第21話 修行生活も終わり
それからさらに一週間後、仮想空間内にて。シミュレートされた六城の天守閣前には数百もの根来兵の死体が転がっていた。そしてそこにたった一人だけ立つリオンの姿があった。
リオンは息を切らし、体力をかなり消耗している。以前までは体力というものを考慮せずに戦っていたが、今は戦えば現実と同じだけ疲れるように設定している。脇腹からは血が滲み、ズキズキとした強い痛みも感じていた。実際にどうなるかをなるべくそのまま再現しなければ、実戦で自身の限界を見過ってしまうからだ。
そして地面から最後の敵、イコが姿を現す。
「私の設定レベルは100。秀隆とほぼ同じ強さのはずよ。果たしてその傷で勝てるかしら」
「はは……こんな傷、いつもの事だろ」
リオンは朧月を構え、イコに向かって走り寄っていった。
それから三十分にもわたる戦いの末、勝利したリオンは疲れ果て、その場に仰向けになって大の字になった。怪我が治り、疲れが取れ、衣服が綺麗に戻っていく。作り物の空を見上げていると、イコが「リオン、話があるの」と顔を覗き込んできた。
「あなた、ここ数年ほとんど強くなっていないわね。同じ条件での勝率の上昇率が鈍化していってる。これ以上やってもあまり意味はないんじゃないかしら」
「成長の限界点……か」
リオンは上体を起こしイコに顔を向けた。
「今のミッションコンプリート率はどのくらいだ」
そのミッションとは六城に一人で乗り込み、秀隆から火焔を奪い、あわよくば秀隆を倒し、帰還することだ。まぁ、火焔は秀隆が持っているので、秀隆を倒す事は必須に近いのだが。
「六割程度ってところかしらね。一般兵からはほとんど傷を受ける事はなくなってきたけれど、やはり秀隆がネックね」
六割。それは微妙なラインと言えた。初期に比べれば考えられないほどの進歩ではあるが。
「でも、もうこれ以上成長しないんじゃ仕方ない。ここらでこの修行生活も終わりか」
それにここ最近、杏が予想した通り、食料不足からの略奪や暴動が国中で起きているのだとか。無駄に引き延ばしている余裕はないはずだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「修行が終わった?」
次の日、コロニー外門の前までやってきた杏にリオンはその事を伝えた。
「あぁ、だからそろそろ行こうと思う。雪丸の元へ」
「そうか……なら、私も一緒に行かせてくれ」
リオンは「え……」とその返事に迷った。
「……何だ。何か問題でもあったか」
「いや……遠いから、船に乗って雪丸の元まで行こうと思っていたんだが……」
「船……リオン達がいつも修行してる、神の国から乗って来たという代物か。やはり、それに私を乗せる訳にはいかないという事か?」
リオンはそこでイコに目を向け「イコ、どうだ?」と尋ねた。
「杏にはこれまで世話になってることだし、今更杏が信頼できないなんてことはないだろ?」
するとイコは「……そうね。ま、いいんじゃないかしら」と了解してくれた。
リオンはそこから一度宇宙船に戻り、予備の宇宙服を持ってコロニーの中に再び入った。
杏に宇宙服を着せる。頭部のフードまで被せてジッパーを閉じる。
杏は「これでいいのか?」自分の姿を見ながらクルリとまわってみせた。
「あぁ、それで外の毒の空気の侵入を防ぐことが出来る」
現地人に宇宙服を着せるなんて。リオンは杏の姿に違和感を覚えた。
外門を抜け、二人はコロニーの外へとで出る。
「おぉ……これは……」
杏は初めて見るであろう、そのだだっ広い、赤い土の大地が続く光景に驚いていた。
「壁も柱もないなんて……一体これはどこまで続いているのだ?」
「え? うーん。ずっと先までだ」
リオンが宇宙空間から見下ろしたときは惑星全体が一様にこのような状態だったはずだ。
「ずっと先? それが永遠に続くとでもいうのか?」
「いや、ずっとまっすぐ歩いていけば、またこの場所に帰ってくるよ」
「え……? はは、またまた冗談を」
冗談ではないのだが。杏はリオンの言葉をまともに信じてはくれないようであった。
「あれがリオンの乗って来た船なのか?」と杏はリオンの船の姿に気づいたようだった。
「あぁ、あれに乗れば第一区まで、すぐにたどり着ける」
「修行をしていると聞いていたので、もっと巨大なものかと思っていたのだが……」
宇宙船にたどり着き、三人はエアロックを抜けて内部へと立ち入る。
杏は半分恐る恐るといった様子でキョロキョロとその内部を見渡していた。
「何だかすごいな。わけが分からないが、神の力とはこういうからくりによる物なのか?」
「まぁ、とにかくそこに座ってくれ。出発するぞ」
質問をテキトウに流し、杏を左側の操縦席へと座らせシートベルトを着用させる。
その後右の席に座ったリオンは宇宙船を起動させ、機体を上昇させたのだった。
「う、うおおおお!?」
杏は手すりを力の限りと言った様子でがっちり掴み、その浮遊感と外の様子に驚いている。
「と、飛んでる! 飛んでるぞリオン!」
「あぁ知ってる」
リオンはどうせだからと、杏にコロニーの姿を見せるために高度3000mほどまで上昇させた。
「こ、これが私が住んでいた居住地……。周りの大地と比べればなんと小さいことか」
リオンは「見てみろ、遠くを」と、前方の地平線を指差した。
「少し丸い……まさかリオンの言っていたことは本当だったのか……」
二人はしばらく、何もかもを忘れるようにして、その光景を眺めていた。
「リオン……お前はどこからやって来たのだ。神の国とは一体どこにある」
杏は前方の地平線を見つめながらそう呟く。しかしリオンは空の彼方へと目を向けて言った。
「遠く……お前が想像も出来ないくらい、ずっと遠くからだ」
◇ ◇ ◇ ◇
リオン達はそこからコロニーの一番西、第一区の壁の前へとやってきて宇宙船を降ろした。
外門を抜け、中に入ってフードを脱ぐと、リオンの顔に冷たい空気が触れた。
「風が冷たいな」
宇宙服のおかげで寒くはないが、これは普段着ている和服で過ごすことは厳しそうだ。
「第一区は他の区に比べて気温が低いのだ。山が多いし環境が厳しいため人口は少ない」
杏のいうように遠方には高い山がそびえ立っていた。その頂上付近は雪が積もっている。
「エネルギー反応はここから直線距離で12㎞。おそらくあの山の頂上付近に刀はあるはず」
「そうか……あそこに雪丸が」
◇ ◇ ◇ ◇
その場所は粉雪が降る人の寄り付かない標高2500mの大地だった。山道を只々リオンと杏は登り続ける。当然息切れはするが、もう以前のように体力不足は感じない。
最後は階段を登り開けた場所に出た。その先にはドーム状の屋根を持つ建物があった。
中に入ると一辺30mほどの石畳が敷かれた闘技場のような場所があり、その中央には雪のように白くサラサラの髪をした男の姿があった。胡坐をかきリオンに背を向けている。
そして「リオンか」とそのままの姿勢で声をあげた。
「久しぶりだな、雪丸」
リオンは石畳の上に上がり雪丸に近づいていく。杏は石畳の前で立ち止まり様子を見る。
雪丸は立ち上がり、踵を返しリオンに目を向けた。その腰にはやはり神刀朧月の姿があった。
「リオン……俺は気付いた。この国の守護神は俺ではなかったと。俺はただ周りから持ち上げられ自分の中途半端な力に酔っていただけだ。俺の隊員は、俺のそんな慢心に殺されたのだ」
雪丸の頬は以前よりもこけて見えた。そして首飾りのようなものを握り締めている。
「何をしたところであいつらはもう戻ってはこない。……だが、秀隆を倒し、あいつらの悲願であった、この国の勝利が達成されれば少しはその弔いになるかもしれん。そしてそれを成し遂げられるのは俺ではなくお前だ。リオン……お前に俺の願い、託してもいいか」
「そのつもりでここまで来た。つまり、その朧月、譲ってくれるんだよな」
「あぁ。……だが、一つ条件がある。この刀を渡す前にお前の力を見せてくれ。お前がここにやってきたという事はそれ相応の実力を身に着けたという事だろう。それは頭では分かってはいる。しかし、それをこの身で実感したいのだ」
「分かった。でもお前、あの時の怪我の具合はどうなんだ」
「それならもう問題はない。リオン、そこにある木刀をとれ」
床を見ると木刀が置かれている。リオンは言われた通りそれを拾い上げた。
「雪丸、あんたは朧月を使ってくれ」
「何……? いくら何でもそれは俺をナメすぎではないか?」
リオンは何も答えず、真摯な顔を雪丸に向け続けている。その様子に雪丸は目を閉じる。
「いや、そのくらいでないと、奴を相手にする事は厳しい……か。いいだろう。だが手を抜かんぞ。ここで死ぬなら所詮お前はそこまでの存在だったという事だ」
雪丸は腰から朧月を抜き、スイッチをスライドさせた。青白い刃が出現する。
「あぁ、遠慮せず切りかかってこい」
「では……行くぞ!」
雪丸はリオンに向かってズンズンと近づいていく。リオンはその場に立ったまま雪丸の出方を待っているようだった。最初の試合を思い出す。その時と立場が逆転してしまったようだ。
朧月の刃は絶対に避けなければならない。もし木刀で受けてしまえば、まるで水柱のように斬り裂かれリオンの身に死の刃が達してしまうだろう。
「はッ!」
雪丸は上段から言われた通り遠慮なく振り下ろす。するとリオンはその朧月の側面に真横から木刀を叩きつけ、軌道を逸らさせた。朧月の刃はリオンの左側へと落ちていく。確かにこれならば、いくら切れる刀でも防がれてしまう。分かっていてもそんなマネ、普通は出来ないが。
そこで雪丸は即座に体を翻し、そのまま一週して勢いをつけ首を狙った二撃目を繰り出す。
だがその攻撃は下にしゃがまれて避けられてしまった。
するとリオンの下段からの反撃がやってきた。だが、雪丸もそれに対応する。突き出した刀を戻し、短い柄の部分でリオンの攻撃を防いだのだった。
しかし次の瞬間、雪丸のみぞおちにリオンの肘が食い込んでいた。
「うぐっ」
雪丸はたたらを踏んで後方に下がる。その機にリオンは懐に飛び込んでこようとする。
雪丸は踏ん張って体制を整えると、向かってくるリオンを木刀ごとぶった切ろうと胴を狙って振りぬいた。しかしリオンはジャンプし、胸くらいの高さで縦に回転しそれをかわした。
「うがッ!?」
背中に衝撃が走る。どうやらリオンはその空中で回転しているあいだに、一撃を与えてきたらしい。雪丸はぐっと痛みをこらえながら、後方を振り向く。
しかし、そこにいるはずのリオンの姿が見当たらなかった。
「まだやるか……?」
気づけばリオンは雪丸の後方に回り込み、首筋に木刀を添えていたのだった。
「いや……十分だ。俺の負けだ」
雪丸の言葉に、石畳の外でその様子を見ていた杏が「おぉ……」と感嘆の声を上げる。
リオンは木刀を下げる。雪丸は刀身を収めると、リオンに体を向けた。
「見事だ。やはりこの朧月はお前になら託す事が出来る」
そしてリオンに朧月を差し出したのだった。
「ありがとう。認めてもらえて嬉しいよ」
リオンはそう言って朧月を受け取る。そしてしばらくの間その柄を眺めていた。
すると杏が石畳へと登りリオンに駆け寄ってきて「やったなリオン!」と声を掛けてきた。
「あぁ。お前にも感謝しないとな」
リオンは朧月の刀身を出現させブンブンと華麗に舞うように空を斬ってみせた。
「うん、シミュレーション通りの使い心地だ」
「ところでリオン、朧月を手に入れたはいいが、結局お前はこれからどうするつもりなのだ。国が負けを認めてしまったわけだが、何か作戦でもあるのか」
雪丸の言葉にリオンは動きを止めた。
「……単騎で六城に向かって、秀隆の首を獲る。それだけだ」
その言葉に雪丸は「は……?」と、口を開ける。
リオンは再び素振りを始めてしまった。聞き間違いではないのかと雪丸は杏に顔を向ける。
しかし杏は目を瞑ってかぶりを振るだけだった。雪丸は再び、呆れた様子でリオンを見る。
「お前は馬鹿なのか。六城の中には、戦時ではないとはいえ、千人規模の敵がいるはずだ。多勢に無勢どころの話ではない。ただ死にに行くようなものだぞ」
「はは……それは中々に手厳しい意見だな。でもシミュレーションでの成功確率は60%なんだ。そう悪い確率じゃないさ。まぁデータ不足だから、正確とは言い難いけどな」
雪丸は、しばらくリオンの素振りを眺めたあと、軽くため息をついて頷いた。
「……よく分からんが、分かった。ならばその戦い、俺もついて行こう」
「わ、私もだ!」
雪丸に続き、杏もそんな声を上げ始める。リオンは二人の言葉に動きを止めて刀身を収めた。
「そうか……二人ならそう言ってくれると思ったよ」
杏は腰に手を当てて、カラカラと笑い始める。
「はは、一人ならいざ知らず。国最強の剣士三人がここに揃ったのだ。こうなれば成功しない方が何かの間違いであろう」
雪丸も、ふっと軽く笑みを浮かべ「そうだな……」と呟く。
「ありがとう、二人とも」
次の瞬間、リオンは雪丸の後ろに立ち、そのうなじに手刀を放った。
雪丸は強い衝撃を受け、声も上げず、その場にドサリと倒れてしまった。
「な、何をするのだリオン!」
その様子を信じられないという様子で見る杏。雪丸は意識を失ってしまっている様子だ。
「お前達二人が加勢しても無駄死にする可能性が高い。だから気持ちだけ受け取っておくよ」
次の瞬間、リオンは杏の後方にまわっていた。
「まっ!」
杏は振り向こうとしたが遅かった。同じように手刀を打ち込まれ杏は意識を失う。
その身をリオンは倒れる前に両腕で支え、ゆっくりと地面に仰向けに寝かせた。
「杏に対しての方が手厚いわね」
「……確かに。まぁ女にはやさしくするものだろ。行くぞ、イコ」
リオンは二人をその場に置き去りにし、そのまま建物から出て行った。
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