第35話 陽動作戦
その二時間後。六城の本丸の最上階にて。
秀隆はその座敷の奥で胡坐をかき、膝の上に立てた腕の上に顎を置いている。
「ふん、リオンめ、船を破壊したというのに、結局戦場にやってくるとはな」
「そうですね……誰かの手により刀だけが持ち込まれた、という可能性もありますが」
秀隆の斜め前で正座する黒蜜が答える。以前リオンに受けた手の傷は完治している様子だ。
「そうだな……まぁ、そのほうが都合はいいのだがな。今の朧月の位置はどこだ?」
「北東へと進んでいます。その先にある古城へと逃げ込むつもりではないでしょうか」
「くく、援軍の後方から奇襲を仕掛けるつもりだったのだろうが、無駄だ。いくら奴でも、さすがに七千の部隊を相手にする事は出来まい。援軍にはコアの位置が分かるレーダーも渡してある。もはや逃れる事は出来んぞ」
「しかし……リオンかもしれない一人に対して七千の兵を差し向けるとは……」
「やりすぎだと言いたいのか? 私はそうは思わん。結局、この私の脅威となるのは朧月を手にしたリオンだけ。この城も、この調子ならしばらく落ちはせん。援軍がこちらにやってくるのは、朧月もしくはリオンの首を土産に持ってこさせてからで十分だろう」
「それは……確かにその通りでございますね」
「ライオンは兎を狩る時でも手は抜かんという事だ。もうこれで私の勝利は確実と言えよう」
秀隆は不敵な笑いから次第に声量を上げ、ついには「はははは!」と大声を上げ始めた。
するとちょうどその時、城の外からほら貝の音が鳴り響き始めた。
「ん……? なんだ……?」と秀隆は立ち上がり、窓辺に立って、城の周囲を見渡した。
すると雑賀の兵達が、虎口に繋がる橋を数百人の集団で渡ってきているようであった。
「突撃か……しかも三方から? 雑賀もこちらの援軍を恐れて焦っているようだな。しかし無駄な事だ。あの門はそう簡単に開くものではない。あれでは死体の山が増えるだけ……」
その時ふと、秀隆の頭にその突撃命令を出したであろう綾部雅の姿が浮かんだのだった。
「ふふ、一度顔を合わせたが、あの雅とか言う男、見るからに無能な様子だったな。あんな者
の無茶な命令で命を散らすとは……敵ながら雑賀の兵達も不憫なものよ」
すると、黒蜜が目を閉じたまま「……秀隆様!」と声を上げた。
「どうした?」
雑賀の兵が虫のように死んでいく様を見ていたかったのだが。秀隆は黒蜜に目を向ける。
「コアのエネルギ-反応が……この城の目の前で発生しました」
「は……?」と秀隆は目を見開く。一瞬、黒蜜が言っている意味を理解出来なかった。
その時、三の丸、北の門が破られたようだった。そこから最初に姿を現したのは、朧月を手にしたリオン・D・グラッドであった。リオンは一瞬、秀隆に目を向けてきた。
「ば、馬鹿な! なぜ奴と朧月がこんなところに……まさか奴はワープでもしてきたのか!?」
「いえ……依然として、古城の方からもコアの反応は続いています」
「なんだと……まさか雑賀には神刀が二つあったとでも言うのか」
「そうかもしれません……。しかし、現実的に考えてみれば……もしかしたら、片方はバッテリーか何かかもしれません」
「バッテリー……?」
「コアのエネルギーを溜めこめるバッテリーです。船に積まれていたものを持ってきたのでしょう。それを解放させれば、コアと同じ反応が出るはずです。敵は、我々がコアのエネルギー発生位置の特定が出来るということを理解していてこんなことをしたのではないでしょうか」
「つまり、古城に向かったのは囮……。これはリオンが仕掛けた陽動作戦だったというのか」
七千の援軍はいまだにその事に気付かずバッテリーを追っている可能性が高い。そんなものがなければもう援軍は城についていたはずなのに。
「リオン・D・グラッドォ……!」
秀隆は城内を疾走し、こちらに近づいてくるリオン達を睨み付けた。
相手を手玉にとっていると思っていたのに。まさかこちらが踊らされていたとは。
「これは……本当にリオンが考え出した作戦でしょうか。もしかしたら……」
「そんなことはどうでもいい! 早く伝令を出せ! 援軍をこちらに向かわせろぉッ!」
秀隆はそう怒鳴る。しかし伝令が届き、援軍が引き返してくるまで数時間ではきかないはず。
もはやリオンとの直接対決は避けられないところまで秀隆は追い詰められていたのであった。
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