第29話 処刑

 次の日、杏はリオンの船へと向かった。雪丸を迎えに行くためである。


 外門を抜け居住地の外へ出ると、雪丸は船の前でイコのホログラムと戦っていた。


 杏はその隙のない戦いっぷりに驚いた。明らかに動きが違う。たった数日の修行のはずだが。


 その戦闘が終わると杏は「雪丸」と声を掛け近づく。雪丸は杏に体を向けた。こちらは見てはいなかったが、とっくにその存在には気づいていたのだろう。


「何か状況は進展したか。リオンの処刑はもう明日のはずだが」


「あぁ、何とか間に合った。雅様を裏から操る女を暴き出し、雅様の説得に成功した」


「本当か? ……よくやったな二人とも。正直、半信半疑だったが」


「それで明日、リオン救出作戦を決行する事になったわけだが、雪丸、お前も参加できるか」


「あぁ、それはもちろんだ。奴も俺達の救助を首を長くして待っている事だろう」


 そして雪丸はふっと一笑しながら「その首が残っていたらの話だがな」と付け加えた。


「……はは、笑っていいのかそれは?」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 そして次の日、ついにリオンの公開処刑執行日がやってきてしまった。


 その処刑が執行される場所であるヨンロク門とは、第四区と第六区を繋ぐ門のことである。門とは言っても、その幅は1kmほどあり、数mおきの柱がその上部の壁を支えている。


 ここを塞いでしまえば、敵からの侵攻を防げるようにも思えるが、コロニーの構造物に何か手を加えたりすれば、周囲のプリズムからの攻撃を受けてしまうために、まともに触れることも出来ない。両軍ともに、この門は素通りすることしか出来ないのであった。


 午後三時頃、ヨンロク門の雑賀側。そこには二百人程の雑賀の民衆が集まっていた。


 最初はリオンを誰もが過少評価していた。しかし先日の五百人斬りの件は多くの人に衝撃を与えていた。リオン一人の力で、国の運命が変わりかねない。そのリオンが死ねば、もう雑賀には永遠に逆転の目が出る事はないだろう。人里から離れた現在の国境であるこのヨンロク門前に、ここまで多くの人々が集っているのは、そういう意味で雑賀と根来の本当の決着が今日ついてしまうという事が皆分かっているからなのだろう。


 木材で簡易的に組まれた舞台の上、そこにリオンが二人の兵によって連行されてきた。


 その舞台は十名の帯刀した根来の侍が取り囲み、周囲に対して睨みをきかしている。


 リオンは手を体の後ろで縛られ、足には重い鉄球が繋がれており、自由に動けない状態だ。五百人を斬った剣士でもこの状態ではほぼ無力である。抵抗しても死を早めるだけだろう。


 舞台の中央まで連れてこられたリオンは、その場に膝をつかされた。


「これよりリオン・D・グラッドの公開処刑を始めるぅッ!」


 舞台に立つ侍がそう声を上げると、真っ白な着物姿に能面を被った人物が舞台の後方から上がってきた。その者が手にしているのは刃渡り1mを超える大きな太刀だった。


 リオンは少し下を向いたままほとんど動く様子はない。受けた傷は全て完治していたが、狭い牢屋に閉じ込められ、食事もロクに与えられず、かなり衰弱していた。


 もうすぐ死ぬ。鞘から抜かれたよく手入れされた刀を見て、リオンはそれを実感した。


 こういう時、リオンは帰るべき故郷を思い浮かべるものかと思っていた。しかし案外頭にあったのは、この惑星に来てからの出来事であった。杏と共に城と船を往復した事。城下町での観光。雪丸との戦い。一騎で六城に突入した事……。現実世界では短い期間ではあったが思えば色々な事があった。


 処刑人が刀を振り上げる。リオンは死を覚悟しゆっくりと目を閉じた。しかしその時だった。


 一本の矢が処刑人の肩に突き刺さった。処刑人は思わず「うがっ!?」と声をあげ、のけ反る。そしてその刀を落としてしまったのだった。リオンは「え……」と、思わず目を見開く。


 それだけでは終わらない。リオンを捕えていた二人にも矢が突き刺さった。


 舞台で声を上げていた侍が「敵襲か!」と声を上げ、舞台の周りにいる侍達も刀を抜く。


 民衆たちは危機を感じ、舞台から離れていく。しかし、むしろ舞台に近づいていく者がいた。


 それは百姓に扮していた杏、そして雪丸であった。二人は刀を抜き、舞台へと迫る。


「待っていろリオン! お前を死なせはしない!」


 杏が叫び、舞台前での交戦が始まった。雪丸は圧倒的速度で敵の首を刎ねて行く。杏が手にしているのは朧月で、敵の刀ごと斬り裂いていく。それは一見順調な戦いに見えた。


 しかしリオンは「杏……馬鹿な真似はよせ……これは罠だ」と弱々しい声で呟いた。


 そしてその時、舞台の後方にあった詰所から根来兵達がぞろぞろと現れ始めたのだった。


 杏と雪丸に向けて突撃していく兵達。すると舞台の上の侍が、高らかに笑い始めた。


「ははは、やはりまだ我が国に仇なそうとする者がおったか。しかし貴様等の仲間は一体何人だ? 数名の残党ごときでは我々に立てついたところで意味などない。お前達は飛んで火にいる夏の虫というわけだ。この場で最後の一匹まで叩き潰してくれる!」


 杏は多くの敵兵が目前まで迫る中、フッと笑みをこぼした。


「残党だと? 勘違いしてもらっては困るな」


「何……? だったら一体何だというのだ」


 その時、杏達の後方の森から大量の武装した雑賀兵達が現れ、こちらに向かって駆けてきた。


「な……! なんだあいつらは! なぜあんな大量の兵が……」


 その数は約二千。詰所から出てきた根来の兵を明らかに凌駕する数であった。


「我々は雑賀の正規軍。雅様の命によりこの場にやってきたのだ!」


 杏はビシリと朧月の切っ先を、舞台の上の侍へと向ける。


「雑賀は再び根来へ宣戦布告を行う! ここで斬り殺されたくなければ、この場を引きこの事を秀隆に報告するのだな!」


 杏がそう叫ぶ。走り寄ってくる雑賀兵の勢いに、根来兵の動きは完全に止まってしまった。


「くっ……ならばせめてこやつだけは!」


 舞台の侍はそういって落ちていた処刑用の太刀を拾い上げ、リオンに向けて振り下ろした。


 しかし、リオンはそれを横にかわした。そしてさらに、残された力を振り絞るようにして侍の顔面に頭突きをくらわせた。侍は「ぷぎゃ!?」歯を数本飛ばしながら、後ろへ吹き飛ぶ。


 リオンはバランスを崩し、その場にそのまま倒れた。舞台の上の侍は「あがががが……」と顔を抑えながら、立ち上がる。そしてもうその時には雑賀の兵達が間近まで迫っていた。


「み、みにゃの者! ここは引くぞ! 退却だ!」


 その声を皮切りに、根来の侍達はヨンロク門に向かって走りだした。


「行くぞ! このまま一気に攻め込め!」


 雑賀の兵達がたどり着くと、雪丸が先導しヨンロク門の先へと向かっていく。


 杏はそれを横目に舞台へと上がり、リオンの元へと駆け寄ってきた。


 うつ伏せに倒れていたリオンの肩に触れ「リオン、大丈夫か!」と声を掛けてくる。


 リオンは顔を起こし「なんとかな」と軽い笑顔で返事をした。


「ありがとう……まさかこんな総力を挙げて助けにくるとは……」


 杏は「いや、気にするな」と言いながら朧月を使い、リオンの腕の縄と足の鉄球を外した。


「……それにしても、なんだか色々とあったみたいだな」


 リオンは自身の手首をさすりながら、杏の腕にいたイコに目を向ける。以前では考えられなかった光景だ。


 するとイコは「別に……大したことはなかったわ」言って杏の体からリオンの腕へと戻った。


 リオンは肩を貸されて何とかその場に立ち上がる。すると、散らばっていた民衆達が、ぞろぞろとその場に戻ってきていた。皆、二人を見上げている。


 その時杏は彼等に向かい、大声で宣言をしたのだった。


「皆の者聞け! これで根来による支配は終わりだ! これより我々は根来と戦い、雑賀の自由と誇りを取り戻す!」


 すると民衆は「おぉぉ!」と歓声を上げた。やはり皆現状に大きな鬱憤を抱えていたようだ。


 リオンはそこから第四区、四代城へと運ばれ、体力の回復に努める事となったのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る