後ろに下がった。
「ちっ」と秀隆は自身の腕の傷口を確認する。やっと秀隆にダメージを与えることができた。思えば最初に出会って拳銃で撃退した時以来のことだ。
「……このままこの勝負、勝たせてもらうぞ」
そういうとリオンは別の柱をズバリと削り取り、それを手にした。簡易的な木刀の出来上がりである。朧月を左手に持ち前方中段に構えて秀隆に迫っていく。右手上段には木刀を構える。
秀隆の視線を見ると、やはり必殺の神刀である朧月に視線が向いているようだった。
そこでリオンは片手では少し非力になってしまうが、朧月でなんとか秀隆の刀をいなし、それと同時に別方向から木刀で殴りつけることにした。その戦法はなかなかにうまくいった。リオンの攻撃はしばしばヒットをしていく。もちろん先ほどの戦いのように火焔によって木刀が両断してしまうこともあるが、その場合は再び柱や梁から削り取って再び生成していけばいい。
そして、しばらく同じような攻防が続くと、甲冑をまとった秀隆であっても、そのダメージが動きに現れるようになってきた。
「き、貴様……この城を倒壊させたいのか」
二人が一旦離れたとき、秀隆はそんな文句とも言えるような言葉をかけてきた。
「ははは、大丈夫大丈夫。この程度で、この建物が崩れてくるなんて事があるわけが」
リオンは、木刀を切断されてしまっていたので、再び新しい刀を作り出そうと、そばにあった柱に切りつける。するとその時、リオンの直上の天井部が崩れ落ちてきた。
「って、う、うわっ!?」
そしてリオンはそれに巻き込まれてしまったのだった。秀隆はその様子を伺う。
「……変にテクニカルな戦い方をしようとするからだ。間抜けな奴め」
次の瞬間、瓦礫から刀身が現れ一瞬にして細切れになった。そして中からリオンが姿を現す。
だがその左腕に太い瓦礫が深々と突き刺さっていた。その様子にふっと秀隆は笑みをこぼす。
「ふっ、お前は侍ではなく、道化師か何かだったのか? 随分と笑わせてくれるではないか」
「ぐっ……」とリオンは刀を持った手で傷口を押さえる。
「勝負は決まったな。私もダメージを負っているとはいえ打撲程度。もうお前にこの私を倒すことはできん」
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