第30話 約束

 それから雑賀軍はその勢いのまま六区の西にある近重城へと攻め入り、たった一日で落城させてしまった。それほどこの時の雑賀の動きは根来にとって予想外だったという事なのだろう。


 そこから目指すべきは、更に東にある秀隆が在住しているはずの六城であった。


 しかしその時、近重城にいる雑賀の兵は三千と、六城にいる兵と同程度で、まだまだ六城を攻め落とすには人数が足りなかった。それに秀隆にはリオンをぶつける必要があるが、そのリオンが戦えるまでに回復するには数日は掛かる見込みであった。


 逆に、こちらが兵を集め、リオンが回復するまでの数日の間に、根来が全軍で攻めてくれば、こちらがピンチに陥ってしまうだろう。


 そう危惧していたのだが、どうやら流れは雑賀に向いているようだった。


 なんと根来に向かわせた忍び曰く、根来で隠れていた前政権による反乱が起きたのだとか。


 おそらくその反乱は偶然ではなく、こちらが宣戦布告をした事を好機と見て起こされたのだろう。秀隆は下剋上に続く下剋上を短期間に行い、力のみで這い上がった身、あまり地盤というものをまだ固められていないのかもしれなかった。


 秀隆にはしばらく援軍もやってこないどころか、根来の地に逃げ帰る事すらも難しくなった。


 これは雑賀にとって思ってもみない最大のチャンスが訪れたという事であった。


 しかし、忍びの判断によれば、その反乱はいずれ抑えられ、遅れてはしまうが、結局根来の地からの援軍はこちらにやってきてしまうという事らしかった。


 どちらの軍が先に軍備を整えて戦場へ兵を向かわせることが出来るのか。勝負はそこに掛かっているようであった。雑賀では早急な戦の準備が進められていった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 リオンが四代城についた日の夜。部屋に雅が訪ねてきた。ふとんから出ようとするリオンを雅は「そのままでよい」と手で止める。雅はリオンの前に胡坐をかいて座った。


「どうじゃ調子は」


「そうだな……さっき杏から無理やり飯を口に詰め込まれたし数日もすれば回復するはずだ」


「そうか、それは良かった。なかなか便利な体をしておるな」


 そういう雅の顔は以前よりもどこか引き締まっているようにリオンには感じられた。


「ところで今回の救出作戦は、お前の命令のおかげだったらしいな。ありがとう」


「いや、礼には及ばん。私もイコのおかげで目を覚まさせてもらった。それにお主を救ったのは、言ってしまえばこれからの戦でお主に活躍してもらう為じゃ」


 そこで雅は両ひざに手をつき、リオンに向かって頭を下げたのだった。


「以前は突っぱねてしまったというのに、実に調子がよく、そして身勝手な願いかもしれん……しかし、我々に力添えしてはくれんか。頼む、この通りじゃ」


「……顔をあげろよ。元よりそのつもりだ。そんな頼み込まれなくてもな」


「そうか……感謝する」


 顔を上げた雅は気持ちを切り替えるように「さて」と膝の上を両手でポンと叩いた。


「ここで今日の話は終わり、と言いたいところじゃが、我々には時間がない。更に話を続けてもよいか。聞いておきたい事があるのじゃ。死に体のお主には酷かもしれんが」


「別に問題ない。なんだ聞きたい事って」


「以前の六城一騎突入についてじゃが、その敗因は一体なんだったのじゃ? 単純に力不足だったのか? 一応勝機はあると見て乗り込んだと聞いたが。何か誤算があったりしたのか」


 リオンは「あぁ、それは……」と、以前の苦い戦いを思い返した。


「そうだな……言ってしまえば敗因は、俺達に対する罠が張られていた事だな。なぜか事前に、俺が六城に侵入するって事が秀隆に知られてたみたいなんだ。そのせいで大量の兵を一気に相手にすることになってしまった。もし秀隆と一対一の勝負なら勝機はあったと思うけど」


「罠……? それはお主が奇襲を仕掛けると根来に誰かが情報を漏らしていたという事か?」


「いや、そんなことが出来る人物といえば杏ぐらいなものだし、それはないと思う」


「そうか……ならば一体どうやって敵はお主がやってくる事を事前に知ったのじゃ」


 するとリオンは「そうだな、心当たりがあるとすれば……」と言って腕のイコに目を向けた。


「実は私には神刀の位置が特定出来るのよ。もしかしたら敵にも同じ事が可能なのかも」


 雅は宙を漂うイコのアバターに目を向け「ほう……そんなことが」と拳をアゴに当てる。


「しかし、根来にお主達と同じ、そんな高い水準の技術力があるようには思えんが……」


「確かに。でも、自力で作る事は出来なくても、そういうものを拾った、なんて可能性はあるかもしれないわ。その神刀だって、あなた達現地人が作ったものではないことだし。そういうオーバーテクノロジーが使われたアイテムがあっても不思議じゃない」


「なるほど……神が作った道具ということじゃな。では、もし仮にそうであった場合。次攻撃を仕掛ける時も、朧月の位置はバレバレ、という事か?」


「それは……確かな事は言えないけれど、もし敵が私と同じ方法で神刀の位置を特定してるなら、常にバレバレというわけではないわね。刀の位置が分かる時は、コアのエネルギーを放出している時、つまり刀の刃を出現させている時だけだから」


「ほう……つまり、朧月の位置を敵に知られたくなければ、刀を使わなければならない場面のギリギリ前まで刃を出さなければいい、ということか」


「そういうことになるわね」


 リオンが六区にコロニーの外側から侵入しようとした時、木材のバリケードが組まれていた。思えばあれはリオンに朧月を使わせるためだったのかもしれない。それによって根来はリオンの接近を知り、罠の準備を進めることが出来たというわけだ。


 雅は「なるほど……」その場でしばらく何かを考えているようだった。


「ならば……逆にそれをこちら側が利用する……なんて作戦が立てられるやもしれんな」


「え……?」


「その朧月の位置特定に関して、もっと詳しい話を聞かせてはくれんか」


 ◇ ◇ ◇ ◇


 次の日、四代城には各区の大名達が集い評定が行われた。そこでは雅が昨日のリオン達との話し合いの結果作り上げた作戦を皆に話す事になったのだった。


「なるほど……そのバッテリーというものを使うのでございますか。まぁ、確かにそれなら敵を欺けるかもしれませんな」


 大名達は雅の話を聞いて唸っていた。リオンも雅の発想力には中々驚いていた。まさか宇宙人であるリオンにも思いつかないような作戦を現地人である雅が思いついてしまうとは。


「では、三日後の決戦はその作戦を実行することにする。頼んだぞ」


 評定が終わり、雅が室内から立ち去ったあと、大名達は口々に呟いていた。


「あれから、雅様はまるで別人のようにたくましくなってしまわれたな」


「そうじゃな、本当にお強くなられた。まるで先代、悠河様を見ているようじゃ」


「血筋というものか。やはり雅様を信じて正解だったようじゃな」




 その日の夜、リオンは杏が一人、物見小屋から町を眺めている姿を目撃し、はしごを登っていった。上までたどり着くと、リオンは杏の横に立った。


「リオンか」


「お前、たまにここに立ってるよな」


「あぁ、そういえばそうかもしれないな。私はここから町を眺めるのが好きなのだ」


 リオンは「ふーん」と杏の横顔を眺める。相変わらず眉毛がビシリと整っている。


「そうだ、お前もよく見ておくといい。これがお前がこれから守る事になる町なのだ」


 そう言われると考え深いものがある。リオンはしばしの間、杏と同じ風景を眺めた。


「……この戦い、勝てるといいな」


「あぁ。私はたとえこの身を犠牲にしても、雑賀を勝利に導かせる所存だ」


 するとリオンは杏の顔を少し不満げな表情で見た。


「杏、そんな事言うな。犠牲になってもだなんて」


「ん? しかし……それがこの月島家に生まれた者の定めだ」


「そうか……お前は使命とか定めとか、そういう言葉にうるさい奴だったな」


「そういう言葉を先立てて考えている訳ではない。私はここで暮らす民の為を思ってだな」


 リオンは杏のその回答にため息をつき、それ以上言い争う事はやめておいた。生まれてからずっと杏はその考えのもとに生きてきた。きっと今更その考えを改める事はないだろう。


「分かったよ。なら、これを受け取っておいてくれないか」


 リオンはポケットから四角く薄い小型の発信機を取り出し、それを杏へと渡した。


「これは……?」


「そのボタンを押せば電波を発する。そうすれば自分の場所を俺達に知らせる事が出来る」


「電波? ほう……ボタンとはこの赤いものか」


 杏は受けとった発信機を物珍しそうに手の平の上でマジマジと見つめている。


 本来ならば、リオンがイコと離れた場合に緊急の連絡用として使うものだが、今のところ使う機会があるとも思えなかった。ならば杏に渡してしまってもかまわないだろう。


「使命の為と言って、簡単に命を投げ捨てる事が美徳って訳じゃない。お前が死ねば悲しむ人間だっている」


「それは……」


「でも、もしどうしても使命の為に命を張らなくちゃならない状況になったら、それを押せ。その時は俺がお前のもとまで駆けつけてきてやる。だから、それまで簡単に諦めたりするな。それがどんなに絶望的な状況であってもな」


「別にそう簡単に死ぬつもりもないのだが……そうだな……分かった」


 杏はリオンと真っすぐに向き合い、発信機を手で包み込み、それを自身の胸に当てた。


「私は生きる事を諦めない。何があっても最後まで足掻いてやる。お前がやってくるまでな」


「……約束だぞ」


「あぁ、約束だ」


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