第36話 突撃
三の丸を駆ける四百名ほどの突撃部隊。リオンの前方を取り囲む雑賀の兵達は、リオンを無傷で秀隆の元へと辿り着かせるための盾であり矛であった。前方の兵は雨のような敵の攻撃に消耗品のように倒れていく。しかしそれでも前進をやめず次の兵が前へと出て突き進んでいく。
二の丸へ続く橋を渡り切るとリオンは前へと出た。最初の門を破った時のように、門の隙間に朧月を差し込み、かんぬきをスパリと切断する。やはり朧月があるのとないのでは攻城の難易度に雲泥の差が出る。そのあと皆で門を押し開け、二の丸へと侵入した。
するとそこには大量の根来兵がいて、槍を構えていた。
「リオン殿。この先の事は頼みましたぞ」
すると、その時リオンの傍にいた惣十郎がそんな事を言い出した。そして前方へと行き、大声を出して突撃していったのだった。そこで惣十郎は槍で刺されてしまったようだった。しかし、中々倒れず、惣十郎は槍を振り回し続ける。
「惣十郎……」とリオンは助太刀したくなったが、彼等の覚悟を無駄には出来ない。
リオン達はその場に残り戦う兵士を横目に先へと進んでいく。
そして、最後の門を抜け、本丸へと立ち入った。もう秀隆がいるはずの、天守は目前だ。
しかし、天守に近づくほどに敵の数も多く、手練れの数が増えてきているようであった。
「今度は我々の番ですね」
そう言って前に出たのは豪真だった。刀を構え、声を上げ敵兵と正面からぶつかり合う。
リオンを囲う兵はもう五十名程度だ。数では負けているが、もはや臆する者はいない。
その場を何とか切り抜け天守の目の前までたどり着くと、雪丸達数人が止まり、踵を返した。
「行け! ここは俺達が死守する!」
敵はもはや、外からこちらにやってくる方が多数であるようだった。これから、城内の兵が秀隆を守るためにここに集まってくる事を考えると、ここを守る事はほぼ決死ともいえる。
その時、杏が「ならば私も!」と言って足を止めようとするが、
雪丸は「杏、お前はリオンと共に行け」と言ってそれを止めた。
「し、しかし……」
「お前達は最初からずっと一緒にいた。ならば最後まで連れ添っていけ」
「わ、分かった。死ぬなよ雪丸!」
リオンと杏は雪丸達にその場を預け、天守の内部へと立ち入った。
リオンの周囲の兵はこれで二十名程度にまで減る事になってしまった。
イコの指示に従い、前方の兵が進む。そして、階段のもとまでたどり着くと、その兵は上階からの槍攻撃を受けてしまった。狭い階段での混戦となりリオン達の足が止まってしまう。
ここからはもう、勢いがあればいいという訳ではないのかもしれない。朧月ならば、壁に刃が食い込むという事はなく、圧倒的有利に敵と戦って行けるだろう。
リオンは前線の兵に「下がれ」と声をかけ、兵をかき分けるようにして前へ出た。
「ここからは俺が先頭に立って進む。皆は背後や横から来る敵を抑えてくれ」
リオンの言葉に「はっ」と兵達が声を上げる。リオンはついに先頭に立ち、剣を振るい始めた。ただ、振り返る事もなく前だけを見つめて、秀隆の元へと階段を登りつめていった。
そして、リオンは第五層まで何とか無傷で登ったのだった。
左右に襖のある通路の先に最上階までの階段がある。そのフロアから、敵兵の姿は見当たらず急に静かになった。立ち入りを禁止されているのだろうか。
「火焔があるのは、まだ一つ上の階ね」
「よし……みんな、気を付けながら進め。ここまで来ればもう秀隆は目前だ!」
リオンは皆の士気を上げようと声を上げ後方を振り向く。しかしそこには杏しかいなかった。
「え……」とリオンはその光景に目を丸くする。
「……もう残っているのは私とお前、そしてイコだけだ」
「そ、そうか……」
すると杏はチラリと後方の階段を顧みた。
「皆、命を懸けて誰もここまで敵を通さないように場を死守している。ならば我々もその想いと覚悟に応えねばなるまい」
「……そうだな。行こう」
リオンは左右の襖に注視しながら奥にある階段に向かって行った。
すると、ガラリと前方の右の襖が開かれた。そして、そこから出てきたのは長い黒髪の白い着物を着た女であった。リオンは宇宙船が破壊された事を思い出し、顔をしかめる。
「黒蜜か……先日はよくもやってくれたな」
足を止め、刀を構えるリオン。黒蜜は何も答えずチュルリと長い舌を一瞬出す。
「それにしてもお前、なぜ生きている?」
汚染された大気の中、宇宙船までやってきていたはずだというのに。あの空気をまともに吸えば数日も生きられないのではなかったのか。だが、黒蜜は涼しい顔をしている。
「手の傷も治ってるな。本当に人間か?」
するとその時、杏がリオンの前に出た。
「リオン、お前はこんなところで留まっている場合ではない。あの女は私が相手をしよう」
「でも……お前、あいつに勝てるのか」
「大丈夫だ。おいお前、我々はその部屋で決闘を行う事にしようではないか」
杏は平然とそう言うが、杏よりも黒蜜の方がレベルは少し上のようにリオンには感じられた。
「キキキ……いいでしょう。私もあなた達二人を秀隆様の前に通すわけにもいかないので」
そう言って、黒蜜は、最初にいた部屋へと再び入っていく。杏はその後についていく。
このまま戦えば杏は死ぬ可能性が高い。リオンは考えた末、イコの名を呼んだ。
「イコ、お前、杏を手伝ってやれ」
イコは判断に困っているのか、言葉をすぐには返さなかった。杏が代わり振り向いて答える。
「何を言うのだリオン。ここで秀隆相手に全力を注がなくてどうするのだ」
「確かに、国のためを思えばそうかもしれない。でも……これは俺の個人的なわがままだ。俺はお前に死なれたくない」
「リオン……」
「心配するな。俺と秀隆の強さは均衡してる。そう簡単に負けはしないさ。イコ行ってくれ」
リオンは杏の腕に手を伸ばす。するとイコは「分かったわ」と杏の腕へと乗り移った。
「……ならばさっさと戦いを終わらせて、そちらに加勢させてもらう事にする」
「あぁ。無理はするなよ」
リオンは杏が部屋に入っていく姿を横目に階段へ向かって、一人足を進めていった。
杏が部屋に入ると黒蜜は鞘から刀を引き抜いた。やはりそれは鮮血の色をした刀であった。
「……姫様、再戦とは、あなたとは縁がございますね」
「ふん、その縁も、貴様の首ごと叩き斬ってやろう。このペテン師め」
「それは心外でございます。私はただ人々の平和を願って行動しているだけなのですから」
「ならば今すぐ自刃しろ。お前こそが平和への一番の障害だ」
「ククク……どうやら姫様とはどれだけ話し合ったところで無駄のようですね」
距離を縮めていく二人。その時、杏の体が二つに分身した。
「はぁッ!」「シャアア!」
二対一の死闘が始まった。
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