第20話 最悪な条件
それから現実世界での二週間後。コロニー内部に入ると約束の時間通りに杏がやってきた。
「それで、どうだったんだ? 二国間会議は」
「うむ……無事に終わりはしたが、はっきり言って最悪な条件を飲まされてしまったな」
雅が敗北宣言をし、根来に交渉を持ちかけると、根来はそれを飲む事になったようだった。
雅の首は取られず、雑賀は国としての体を保ったまま、二国は条約を結ぶ事になった。
その条約の内容を決める会議が先日、六城にて開かれたらしい。
それでその内容とは、雑賀は永続的に根来に年貢を納め続けること、労働者の徴用、国教の改宗、雑賀の第六区までをこれまでどおり根来とする、などであった。予想した通り、朧月とリオンの引き渡しも要求されたらしい。双方行方不明になっておいて正解だったようだ。
「つまり、この国を取り込まずに搾取し続けるということか……」
「あぁ……これから雑賀は大変な負担を強いられることになる」
しばらく国の現状について話したあと、杏が「例のものだ」紙の筒をリオンに手渡してきた。
「おぉ……それは、六城の図面か?」
それは現在秀隆がいるはずの第六区、六城の図面であった。敷地図、平面図、立面図、断面図などが描かれている。図面は雑賀本城に写しがあったらしく、杏に取って来てもらったのだ。
「これで、城をシミュレートして修行が出来るわね。土地勘がつけば大分有利になるはずよ」
◇ ◇ ◇ ◇
その頃、雑賀の第四区の南西にある第三区では異常な事態が起こっていた。
「こ、これは……」と 空を見上げる農夫。次第にコロニーの上部のガラス面が不透明化し、恒星の光が届かなくなっていく。それは以前第五区に起きた現象と全く同じものであった。
光が無ければ、その中で生物は生きていけない。その日の内に、第三区からの住民や家畜、野生動物たちの移動が始まった。
土地は減ってしまったというのに食いぶちが減ってしまったわけではない。さらに現在根来に穀物を納めなくてはならなくなっている。雑賀の民の生活は苦しくなっていく一方であった。
その実情は三日後、いつも通り外門まで食料を運んでくる杏を通じてリオンの耳にも届いた。
「その現象が雑賀と根来、また同時に起こったっていうのか?」
「あぁ、そうらしい。……一体この先どうなるか分かるかリオン」
リオンは一瞬イコと目を合わせて考えた。だが、何も言葉を交わさないまま杏に視線を戻す。
「……ごめん、神が考えてる事は俺にもよく分からないんだ。まぁ、二度あれば三度あっても全然不思議ではない。他の地区もいずれ同じようになってしまうかもな」
言われて杏は「そうか……」とため息をつく。
「このような事態になっても、根来は条約を変えようとはしない」
まぁ、根来も自分の土地が狭まれば、余計に奴隷と化した雑賀を手放したくなくなるだろう。
「今はまだ食料の備蓄があるが、それもそのうちなくなる。そうなればこの国は飢餓に苦しむ事になるな……餓死する者も現れ、国中で略奪や暴動が始まるかもしれん」
その現象がこれからも他の地区で起こっていけば、両国共に全滅してしまう。今ここ以外のコロニーに移動する事が出来ないリオン個人にとってもそれは死活問題であった。
「そうか……根来に戦いを挑むのも早めにしておいたほうが良さそうだな」
◇ ◇ ◇ ◇
その数日後、リオンは久しぶりに四代城の道場へと赴くことにした。武術に対するイコの目はほぼ成熟していたので、これが最後の見学といったところだった。
「しかし、お前は一応行方不明扱いということになっているのだが大丈夫なのか。今は雑賀に根来の連中も来ている。もしその姿を見られたら、問題になってしまいそうだが」
城への移動中、杏がそう尋ねてきた。
「一応変装はするさ。でもまぁ、バレてももうあんまり関係ないんじゃないのか。もう俺に勝てるやつなんて秀隆くらいしかいないんだからな」
「……力ずくでねじ伏せるということか」
リオンが「そうだ」と返事をすると、杏はカラカラと笑い始めた。
「なかなか悪くない考えだ。では、どうせだから久しぶりに町の様子でも見にきてはどうだ」
「町……?」
「リオンにはぜひこの国の現状というものを肌で知ってもらいたいのだ」
杏は表情を引き締める。どうやらそれは息抜きのため、という訳でもなさそうだった。
城下町までたどり着くと、リオンはすぐに以前との違いに気が付いた。
「根来の兵がチラホラいるんだな……」
リオンは笠の下から様子を伺う。赤を基調とした甲冑。あれは根来の兵のもののはずだ。
「そうだな。あいつらは連日やりたい放題だ。昨日も私が蕎麦屋に行った時にだな……」
杏は何か鬱憤が溜まっているようだった。店主と根来兵がトラブルになっているところに杏が仲裁に入ると「国際問題だ!」とどやされてしまったらしい。杏は結局その言葉にひるみ、何もする事が出来なかったのだとか。
「しかし、そんな細かいところよりもだ!」
杏は「以前行ったあの神社へ行くぞ!」と言って、神社のある山の頂上をビシリと指差した。
リオンは階段を上りきり、その眼前に広がる光景に「これは……」とショックを受けた。
以前二人でやって来た神社の拝殿や本殿が焼かれてしまっていたのだ。あの細かい装飾も、中にあったプラズムの遺体も、焼き払われ、炭となってしまっていた。
「……条約にあった改宗のためか」
「あぁヒドいものだろう。この国の独自性を消し団結力を失わせるためだ。これだけではない。今、雑賀の文化はどんどん奪われていっている。戦に負けるという事はこういう事なのだ」
リオンは拝殿の元にまで向かい、片膝をついて燃え尽きて真っ白になった小さな木片を手で掴んだ。すると、その欠片は脆くも崩れ去り、指の間を抜けて風と共に去っていった。
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